隠れ蓑

 サラはシグルドさんに射抜かれて死んだオットリーノという錬金術師の中に潜んでいて、そこから出てきたところをゼクさんが追いかけ、ここまで来た……という話らしい。


 仲間たちはそれぞれバラバラに戦っていて、今ちょうど私のもとへ集まってきたばかりだった。

 トマスさんは結界が消えたのを見て、家族を外に逃がそうと避難先の隠し部屋に向かったから、ここにはいないけれど。



「つまり……この近くか、もしくは――私たちの誰かの中に、サラが隠れてるかもしれない、ってことですか」



 みんなはお互いを見回しながら、小さく頷く。

 私がこの状況に戸惑っていると、スレインさんが切り出してくれた。


「まず、全員これまでのことを報告しよう。私はロゼールとともにディートリントとリベカを倒し、宮殿の北側からここまで戻ってきた」


「私とスレインは一緒だったんだから、違うわよね?」


「ロゼール、君は途中で美術品が綺麗だのなんだのと言って勝手に離れなかったか」


「……置いてっちゃうスレインが悪いんだわ」


 ロゼールさん……。ともかく、2人が離れた隙にサラが気づかれないように取りついた可能性は否定できない。


「次はぼくかな。エステルに報告した通り、西側の塔にいたヴコールを殺したんだ。ヘルミーナには負傷者の手当を任せて途中で別れたけど、ぼくは寄り道しないでここに来たよ」


 マリオさんは普段通りにこにこ笑っているけれど、その両手は返り血でべっとり染まっていた。


「ゼクさんはさっき聞きましたけど、ヤーラ君は……ヤーラ君? 大丈夫?」


 さっきから様子がおかしい彼は、立ってはいるものの辛そうに頭を抱えている。


「……大丈夫、です」


「あの、きつそうだったら座ってていいからね」


「……」


 私の声が届いていないかのように、黙ったまま動かない。そんなヤーラ君の代わりに、ゼクさんが説明してくれた。


「そのチビはなんか知らねぇが、ふらふら外ほっつき歩いて結界ぶち壊して、そのままここに来たんじゃねぇのか。それまでは、あのひょろ長いハイエルフの野郎といたみてぇだぜ」


 確か、ヤーラ君は礼拝堂でロキさんを助けてくれたんだった。そこにシグルドさんも居合わせてくれたんだろう。

 ゼクさんたちは宮殿入り口のある南側にいたはずで、逃げ回っていたサラを追いかけていたゼクさんはともかく、ヤーラ君は普通に真っすぐここへやって来たと思う。


 私がずっといたこの場所は東側。みんなは三方向からバラバラに来ていて、誰もサラを見ていない。

 ということは、やっぱりこの中の誰かが――



「ロゼールさん、マリオさん……怪しい人はいますか……?」


「……どうかしらね」


「サラはまだ鳴りを潜めてるんじゃないかな。様子がおかしかった人は今のところいないよ」


 トマスさんはサラに弱点があると言っていた。それは、「取りついた人から出てこなければ本来の力を使えない」ということ。

 そうでなかったら、サラはずっとカタリナ皇女の身体を乗っ取ったままにしているはずだからだ。


 だけど、出てこないままだったらここで膠着状態になってしまう。このまま警戒を続けるしかないんだろうか……。



 ふと、遠くのほうから喧騒のようなものが聞こえてきた。

 窓から外を見てみると、武装した兵士らしき人々が宮殿にどんどん入り込んでいる。


「あの制服は近衛騎士団だ」


 スレインさんが説明する。結界が消えたのを機に、外にいた人たちが助けに来てくれたんだ。

 もう1つ別の制服の人たちも来る。あれは帝国軍かな?


 だけど――突然、近衛騎士団からも帝国軍からも、どちらの所属関係なしに味方を攻撃する人々が現れた。


「えっ!?」


 私は外に釘付けになる。急な裏切り行為で、兵士たちの間で乱闘が始まった。


「……敵も味方も両方こちらに雪崩れ込んでいるらしいな」


「混戦がここまで広がったら、サラに逃げる隙を与えちゃうかもねー」


 スレインさんとマリオさんが現状の問題を落ち着いて指摘する。じゃあ、あの人たちがここに来る前にサラを見つけ出さないと……。


 でも、どうやって?



「――サラちゃんって、どんな子?」


 のんびりした口調でそう尋ねたのは、ロゼールさんだった。


「……何言ってんだババア、こんなときに」


「こんなときだから、よ。ゼク、あなたなら知ってるでしょう。たとえば、そう……何が好きで、どういうことを嫌がるのか」


 ゼクさんは少し考えこむ。サラのことをいろいろと思い出しているんだろう。


「ああ……まず性格はクソ悪くて……好きなのはアモスの野郎だ。兄貴のためだとか言って、こういうメンドくせぇことしやがるんだ」


「あら、誰かさんそっくり」


 流し目で見られているスレインさんは気まずそうだ。


「……続けてくれないか」


「嫌がるのは、そうだな……あのアマ、いっちょ前にプライドが高ぇからな。特にアモスのツラに泥塗るようなことは絶対したがらねぇだろうよ。あとはなんだ……」


「もういいわ、ありがとう」


 ロゼールさんはにっこりと笑って、私たち全員の顔を見回す。



「そうね、やっぱりエステルちゃんだわ」



 私は凍りついてしまった。え、私? いつ?

 戸惑っているのにお構いなしで、ロゼールさんはこちらに近づいてくる。


「どうせ今も聞いてるんでしょう? ねぇ、サラちゃん。お兄さん確か、そこの暴力男を連れ戻すためにエステルちゃんを攫おうとしてたわねぇ。ちょっと言い方悪いけれど、『どうしてこんな弱そうな女の子を』って思わなかった? 嫉妬しちゃってる? 可愛いわねぇ、うふふ」


 辺りは静かで、私も何ともない。それでもロゼールさんは続ける。


「そもそもゼク――ゼカリヤだってよく思ってないでしょう。『ああ、アモス兄様ったらどうしてこんな男を』なんて不満だったんじゃない? なら、ゼカリヤが大好きなこのエステルちゃんをいじめちゃおう、なんて気になったのね。でも、それ大失敗よ」


 ロゼールさんの話しぶりはサラ本人の心をすっかり読んでしまっているかのようで、それを聞いた仲間たちもだんだんと私を――いや、私の中にいるであろうサラに厳しい目を向け始めた。



「リベカちゃんに聞かなかったかしら。エステルちゃんに手を出したら、私たち全員許さないんだから」



 凍てつくような眼差しに、私は一瞬意識が飛びそうになり――ふらついたところをゼクさんに支えられた。


「……いい気にならないでちょうだい、人間」


 後ろを向くと、以前見た通りの眼鏡をかけた長髪の魔人の女がそこにいた。

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