すべての黒幕

 ふらつく足をどうにか立たせて、自分の身体から現れたすべての黒幕に目を向ける。仲間たちも全員――特にゼクさんは、ぎらぎらと戦意に満ちた目でサラを睨みつけている。


「ぶっ殺してやる……このクソあばずれ女……!!」


「武器もない出来損ないが何をしようっていうの? あなたたちの屍をアモス兄様の手土産にしてあげるわ」


「少しだけ待ってろ。全力でぶちのめしてやるからよ……」


 ゼクさんが顔に手を当てると、皮膚がだんだん暗色に染まり始めた。魔人の姿になろうとしているんだ。それが終わるまでを、他の仲間に任せて。


 私も急いでその場から距離を取る。私にできるのはみんなの足を引っ張らないことと、後ろからみんなの戦いを見守っていること。たぶん、それでいい。



 最初に飛び出したのは、スレインさんだった。

 素早く振り下ろされた直刀を魔人の爪が抑え、嵐のような攻防の応酬が始まる。サラにはダメージは入っていないが、身動きを取る隙も与えていない。


 そのすぐ背後から、マリオさんが迫っている。見ていた私でもいつ移動していたのかわからなかった。

 が、サラは後ろを一瞥した。


「知ってるわよ、殺し屋さん」


 突如現れた黒い球体のようなものが、マリオさんに向かっていく。間一髪当たることはなかったが、その球体が階段に当たると、爆発でも起きたかのようにその部分をそっくり消し飛ばしていた。


 私がその威力に驚いている間にも、サラはすでに二発目を用意している。


 スレインさんもマリオさんも咄嗟に身構えたが、その黒い塊が発射された方向は――私のほうだった。


「エステル!!」


 突然のことに固まってしまった私の前に、スレインさんが覆いかぶさるように現れる。

 危ない、と肝を冷やした瞬間、黒い塊は地面から突き出た氷に阻まれて消えた。


「あなたの考えそうなことはわかるわよ、魔人のお嬢さん?」


 クスリと笑うロゼールさんに、サラは憎々しげな目を向ける。


「……調子に乗らないで」


 サラがゆっくり腕を上げると、ぶわっと黒い霧のようなものが一面に広がっていく。


 一体なんだろう? 仲間たちは警戒して間合いを取り、スレインさんも私を庇うようにして下がらせてくれる。

 が、その霧はある1人のもとに集まっていった。


「……!? ンだよ、これ……!!」


「ゼクさん!?」


 その黒い霧はゼクさんに纏わりついて、身体の自由を奪ってしまった。


「ゼカリヤがいなければ、ただの弱い人間の集まりだわ」


「あら、それだけゼクのこと買ってたってことかしら、お嬢さん?」


 ロゼールさんは本当に人を怒らせる天才かもしれない……。当然サラは次にロゼールさんに狙いを定める。

 ちょうどそのタイミングで、辺り一面から巨大な氷の柱が四方八方へ何本も突き出した。


 サラは飛び出た柱をかわしたようだが、その陰から飛び出したのが、2人。

 スレインさんとマリオさんが同時に攻撃を仕掛けていた。


 しかし、サラはそれをよけることはせず――その刃を、糸を、身体に食い込ませながらも2人の腕を掴んだ。


「しつこいわね」


 その手から、先ほどの黒い霧が噴射される。2人はそれに捕まり、そこだけに強い重力が働いているように膝をついて動けなくなってしまった。


 受けた傷も魔法で治癒し、憂いのなくなったサラは氷の障害物をするすると抜け、ただ1人に直進する。

 眼鏡の奥から憎悪の眼差しを覗かせ、鋭利な爪を思い切り、振り下ろす。


 ガキン、と高鳴る甲高い音。


 ロゼールさんは腕に氷の盾を纏って、身体を切り裂かれるのを防いでいた。薄い板切れみたいな氷でも、傷ひとつついていない。


「……私がいろいろ言っちゃったの、怒ってる? 可愛いところあるのねぇ」


 馬鹿にされたと思ったのか、サラはさっきよりも大きな黒い球体を出現させ、近距離から放出する。

 ロゼールさんは氷で身を守っているが、その衝撃まで抑えることはできず、後方に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。


