潜在能力

「テメェみてーな奴は帰れっつってんだろ、コラァ!!」


「ぼくは用事があってここに来たんだけど」


「知るか! とにかく中には入れねぇからな!!」


「困ったなぁ……。あ。やっほー、エステル!」


 帝都の裏通りにある少し年季の入った住宅の前で、マリオさんとレオニードさんと押し問答をしていた。マリオさんがこちらに気づいて手を振ってくれたので、私もとりあえず手を振り返した。


「どうも……。何してるんですか?」


「いやあ、レオニード君が通してくれなくて」


「何か知らねぇが、この野郎が入ろうとしてくるんだよ!」


「なんとかしてくれない?」「なんとかしろ!!」


 2人いっぺんに要求を突き付けられ、私は苦笑いしか出なかった。ともかく事情を説明しなくては。


「えっとですね、レオニードさん。私たち、ヤーラ君の様子を見に来たんですよ」


「エステルはわかるぜ。リーダーだし、あいつの面倒も見てくれてるからな。だがこの殺し屋はなんだ? なんだって<ゼータ>の最優秀ヤベー奴を俺たちのホームに入れなきゃならねぇんだ?」


「ヤ、ヤベー奴って……」


「レオニード君、まずは友達になろう」


「ほらな! こいつは会話も通じねぇ、まともじゃねぇ危険人物だって俺らは知ってんだよ!! テメェあんまりヤーラに近づくんじゃねぇぞ。変なことしやがったらぶっ殺してやる!」


「ヤーラ君とは、もう友達だよ」


「ぶっ飛ばすぞ!!」


 レオニードさんはマリオさんのことをあまり良く思っていないみたい。殺し屋という呼び名のせいか、その独特の雰囲気のせいか。でも、ここまで来てもらって、外で待たせるわけにもいかない。


「大丈夫ですよ、レオニードさん。マリオさんは危ないことしないですから」


「ぼくが何かするときは、事前にエステルの許可を取るよ。リーダーだからね、命令には従う」


「……本当だろうな」


「本当だよ」


「本当です」


 ようやくわかってくれたようで、レオニードさんは舌打ちしつつも玄関のドアを開けてくれた。


「妙な真似しやがったら即刻追い出すからな。わかったか」


「……」


「何か言えよ、コラ」


「……喋っていい?」


「会話まで許可制なんです?」



  ◇



 <エクスカリバー>の男性陣3名は――ヤーラ君は「元」だけど――少し大きめの住宅をシェアハウスのように使っているらしい。


 ということは、当然家の掃除はほとんどヤーラ君が担当していたはずで、彼がクエストでしばらく空けていたせいなのか、中は散らかっていないスペースを探すほうが苦労するほどの惨状だった。

 ちなみにゲンナジーさんはレオニードさんいわく「買い物に行ったまま帰ってこない。1人で行かせるんじゃなかった」とのことで、今は不在らしい。



 あれ以来体調を崩して寝込んでいるヤーラ君の部屋に行くと、顔色は良くなってはいるものの、起き上がった上体は少しやつれて、こちらに向けられた目には覇気がないように見える。


「エステルさん、マリオさん……。本当に、すみません……」


 のっけから謝罪を述べられて、私は当惑してしまった。


「そ、そんな。ヤーラ君は、何も悪くないんだよ。ゆっくり休んでくれればいいから」


「いえ、でも……やっぱり申し訳ないです。こんな足の踏み場もない、きったない家にお招きしてしまって」


 あ、そっち?


