最強の助っ人

 トマスが礼拝堂を行先に選んだのは、すぐ傍に細い抜け道のようなものがあるからだった。

 敵の魔物は軍勢である以上、狭い道には入り込まないだろうと計算してのことだ。そこを通って、礼拝堂のある南側から宮殿の東側へ抜ける。


 2階に続く、緩やかにカーブした階段の下に隠れて、トマスは一息ついて考える。


 ロキは無事だろうか。自分で神出鬼没なんて言ってる奴だ、きっと上手く逃げているだろう。

 オットリーノに連れ去られたカタリナは? まさか殺すことはないだろうが、それでも心配せずにはいられない。


 みんなはどうしているだろう。あの最強の仲間たちが負けるわけがない。きっと大丈夫だ……。



 ふと、空気が歪んだような違和感を覚える。

 トマスはおそるおそる、階段の陰から顔を出す。


 見覚えのある、禍々しい楕円形。その中から出てくる女。



「やっぱりここにいたのね」



 こんなに早く見つかるとは思っていなかった――と、トマスは焦燥感に顔を歪める。

 ここでは壁と階段に囲まれて、逃げ場がない。


「――ロキは、どうした……?」


「ああ、あのドブネズミ」


 サラは嘲るような笑みを浮かべ、自分の手にべったりとついた返り血を見せる。


「……!!」


「長くはもたないでしょうね。後を追いたいなら、すぐに行かせてあげるわよ?」


 トマスは奥歯をギリッと噛み締める。

 死ぬわけがない。あいつに限って――その目で見るまでは、信じないと決めた。



「……あまり宮殿を血で汚すのはやめようかしら。私が住むんだし――そうね。首の骨を折る、っていうのはどう?」


 笑ってはいるものの明確な殺人予告をされて、トマスは冷や汗をかく。


「ま、待ってくれ。どうしてここがわかったんだ? オットリーノだって、あの抜け道は知らないはずだ!」


「それでもあなたの家族は知っているでしょう? 聞けば教えてくれたわ。皇女様を礼拝堂に逃がしたのは、あなたたちを釣るためよ」


「っ……。ちょ、ちょっと待て。帝位をのっとるだけなら、何もカタリナじゃなくてもいいじゃないか。なんでカタリナを選んだ? こんな面倒なことしてまで――」


 しどろもどろに質問を浴びせるトマスに、サラは呆れたようにため息をついた。


「往生際が悪いわねぇ。そんなことを言う馬鹿だから、あなたは選ばなかったの。遺言はそれでいい? ドラマチックな散り様のほうが、後々脚色しやすいのだけど……それも期待できなさそうだわ」


 サラが手を伸ばすと――突如、慌てふためいていたはずのトマスの瞳に、力強い意志のようなものが現れた。



「じゃあ、最後に――どうして俺はここに逃げたと思う?」



 唐突な問いに、サラは眉をひそめる。


「抜け道があるからでしょう? それを知っていたから、私はあなたたちを誘導したの。そう言わなかった?」


「そうだな。だが、抜け道がなくても俺はここに来た。ロキはきっとこう考えたんだ。例の魔物――オットリーノが用意したものなら、研究室のある東側に保管しておくだろう。そいつらが全員出れば、逆にここは敵が少ない安全な場所ってことになる」


「……だから? 私がここにいるんだから、すでに安全じゃないわよ」


「味方を引き入れるにはうってつけの場所ってことだ」


「言ったでしょう。あなたの仲間はすでに、私の手駒に――」



 ドォン! と、爆発でも起きたかのようにすぐそばの壁が破壊される。


 ガラガラと崩れた瓦礫の向こうに、何人かの人影。



「見つけたぜ……サラ……このクソあばずれ女ァ!!!」



 サラはここにいるはずのない彼らの姿を見て、硬直している。

 彼らは――<ゼータ>は、他の勇者パーティとともに市街で戦うはずだった。そこから、結界に封じられた宮殿内に入ってくることはできない。


「ゼカリヤ……どうして……?」


「うるせぇ。まず、そのむかつくツラを一発ぶん殴らせろ!!」


「くっ……!!」


 不利を悟ったか、サラはすばやくゲートを開いてその中に逃げ込む。


「待ちやがれェ!!」


 すんでのところで逃げられたことにゼクは怒り、壁を蹴っ飛ばしてヒビを入れる。

 敵よりもトマスのほうを心配していたエステルが、慌てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」


「ああ。……実は俺もわかってないんだが、どうやって入ってきた?」


「これです」


 と、ヤーラが空の瓶をトマスに見せる。


「カミル先生に渡されたんですけど……結界を溶かす薬です。ロキさんが予め作るよう頼んでいたみたいで。効果は一時的なので、もう出口は閉まってると思いますが……」


 結界を溶かす薬なんて、協会に見つかれば大ごとになりそうなものだ。


「あのガキ、『宮殿には東から入れ』なんてわけのわからねぇ伝言よこしやがって。こういうことなら早く言えや」


 元賢者であるガストーネを利用して宮殿を封鎖する敵の作戦を、ロキは予見していたということだ。なんて奴だ、とトマスは驚嘆する。バラバラに情報を伝えて、敵に感づかれないように……。


 だが、そういうことなら、他に助けは期待できない。

 彼らだけが――<ゼータ>だけが頼りだ。


「……頼む。後を――任せていいか」


 トマスはそのリーダーの目を真っすぐに見る。


「もちろんです」


 その力強い笑みに、これほど頼もしい味方がいてくれるのか――と、トマスは心強くなった。



  ◇



 トマスさんたちが置かれている状況はかなりまずいみたいだ。


 間一髪命を助けることはできたものの、トマスさんは仲間の居場所をほとんど把握しておらず、みんながどうなっているのかまったくわからないという。

 居場所が分かっているロキさんに至っては一刻を争う事態で、もしかしたら、もう――


「僕が行きます。薬でどうにかなるかはわかりませんが……」


「一応、ヘルミーナを探しに行こうかー」


 ヤーラ君とマリオさんの申し出に、私は頷く。


「こんなに静かなのも不自然ねぇ。ノエリアちゃんにも何かあったのかしら……」


「我々は魔物を退けつつ、残りの仲間を捜そう」


「お願いします」


 ロゼールさんとスレインさんに一任した私は、ゼクさんの顔を見る。

 何も言わなくても、私は彼がやりたいことはわかっているし、私がそれに反対しないのもわかってくれているはずだ。



「サラは、人間に憑依する魔術を使う」


 トマスさんが警告するように言う。


「その術でカタリナを乗っ取って、化けてやがったんだ」


「ああ……そういうこと」


 ロゼールさんは疑問だったことが解消したようだった。白いときと黒いときが半々の皇女様は、魔族に操られていたんだ。

 でも、人に憑依する術なんて……どうすればいいの?


 そういうことを考えるのは、私よりもトマスさんのほうが遥かに上だった。


「奴が使う術の仕組みはだいたいわかった。あれだって万能じゃない。攻略法はある」

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