Extra Strategy

 宮殿の片隅で、私たちはさっきまでゲートがあった空間を見つめていた。結局サラは逃がしてしまったが、敵の計画を阻止することはできたんだ。

 私たちの、勝ち――そう思うと、急に肩の力が抜けてしまった。


「ゼク、早く見た目を戻せ」


「るせぇ、言われなくてもやってらぁ」


 スレインさんに毒づきつつ、ゼクさんは階段の陰に隠れて人間の姿に戻ろうとしている。時間がかかるのは本当みたいで、こんなところを誰かに見られたら大変だ。


 仲間たちは特にひどい傷を負っているわけでもなく普通に動けるようで、しいていえばヤーラ君がひどい顔色で座り込んだままだった。


「ヤーラ君、大丈夫?」


「は……はい」


 言葉とは裏腹に呼吸は荒いし冷や汗もすごくて、どう見ても大丈夫ではなかった。

 結界を壊すなんて奇跡のような真似をやってのけて、力を使いすぎてしまったのか。なんとなく、正気を失くしているときのような危うさは感じられなかったけれど。


 私がその小さな背を支えようとすると、その前に大きな手がヤーラ君をひょいっと持ち上げてしまった。


「ったく、世話の焼けるガキだ」


 いつもの姿に戻ったゼクさんは相変わらず口は悪いけれど、やっぱり面倒見がいいんだよね。



 そんなふうに和んでいると、何かが大爆発したかのような音と地響きが起きて、腰を抜かしそうになった。


 その爆音はくり返しくり返し響き渡り、ガラガラと建物が崩れる気配まである。私たちは大慌てで窓から音のしたほうを覗く。

 今度は、野太い叫び声に耳をつんざかれた。


「おみゃあら……仲間どうしで喧嘩すんなって、言ってんだろうがああああああああああッ!!!」


 再びドォンと宮殿が揺れる。あれは、グラント将軍……?


 見れば、将軍の周りにはその凄まじい腕力でふっ飛ばされたらしい兵士や騎士たちが転がっている。


 そうだ、結界の外から来た人々の中には裏切り者もいて、争いになっていたんだ。将軍はそれを力づくで収めてくれているみたい。ついでに宮殿が破壊されまくってるのは、もうしょうがないんだろうか……。



 そこに、何人かの足音が近づいてくる。それは敵などではなく、よく見知った面々だった。


「トマスさん」


 <EXストラテジー>の5人の元気そうな顔を見て、私はひとまずほっと息をついた。


「ロキさんは?」


「協会の治癒魔術師とかいう奴が連れて行ったが……あれは大丈夫なのか? 何喋ってるかまったくわからなかったぞ」


「ああ……アンナちゃん、腕は確かなので」


 トマスさんは辺りの戦闘の痕跡をじっくり見回している。


「……勝ったのか」


「はい。サラには逃げられちゃいましたけど」


「本当に……君たちがいなかったらどうなっていたか……。心から感謝する。ありがとう」


 一国の皇子様に深々と頭を下げられて、私は困惑してしまった。


「そ、そんな。頭上げてくださいよ。みんなはともかく、私なんてただ見ていただけで、何もしてないですから……」


「いや……おそらく、それが君の一番の強みなんだろう。だから、俺たちがこれからすることも、そこで見守っていてほしい」


「え?」


「今回は、敵の親玉を退けられれば及第点。だが――この状況を利用して、もう1つ特別な戦略があるんだ。俺たち<EXストラテジー>のな」


 今までに見たこともない、さわやかで、頼もしくて、希望を託したくなるような笑顔。

 ああ、きっとこういう人が上に立つ人間としてふさわしいんだろうな――と、ついそう思ってしまうような。



「さあ、行くぞ。お前たちの力が必要なんだ」


「……」


 1人だけ気まずそうにうつむいているのは、ヘルミーナさんだった。こちら側に戻ってくれたとはいえ、一度は裏切ってしまったのだから、無理もないだろう。


「あ、あの……やっぱり、私……」


「……心配するな。わかってる」


 トマスさんは今度は少しいたずらっぽく笑う。


「どうせ、これもロキの計画なんだろ?」


「……え?」


「敵に取り入ったふりをしろっていう……つまり、二重スパイだな。あいつはそういうことを俺にも知らせないで勝手にやるからな」


 ヘルミーナさんは何も言えずにきょとんとしている。


「よくわかんないけどね、ヘルミーナはミアとおとーさんを助けてくれたんだよ。ありがとねっ!」


 ミアちゃんはやっぱり太陽みたいだった。


「ふふふ……あなたの一途な愛と情熱!! わたくしも心打たれましたわ! これぞ盟友にふさわしいというもの。あなたが嫌がっても、わたくし逃がしませんわよ?」


 ノエリアさんの感動のポイントはよくわからないが、ロゼールさんも満足そうに微笑んでいるし、きっといい傾向なんだろう。


 シグルドさんも黙って頷く。これで誰も彼女を責める人なんていないとわかってくれただろうか。



 不意に、ミアちゃんがちょこちょこと私のほうに来た。


「前のリーダーさん、えーと……エステルお姉ちゃん!」


「うん。なあに?」


「お姉ちゃんがいるとね、ミアたち頑張れるんだよっ。だから、ほら、合図合図!」


 キラキラと期待に輝く目に見つめられて、私は気合を入れて大きく息を吸った。


「皆さん、頑張ってくださいっ!!」


「――よし、行くぞ!!」


 未来の皇帝とその一団が、まだ混乱の中にある街へ繰り出していく。



  ◇



 私たちは城壁から街の様子を見ている。近衛騎士から借りた双眼鏡で、みんなの活躍をしっかりと見逃さないように。


 市街にはまだ魔物たちが跋扈していて、住民たちは逃げまどっている。


 大通りに進軍するオークやミノタウロスなどの大型の群れ。逃げ遅れたお母さんと小さな子供が見えた。

 危ない――と思っていると、その群れが一気に巨大な爆炎に包まれる。


 親子の前に颯爽と立ったノエリアさんは、逃げるように促して残った群れに立ち向かっていく。攻撃をまったく受けないのはヘルミーナさんの魔術のお陰だろう。

 おびただしい数の魔物を鮮やかな剣捌きで薙ぎ払い、あっという間に火の海にしてしまった。



 空から飛来する有翼の魔物たちも、木の実のようにボトボトと地面に落ちていく。すべて急所が矢で射られており、シグルドさんの人間離れした腕前に人々も驚嘆しているようだった。


 しかし、次に来た巨大なブラックドラゴンには矢では太刀打ちできないようで、シグルドさんも迂闊に手は出さない。

 本来ならSランク級なのだからアルフレートさんたちが出る場面なのだろうけど、あえてなのか、<スターエース>はトマスさんたちの戦いにはまったく介入していない。


 巨大なドラゴンの目下に堂々と立っているトマスさんが、腕を振って合図を出す。


 龍の両目に矢が突き立てられる。恐るべき火力の爆炎が黒い身体を焼く。


 以前見たときよりもずっと速いスピードで、小さな影が反射する光のように飛び出した。


 高く高く跳躍したミアちゃんは、太陽を背にきらりと爪を光らせて、腕を一振り。

 ブラックドラゴンの首に亀裂が入ると、噴水のような血が噴き出した。



 圧倒的な力を見せる<EXストラテジー>に、街の人々も歓声を上げ、エールを送る。

 その声はだんだん大きくなって、私たちのいる宮殿にまではっきりと届いた。


 トマス皇子殿下万歳、トマス皇子殿下万歳――

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