「このチビ、寝てろっつってんのに隙あらば掃除しようとしやがるんだよ。参っちまうぜ」


「レオ先輩。僕のこと気遣ってくださってるのは非常にありがたいんですけど、そもそも共用スペース散らかしてるの、ほぼ先輩とゲンナジーさんですよね。だったら自分で掃除してくださいよ。気になって眠れないんですけど」


「だっ……だってお前、なんか変なとこしまうと怒るじゃねぇかよ」


「じゃあ怒らないんでやってください」


「……おう」


 元気そうでよかった、と私はひとまず安心する。


「ヤーラ君。何か私にしてほしいこと、ある? なんなら掃除も手伝おうか」


「この人甘やかしちゃダメですよ。僕は大丈夫なので、お気遣いなく」


「せっかくだから膝枕とかしてもらえよ」


「やっ、やめてくださいよ!! エステルさんに変なことしたらぶっ飛ばしますよ!」


「わかったよ、純情少年。冗談だ」


 そこまで怒ってくれなくても、というくらいヤーラ君は顔を赤くしていて、思わず微笑ましくなってしまう。



 そんな元気そうな様子が見れて、私たちの用事の半分は終わった。けれど、残り半分はこの空気では言い出しづらい。


 半ば助けを求める気持ちでマリオさんのほうに視線を向ける。目が合った彼は、命令を待っているかのようにニコニコ笑っている。


「あの……マリオさん。お話、お願いしてもいいですか」


「オッケー」


 だんまりだったマリオさんが口を開いたので、ヤーラ君はそちらに顔を向け、レオニードさんはちょっと怖い顔で身構える。


「ヤーラ君。君が記憶をなくしているときのことを話したいんだけど」


 驚いたように目を開くヤーラ君が何か言う前に、レオニードさんがゆらりとマリオさんの前に立った。


「テメェ、変なことしやがったらぶっ殺すっつったよな」


「変じゃないよ。彼にとって有益なことだから」


「信用できるか、ボケ。表出ろや」


「レオニードさん、落ち着いて。マリオさんも悪気があるわけじゃ――」


「聞かせてください」


 小さいながら力強い声に、私たちは振り返った。


「あの……先輩、すみません。僕も、知りたいんです。自分が、何をしているか……」


「……」


 ふん、と鼻を鳴らしたレオニードさんは、そのまま腕を組んで壁に寄り掛かった。


「といっても、ぼくが話すのは能力のことについてだけだよ」


 少し気まずい空気をばっさり切るように、マリオさんが話し始める。


「能力って、錬金術ですか?」


「そう。君の術は正気を失くしているときのほうが、遥かに優れている」


 ヤーラ君はすぐにはその言葉が理解できないようで、顔に戸惑いの色が見える。


「えっと……それは、ホムンクルスのこと、ですか?」


「それも含めてだけど、君自身もだよ。たとえばね、目で見ただけで物質を分解したり、傷を治したりするでしょ」


「ちょっ、ちょっと待ってください。……え? そんなことを、僕が?」


「してたよ」


「私も見たことあります」


「そういや、俺もあるなぁ」


「……ええ!?」


 私が見たのは、炎魔法を消し去ったのと、ホムンクルスの身体を修復していたのと、ダークウルフの身体を破壊していたのだったかな。2人が見たのも、たぶんその類いだろう。

 当のヤーラ君はすぐには信じられないのか、頭を抱えてしまっている。



「なーにビビってんだよ。便利じゃねぇか、それ」


「先輩……。これはですね、僕が本当は先輩並みに速く動けて、ゲンナジーさん並みに腕力があって、ラムラさん並みに魔術が使えると言われているようなものなんですよ」


「はあ!? 強すぎだろ、ずりぃぞ!!」


 カミル先生もそんなことができるのは「最高クラスの錬金術師」って言ってたし、驚くのも無理はない。


「それだけじゃなくてね。ぼくたち、魔人の迷宮にいたでしょ」


「その迷宮を破壊したのが僕、とか言いませんよね……?」


「破壊というか、つくり変えてたよ」


「マジですか!?」


 衝撃のあまり、ヤーラ君は普段使わないような口調になっている。



「そう。君の錬金術は元から優秀だけど、普段からそういうことができれば、ものすごい戦力になると思うんだよね。どうかな」

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