スパイ
「……で? この100年に1人の逸材をあたしにどうしろって?」
「マジヤバ~! ヤーきゅんイツザイだったんだね! てか、イツザイってなに?」
錬金術といえばこの人ということで、私はマリオさんとヤーラ君を連れてカミル先生とアンナちゃんのいる協会の診療所に来ている。
本当はヤーラ君には寝ていてほしかったんだけど、話を聞いたら気がはやってしまったようで、すぐに行動に移したのだ。
「ヤーラ君はね、まだ限定された状況でしかその力を使えないんだ。しかも、そのときの記憶がないみたいで。だから、いつでも使えるように、練習というか手ほどきをしてほしいんだよ」
説明下手な私の代わりにマリオさんがわけを話すと、カミル先生は受ける気があるかないかわからないようなため息を、煙草の煙とともに吐き出す。
「……実在したとはね、無意識で錬金術使える人。まあ、聞いた感じいろいろな術が使えるみたいだけど――あなたが身につけたいのは、どんな術?」
ヤーラ君はためらいがちに目を伏せたけど、やがて意を決したように口を開く。
「――人を、治すのを……」
何のにおいもしない白い煙が、部屋の中をゆらゆら漂う。
「治癒魔術を覚えたほうが早いわ、坊や。いくら無意識にそれができたとしても、技術として学ぶものではないわね」
「そなの? アンナは『テイッ』でできちゃうけど、レンキン術だと難し案件?」
「ええ。治癒魔術で自動的にやっていることを、わざわざ手作業でやるようなものよ。しかも失敗したら被害甚大。ポーションでいいじゃない、とは思うけど……魔術より効きが遅いし不便だから、そこをなんとかしたいっていう意図かしら」
ヤーラ君はまた気まずそうにうつむく。
「そう、です。わかってますけど……本当に、おっしゃる通りなんですけど……僕には、錬金術しかないんです」
カミル先生は、まだ短くなりきっていない煙草をぐりぐりと灰皿に押し付ける。
「……実験もせずに結論を出すなんて、錬金術師らしくなかったわね。場所用意してくるから、ちょっと待ってなさい」
「あ……ありがとうございます!」
頭を下げるヤーラ君に一瞥もくれずに部屋を出て行くのが、先生らしいというかなんというか……。
「センセはぁ、態度アレだけどぉ、ヤサシーからね~」
「わかってますよ。ヤーラ君、よかったね」
「ええ。わざわざ付き合わせてしまって、申し訳ないですけど……」
「言い出したのはぼくだから、君が謝る必要はないよ」
「……マリオさんに言われると、何も反論できないんですよね」
「ああ、わかるかも」
私もつい同意してしまった。本当に、そうなのだ。マリオさんは常に論理的に物事を考えているから、言うことすべてにちゃんとした根拠があるんだろうと思って、つい納得させられちゃう。
「だから……わざと僕をああしたのも、理由があるんですよね」
呟くように放った言葉に、私は少し身が硬くなる。マリオさんは、一切表情を動かしていないけれど。
「もちろん。何度も説明した通り、君はあっちのほうが強いからね」
その言い方はちょっと……。マリオさんに悪気はないのはわかるんだけど、なんだか冷たいように聞こえてしまう。
少し心配になってヤーラ君のほうを見てみると――予想に反して、なぜか安心したような顔になっていた。
「そう、ですか。あの、大丈夫ですよ、エステルさん。気にしてないというか――むしろ、嬉しいんです。迷惑かけるばかりだと思ってたから……いや、ご迷惑だとは思うんですけど。悪いことばかりじゃないのかな、って」
「そっか」
本人がそう言うなら、それはいいことなんだろう。ロゼールさんは納得しないかもしれないけど。
ドアの開いた音に目を向けると、カミル先生が隙間から半身を乗り出していた。
「準備できたわよ。早くいらっしゃい」
「あ、はい! じゃあ、失礼します」
青白かった顔色もすっかり良くなったヤーラ君は、先生とともに部屋を出て行った。
「……そろそろ出てきておけまるだよ~」
私たちも帰ろうとした矢先、アンナちゃんが窓に向かって話しかける。
なんだろう? 不思議に思っていると――窓からよく知った人が入ってきた。
「神出鬼没のロキさん登場~。いやあ、悪いね。カミルが出ていくまで待ってたんだ。顔合わせると硫酸投げてくるから、あの人」
先生がロキさんを嫌っているのは知ってたけど、さすがに冗談だよね……?
「まあ、マリオは当然気づいてたみたいだけどね」
「ウッソォ、隠れロッキー見つけるとかぁ、マーくん天才?」
アンナちゃんが彼女らしいよくわからないセンスのあだ名ではしゃいでいる傍ら、ロキさんは何事もなかったかのように話を始める。
「明日、帝国のお偉いさんたちで帝都を魔物から守るための作戦会議が開かれる。参加者は近衛騎士団長ラルカン・リード、ミアの父親のグラント将軍、魔族派でほぼ確定のヴコール将軍、<スターエース>のアルフレート・ゲオルギー。もちろんトマスも出る。君たちもそこに出席してほしい」
「わ、私たちですか!?」
「発案者はラルカンだから、たぶんスレインから提言があったんだと思う。そんなに引け目を感じることないさ」
ロキさんの言う通りかもしれないけど……緊張するものはする。それに――
「ヴコール将軍がいるなら、ぜひ友達になりたいねぇ」
ヴコール将軍といえば、盗賊たちを裏で手引きしていたという人だ。マリオさんはこれを敵に接触するチャンスだと捉えていて、ロキさんもそういう意図でこの話を持ち出したんだろう。
「なんかぁ、よくわかんないけどぉ、アンナおーえんするね!」
1人だけ話題についていけていないであろうアンナちゃんが、相も変わらずマイペースにエールをくれる。それが彼女のいいところで、私もちょっと肩の力が抜けた――と、思ったとき。
「アンナは何も知らないってことはないはずだよ」
マリオさんの切れ長の目が、真っすぐに彼女を捉えている。当の本人は、いつも通り緩い笑みを浮かべているけれど……。
「ほえ? どゆこと?」
「さっきからそこの棚をチラチラ見てたけど、何かあるのかな」
「そこはぁ、カンジャさんのカルテでぇ……」
「無駄だよ、アンナ。その殺し屋に隠し事は通用しない」
「あ、やっぱりぃ?」
アンナちゃんは観念したように、マリオさんが示した棚から書類を引っ張り出して、なぜか私にどさっと押し付けた。
「え?」
「これぇ、会議参加者のプロフィールね! ヴコっちとグラっちはエティも会ったことないっしょ? あんまツッコんだ情報とれなかったけどぉ、ヴコっちがくーでたー? ケーカク中なのはガチっぽいから気をつけて!」
「……え? え?」
私が何が何だかわからないまま突っ立っていると、マリオさんは書類の中から数枚抜き出してざっと目を通し始めている。
「なるほど。グラント将軍は子供がたくさんいて、軍の中で一定のポジションを占めてるのがヴコールは気に入らないんだねー」
「クーデターのどさくさに紛れてグラント暗殺も企ててるかもしれないよ」
「マジコワ~」
みんなが普通に話を進めているものだから、おかしいのは私1人だけなのかと心配になってしまう。
それを察してくれたのか、アンナちゃんはこっちを向いてぺろっと舌を出した。
「ゴメ~ン。実はアンナ、ロッキーのスパイやってんの」
私は卒倒しそうになった。
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