#15 黒い世界より

帝都襲撃

 帝都を取り囲む城壁は高く頑丈で、敵の侵入をことごとく撥ね退けてきた歴史を誇っている。

 この日押し寄せてきた魔族の軍勢も例に漏れず、その壁を乗り越える前に弓や魔術で撃退させられていった。


 しかし、敵は人間ではない。中には容易くその防壁を乗り越えてくるものもあった。それは有翼の魔物や、それに乗って侵入してくるゴブリンなどの小柄な魔物である。


 帝都の通りを魔族が闊歩している状況に、人々は困惑し恐怖したが――


 駆けつけてきた彼らを見て、すぐに平静を取り戻した。



「ヒャッハー!! この"風斬り"レオニード様がいる限り、帝都は安泰だぜーッ!!」


「おぉい、待ってくれよぉ!! ……あっ。何か肩こりすると思ったらラムラ! たまには自分で歩けよぉ!」


「でもゲンナジー。今日は人がいないから、大通りを堂々と歩き回れるわよ~」


 <ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>の3人はわいわいはしゃぎながらも、一方でレオニードは目にも留まらぬ速さで敵を切り裂いて回り、ゲンナジーはすさまじい腕力で敵を地面に沈め、ラムラは離れた場所にいる敵の力を奪って戦闘不能にしている。



 そんな3人に鳥の群れのようなシルエットの影が近づいていく。ワイバーンの軍勢が頭上を悠々と通り過ぎようとしていた。自分たちの射程外にいる魔物たちを一瞥し、レオニードは舌打ちした。


 と、上空のワイバーンたちがボトボトと地面に落ちてくる。よく見ればその身体には剣山のように矢が刺さっていた。


「ちょっと! 突っ立ってないでどいてくれる!?」


 甲高い叱咤の声に、レオニードたちは慌てて道を空ける。それを確認した声の主――エルナは再び素早く弓に矢をつがえ、バンバン空に放っていく。


 業を煮やしたらしいワイバーンが低く滑空して突撃しようとしたタイミングで、別の人影が飛び出し、斧でその首を掻き切った。


「よっし! 飛んでるやつはあたしらに任せて!」


 はつらつとした笑顔を向けたマーレをすれすれのところで避けた矢が、敵に直進していった。



 内部に乗り込んだ魔族たちは、おもにレオニードたちをはじめとする高ランクの勇者パーティに次々に退けられていった。


 この程度ならば、合同作戦のときのような少し大掛かりなクエストと変わらない――


 現場の勇者たちがその考えを改めたのは、人里に来るはずのない魔物を視認したときだった。


 Sランク級の魔物、ブラックドラゴン。


 悠々と城壁を乗り越えてきた夜行性のはずのその龍は、巨大な翼を広げて日光を遮り、眼下の市街に咆哮を轟かせている。


 各所で魔物の対応に当たっていた勇者たちは、その姿を見て戦慄する。自分たちの手に負えるのか――そういった不安の色が、特に経験の浅い者たちの顔に現れる。



 そんな彼らの傍を流星のように駆け抜けていく影が、1つ。



 それは市街の建物に軽々と飛び乗り、屋上からドラゴンに向かって、放たれた矢のように跳躍し――剣を、ひと薙ぎ。


 鋭い斬撃が、ブラックドラゴンの首をスパッと切断する。


 生命を断たれたドラゴンの巨躯がドシンと地面に落下すると同時に、圧倒的な力を見せた剣士が華麗に着地した。


 飾りの施された兜をつけた男が振り返ると、気づいた誰かが彼の名を呼んだ。


「アルフレートさん!!」


「あれは我々の領分だ。サポートを頼む」


 端的な言葉ではあったが、勇者たちの士気に火をつけるには十分だった。



  ◆



 宮殿を取り囲む城壁の東側で、ラルカンは双眼鏡越しに市街のほうを見守っている。


「アルフレート君たちは随分頑張ってくれているようだな。我々の出番がないまま終わったら、どうする?」


 隣にいる副官は、団長に生真面目な顔を向ける。


「は。帝国の安全を考えれば、それが最善かと」


「考えなければ?」


「……我々の目立つ場がなくなり――働き損、ということになりますな」


「ははは! いいユーモアだ。……だが、出番がないってことはないさ。勇者たちは強いが、あんなバカでかいドラゴンをいつまでも抑えきれるものでもあるまい。あれだけの数が来てしまっては、な」


 遠く上空に、鳥の群れのようなドラゴンたちが真っすぐ帝都に飛来している。魔族専門の勇者たちも、さすがに焦っているようだった。


 <スターエース>の3人が奮闘しているものの、手が足りないためか何体かのドラゴンを取り逃がしてしまっている。出し抜いた魔物たちは、当然この宮殿に向かってくる。


 魔物の相手などろくにしたこともない騎士たちは、間近に迫ったドラゴンに戸惑っている。

 矢も魔法もその鋼鉄のような皮膚に傷をつけることすらできなかった。



「本当はヴコールの首でも頂きたかったが、思いの外大人しくなってしまったしな。一応、ここでも目立っておくか」


 ラルカンは副官に双眼鏡を預け、軽く肩慣らしをした後――剣を抜いて、疾風のように駆けだした。


 騎士たちがその姿を認識する頃には、彼はすでにドラゴンの頭上に乗っていた。


「アルフレート君のように首を落とすのは無理だな」


 ドッ、と竜の首の後ろに剣を突き立てる。けたたましい悲鳴が轟くが、ラルカンは構わず骨を抉るように刃を刺し込む。


「ギャオオオオオッ!!!」


 断末魔の叫びとともに、その巨体が高度を落としていく。

 茫然と見ていた騎士たちは、団長の奮迅ぶりに歓声を上げた。が――


「うおっ」


「団長!!」


 最期の抵抗か、ドラゴンが大きく首を振ると、ラルカンは城壁の外へ放り出されてしまった。

 軽々とした身のこなしで着地したものの、上を見ればまだ大勢の敵が向かってきている。



 そこはグラント将軍の持ち場で、上から何人かが梯子を下ろして向かってくる。迎えに来てくれようとしているのかもしれない。


 しかし、ラルカンはそこで違和感を抱いた。


「騎士団長殿、ご無事ですか!?」


 帝国軍の軍服を来た数名の兵士がやって来る。グラントの軍の者らしかった。


「問題はない。ところで――グラント閣下はどうなさっている?」


「はっ。現在飛来する魔物と戦闘中であります」


「なるほどな」


 そう呟いた直後、血しぶきが上がる。


 兵士たちはそれを理解するのに時間を要したが、ゴロンと落ちた頭部と、首の切れ目から噴水のように血を噴き上げて倒れる胴体を見て、一斉に身構えた。


「貴様、何を……!!」


 ラルカンは相手が戦闘態勢に入る隙も与えぬまま、兵士たちの身体を切り裂いていった。

 全員を人形のパーツのように切断し終えると、剣を一振りして鞘に納める。


「舐めるなよ。グラントが戦っていてあんなに大人しいわけがないだろう。……つまり、敵はグラント軍にも紛れているということか。少し急いだほうが――」



 そこでラルカンは、自分が二度と宮殿の中に戻れなくなったことを悟った。



 壁の向こうに、さっきまではなかったはずの紫色のガラスのようなものが広がっている。よく見ると、それは宮殿全体をドームのように覆いつくしていた。


「やられた」


 それは、魔族の侵入を阻むための防御装置――「結界」であった。

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