「二度とその口が利けないようにしてあげる」


 怒っていたのは本当みたいで、だからか――後ろから近づいている、さらに殺意を剥き出しにした人影にはまったく気づいていなかった。



「黙るのはテメェだ……クソあばずれ」



 岩が砕けるような音だった。


 魔人というよりは悪魔のような姿になったゼクさんの剣は床の大理石を粉々に打ち砕いている。咄嗟にかわしたサラだが、それでも腕に大きな切創ができていた。


「ど……どうして武器まで……」


 ゼクさんはさっきの黒い霧に纏わりつかれたままで、剣を杖のようにしてかろうじて立っているみたいだった。


 辺りを見回すと、息も絶え絶えに座り込んで地面に手をついているヤーラ君が目に入った。その手元の床が、ちょうど大きな剣の形に窪んでいる。きっと錬金術で代わりの武器を錬成してくれたんだ。


「……ふん。そんな状態で私に勝てると思ってるの?」


 事情を呑み込んだらしいサラは、治癒魔術で自分の傷を回復しつつ冷笑を浮かべる。


「う、るせぇ……こんなもんはな……ぬおぉ……らああああああ!!!」


 私も信じられなかった。

 ゼクさんは力ずくで、あの漆黒の檻から脱出してしまったのだ。


「……!!」


 あまりの力業に呆気に取られていたサラだったが、すぐに綺麗に研がれた爪を振り下ろし、ゼクさんはそれを剣で受ける。


 バキッ、と何かが砕ける鈍い音がした。


 破壊されたのは爪のほうで、痛々しいひび割れから血が滴っている。ヤーラ君の作り出した剣は、急ごしらえだとは思えないほどの頑丈さだった。


 そんな強力な武器を持っている、魔人の力を持った最強の戦士。


 味方としては何よりも心強く、敵としてはきっと何よりも恐ろしいであろう彼を前に、魔王の娘は先ほどの威勢は消えたようで、明らかに臆している。



「……よくもテメェ、この国しっちゃかめっちゃかにしてくれやがったな。よくもテメェ、うちのリーダー狙ってくれやがったな?」



 つりあがった眉の下の鬼のような赤い眼光が、サラを射抜く。


 刃の重さなど感じさせない旋風のような剣筋が、均整の取れた身体に1本の裂け目を入れ、そこから血しぶきを飛び散らせた。


「っ……あ……」


 その身体が血溜まりに沈む。悶えるように震える手足は、まだ絶命していないことを物語っていた。


 他の仲間を閉じ込めていた霧は晴れて、ゼクさんがとどめを刺しに歩み寄り、剣先を向ける。


「……!」


 私たちは突然現れたそれに目を奪われた。


 サラの傍の壁からゆっくりと楕円形に広がった穴――ゲートだ。


 そこから出てきたのは、見覚えのある男。長髪を後ろに流した、厳めしい目つきの魔人。


「ア……アモス兄様……!」


 兄の名を呼んだサラの声には、どこか喜びが混じっていた気がした。


「魔王様は撤退せよと命じられた」


「で、でも兄様……」


「退けとの命だ」


 アモスは私たちの前で堂々と傷だらけの妹の身体を抱え上げる。


「待てよ。ここで黙って逃がすと思うか? 今なら2人まとめてぶっ殺せるぜ」


「貴様こそ、ここで暴れてみろ。大勢の人間どもが集まって、貴様のその姿を見ることになるだろうな」


 確かに、ゼクさんが魔人だって大勢に知れ渡ってしまったら……。

 反論できない私たちをよそに、アモスはサラを抱えてゲートに向かう。


「……いつかお前たちが、魔界に来るのを待っている」


 そんな言葉を残して、魔人の兄妹は姿を消した。

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