敵の行方
ゼクは柄から先がそっくりなくなった、もはや剣とも呼べない代物を投げ捨てた。
「テメェの錬金術か、ジジイ!!」
「さようでございます。このホムンクルスはいかようにでも姿を変えられますゆえ、傷つけることはそもそも不可能。陛下の身柄を渡していただければ、無用な争いは避けられますが……」
それだけはゼクにはできなかった。
戦わずに降参するなどプライドが許さないし、カタリナに「親父は何とかしてやる」と約束してしまった手前、なんとしても皇帝を守らなければと愚直にも心に誓っていた。
「武器がねぇからなんだ。ちょうどいいハンデだぜ」
「……仕方ありませんな」
敵はヤーラのホムンクルス同様、傷を負わせても回復してしまうらしい。ならばとゼクは作戦を立てる。回復が間に合わないくらいボコボコに殴って、その隙に元凶のオットリーノを倒す、という至極シンプルなものを。
黒の巨人は太く長い腕を振り下ろす。ゼクはひょいっと後ろに跳んでかわすが、その剛力で地面が砕ける。力はあるらしいな、と余裕をもって分析する。
だが、立ち回りは大したことはなく、動きものろいので反撃するのは容易かった。
奴の腕が空を切った隙に、懐に潜り込んでボディに一発。拳がずしりと沈み込むと、巨人はふらふらとよろめく。
「おらぁ!!」
すかさず2発目、3発目と、素早くも重たい一撃を次々に叩きこむ。
じわじわと再生していく身体をさらに破壊し、素手だけでボロ布のようにしていく。
その巨体があっという間に地面に倒れたのを見届け、ゼクは次なる敵のほうを向く。
「……!?」
そこには誰もいない。さっきまで向こうに立っていたはずのオットリーノは、初めから黒い巨人を当てにしていなかったのか、囮にして逃げ出すつもりだったようだ。
いや、逃げたわけではなかった。
咄嗟に辺りを見て回ったゼクは、オットリーノの後ろ姿を遠目に見つけた。
その老人の先には、ひょこひょこと歩くヤーラの小柄な背があった。
「あのジジイ!!」
同じ錬金術師として、ヤーラのほうに警戒を強めたのか。
ゼクが急いで追いかけたときには、宮殿全体を包む巨大な結界の前に立ち止まっているヤーラに、まさにオットリーノが手を掲げて何かしようとしているところだった。
――クソッ、間に合わねぇ!!
老人の手から魔法陣が展開した、その刹那。
どこからともなく飛んできた矢が、寸分の狂いもなくオットリーノの心臓をぴたりと射抜いた。
「……!!」
老人はその場に膝をつき、血を流して倒れ込む。
「ああ、トマス坊ちゃま……」
静かに目を閉じたその表情は、無念が残っているようで、どこかすべてを諦めてしまったような儚げなものだった。
矢が飛んできたほうを目で追ったゼクは、遥か遠くの宮殿の砦の上に立つ、長身のエルフの男の姿を見つけた。
――なんて腕してやがる。
シグルドはあの場所から、敵に襲われないようヤーラを見張っていたのかもしれない。
神業のごとき弓術に思わず感心したゼクは、置き去りにしてしまった皇帝を再び背負い込んで、ひとまずヤーラの様子を確認しに行く。
正気を保っているのかいまいち掴めない少年は、結界に触れたまま動かないでいる。
この結界はオットリーノが術を乗っ取ったという話だったが、当人が死んでも残っているということは、やはり別の方法で破らなければならないのだろう。
「お前、そんなとこで何するつもりだよ」
「……その人を、外に、出さないと」
「外? まさかお前、そこに穴開ける気か? そんなこと、できんのかよ」
「境界なんて、初めから、ないんですよ。僕らが、勝手に、線を、引いてるだけ、なんです」
「……は?」
やはりどこかおかしい言動に、ゼクが一抹の不安を覚えると――
ビシッ、と少年の手が触れた部分に大きな亀裂が入った。
その亀裂はビキビキと音を立て、放射状に、縦横無尽に走っていく。宮殿を取り囲む淡い紫色のガラス状の壁は、細かい煉瓦のようなヒビで覆われ――
バリン!! と大きな音を轟かせて、塵のように消えてしまった。
ゼクはその奇跡のような所業に、あっけにとられるばかりだった。
父や兄弟たちが苦労していた結界を、いとも簡単に、ガラスを砕くように消し去ってしまったのだ。
とにかくこれで皇帝を外に避難させられる。さっさと外の誰かに預けようとゼクは結界のあった場所を越える。
その背後から、幽霊のように現れた気配が近づいていた。
女は、死体となった老人の身体から音をたてぬようにずるりと抜け出し――当初の手筈通り、殺さなくてはならないこの国の最高権力者を手にかけようとする。
「――ンなこったろうと思ったぜ」
ぎょろり、と赤い眼光が振り返ると同時に、すぐ傍まで接近していたサラの顔面に裏拳が飛んできた。
「くあっ!!」
「わかってんだよ、テメェの魂胆は。性根の腐ったクソアマが。今度こそぶちのめしてやる」
「この……出来損ないが!!」
サラはそう吐き捨てると、腕を突き出してそこから黒い霧のようなものを出した。
何かの魔術かとゼクは身構えたが、それは隙を作るための目くらましで、サラはすでに脱兎のごとくその場から逃走していた。
「あんの……あばずれェ!! 逃がすかコラァ!! ヤーラ、このジジイ見てろ!」
背負っていた皇帝を荷物のようにその場に置いて、ゼクは全速力でサラの後ろ姿を追っていく。
広い宮殿の中を見失わないように、大理石の床をガンガン鳴らしながら追跡する。
道はそこまで入り組んでおらず迷うことはなかったが、存外サラの足が速く距離が縮まらない。
ある角を曲がったところで、ついにサラの姿を見失ってしまった。
とはいえ、そこから行ける場所はそう多くはないのだが――重大な問題があった。
サラが逃げた先には、エステルとトマスが控えている場所があるということだ。
あの2人に何かあってはまずい、とゼクは一層足を速めてリーダーたちのもとへ向かう。
「エステル!!」
「……ゼクさん?」
その名を叫んだゼクは、エステルが無事なのを見てひとまず胸を撫でおろす。
が、そこにはトマスがいないかわりに見慣れた仲間たちも集まっていた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
スレインはただ事ではないと悟ったのか、真摯な眼差しを向ける。
「あんなに必死に叫んじゃって、よっぽど心配だったのねぇ」
ロゼールはのん気にもからかうように笑っている。
「誰かを追いかけてたみたいだね。背中の剣、なくしちゃったの?」
マリオは即座にゼクの様子を観察し、素朴な疑問を呟く。
と、宮殿の壁に綺麗な楕円形の穴が空く。そこから入ってきたのは、さっきよりもだいぶ顔色が悪くなっているヤーラだった。
「チビ、ジジイはどうした」
「ラルカンさんが来て……」
皇帝の身柄は近衛騎士団が預かってくれたらしい。結界が消失したのを見てすぐに駆けつけてくれたのだろう。残る問題は――
「おい……この中に、サラを見た奴はいるか?」
誰も、首を縦に振らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます