閉ざされた城
透明な紫色の壁で覆われた宮殿の北側にある、司令塔となる会議場。
この戦いの総大将でもある皇帝の傍で、その息子トマスは仲間たちとともに緊張した面持ちで待機している。
「これで汚らわしい魔族どもが、この中に侵入することはなくなりましたぞ」
「お見事ですな、ガストーネ殿」
カタリナの付き人であるガストーネは、以前は勇者協会の賢者だった腕利きの魔術師である。魔界に通じるゲートのある<黒き谷の遺跡>を封じる<結界>の術を宮殿の防壁として利用したのだ。
しかし、トマスの内心は穏やかではない。
あのヴコールがニタニタと笑いながら、ガストーネを賞賛しているからだ。
それに、外からの侵入を防いだということは、裏を返せば中からの脱出が難しくなるということでもある。
「敵の魔人は小さいゲートでこちらに侵入するかもしれない。その場合どうする?」
トマスが意見すると、ガストーネは一瞬顔をしかめた。
「……ご安心を、トマス殿下。脱出の必要があれば、すぐに解除いたします」
「それに、そういうときのためにお前たちがいるのだ。そうだろう」
父にまで厳しい目を向けられて、トマスは閉口する。
内部の見回りは衛兵やいつも通り消えているロキがやってくれている。カタリナを含む他の皇族は一部の人間しか知らない避難場所に隠れている。
ヴコールが信用できない以上、何かあったら動かなくてはならないのは<EXストラテジー>だ。
ぴくっ、と何かに反応したのはミアだった。
こういうときは何か危険を察知したのだとトマスたちにはわかっていた。
「ミア、数は?」
「……いっぱい」
「何?」
「たぶん、マモノ? いっぱいくるよ!」
ガストーネはその言葉を信用していないようだった。
「馬鹿な。結界を通り抜けてくることはできん。勘違いではないか?」
「ミアの感覚は本物だ。ガストーネ、結界を――」
トマスが言い切る前に、ミシミシと壁にヒビが入る音に皆が振り返った。
ドゴォ、と凄まじい力で壁が粉砕されると、そこには魔物――らしきものが大勢群がっていた。
それは人型の黒い生物で、トマスの知識でも該当するものはなかった。仲間たちも初めて見るようで、霧の魔物と同じく人工的につくられた生物だと推論した。
壁を容易く破るほど腕力があるらしい黒い魔物たちだが、ヘルミーナがいち早く<聖域>の術を発動したお陰で、室内に入れずうろうろしている。
間髪入れずにシグルドの矢が先頭の何体かを射抜くと、すかさずミアとノエリアが切り込んでいった。
未知の魔物でも軽々と一掃してしまう仲間たちに、トマスは頼もしさを覚える。
「ガストーネ。この結界、一部だけでも解除することは――」
振り返って目に入った光景に、トマスは息を呑んだ。
今しがた自分が名前を呼んだ人間は――胸から血を流し、横たわっている。
やったのは、いつの間に抜いた剣先を赤く染めているヴコールで間違いない。
「ヴコール将軍!! 貴様何を……」
突然のことに驚き慌てている皇帝に、ヴコールは構わず斬りかかろうとしている。
それを救ったのは、1本の矢だった。
「――チッ」
ヴコールが矢を剣で弾いた隙に、魔物に向かっていったミア、ノエリアの2人も踵を返す。
不利を悟ったか、ヴコールは素早く駆け出し、窓から飛び出した。
「待て!!」
トマスが怒鳴るのもむなしく、ヴコールはすでに外に待機していたらしいワイバーンに乗っていた。
「本当は皆殺しにしてやりたかったが……まあ良い。どのみち貴様らは袋の鼠。そこでくだばるがいい」
そう吐き捨てて、裏切り者を乗せたワイバーンは中庭のほうに向かっていく。
「あの男……!! なんて卑劣なんですの!!」
「ノエリア、追うな。それより、どういうことだ? ガストーネがやられたのに、なぜまだ結界が残っている?」
その答えを持ってきたのは、別の窓から入ってきたロキだった。
「神出鬼没のロキさん登場っ。……なんて言ってる場合じゃないか。ボクたちを閉じ込めたのと、そこの変な黒いのをけしかけたのは同じ人間さ」
「オットリーノか」
「そう。奴らはどちらかといえばホムンクルスに近い。錬金術で魔力に変えたのをここのどこかに保管していて、一斉に放出したって感じ。この結界も――ざっくり言えば、ガストーネの魔術を"乗っ取った"って形になるのかな」
あの老人がそこまでの錬金術の使い手とは、トマスも想像していなかった。
「ま、待て。オットリーノまでもが敵だというのか」
何も知らない父は、平常心を失っている。
「父上は俺と一緒に逃げましょう。護衛は――」
「シグがいい。女の子たちは敵の対応。どうかな」
「わかった、それでいく」
ロキがシグルドを指名したということは、彼は信用できるということなのだろう、とトマスは解釈した。
「では、道を切り開きますわ。少しお下がりなさい」
ノエリアは黒い魔物たちが群がっている入り口に向かって――特大の爆炎魔法をぶちかました。
ドォン! という轟音とともに、魔物たちは跡形もなく消え去っていく。
外の廊下に向かって放射状に黒ずんだ痕が残り、向こう側の壁は大きな穴が空いて結界越しに空まで見渡せる。
「……ちょうど、リフォームしたいと思ってたんだ」
「我がティヘリナ家も出資いたしますわよ」
そんな冗談を飛ばし合う余裕を持ちつつ、トマスたちは二手に分かれた。
◆
「にゃんだこりゃあ……」
中庭に集まったグラントとその兵士たちは、そこにいるはずのない大勢の魔物たちを前に困惑している。
宮殿は結界に覆われて脱出不可能、その中に敵が集まっているというのがどういうことか、グラントにもよくわかる。
しかし、どうしてこんな状況になったかは頭脳労働が苦手な彼にはわからない。
「ともかくこいつらをぶっ飛ばさにゃあ」
言葉通り、グラントはずんずんと黒い魔物の群れに向かっていくと、ぶん、と太い腕を一振りしただけで十数体の敵を一気にふっ飛ばしていった。
彼の武勇を知る者は、ここが開けた場所であることに安堵しただろう。そのとてつもない腕力を誇る獣人の将が屋内で戦えばたちまち建物は崩壊し、瓦礫の山になってしまうのだから。
一通り群れを片付けたところに、グラントの見知った顔が近づいてきた。
「おお、ヴコール! にゃにが起きてんだぁ? オレたちを援軍に呼んだの、おみゃあさんだろう」
「ええ。どこからともなく見たこともない魔物が出現し、皇帝陛下の御身が……」
「にゃっ!? 陛下が? 急がにゃあいけねぇな、どこで――」
そこでグラントは、チクッとか何かが刺さったような感覚を覚えた。
見ると、自軍の兵士の1人がいつの間にか傍に立っていて、手に何か筒のようなものを持っている。
それは、注射器であった。
視認したが直後、グラントの大きな身体がぐらりと倒れ、地面にどしんと這いつくばる格好になる。立ち上がろうにも一向に力が入らず、グラントの大きな手は震えている。
「ヴ、コール……?」
「くくくっ……ハハハハ!! 貴様のような力だけの馬鹿など、この程度で十分だったな。ラルカンの小僧も詰めが甘い! あんなものでこの私を封じられたと思ったか! これで心置きなく憎き貴様を葬れる……」
グラントは自分の置かれた立場を察する。
彼の脳裏にあったのは、内部にいるはずの自分の愛娘のことだった。
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