#14 円卓会議
大物
アルフレート・ゲオルギーは視線を釣り竿からゆっくり離す。
単なる好奇心から話しかけてきたわけではないであろう彼は、どこか幼い印象の――しかしどこか腹に一物ありそうな――ダークエルフ。
ロキ、という名前にはうっすらと覚えがある。さて、何だったか。ともかく。
彼は俺の正体を知っているな――アルフレートはそう直感した。
そして、少なくとも自分に何か用事があり、どうやってそれを伝えるか考えあぐねているらしい。
「もっと、山間の渓谷とかなら、水も綺麗でたくさん釣れるんだろうけど」
相手のペースに飲まれぬようこちらから先手を打つ、という警戒が半分。一方で、緊張が垣間見える彼の気分をほぐしてやろうという親切心がもう半分。
「山まで行くのは面倒くさい?」
ロキはいたずらっ子のように皮肉っぽく笑う。
「ははは。俺も忙しいしね。それに、最近はそういうところも魔物が出るから。帝都から一番近い山ですら、魚たちが魔物に喰われて姿を消したよ」
「ああ。水龍が棲みついたんだっけ」
――そうだ、協会の調査員だ。
クエストの説明に担当した調査員の名前が併記されていて、そこで彼の名をよく見かけたのをようやく思い出した。彼の情報はいつも正確で、駆け出しの頃から助けられていた。もっとも、最近はその名を見ることはないが。
「……ま、それ以外にもあるけどね。理由」
少し思わせぶりなことを言ってみる。優秀な調査員は作り笑顔を崩さない。
「へえ、どんな?」
「すごくシンプルさ」
彼を真似て、ちょっと嫌味っぽく笑ってみせた。
「こんな汚い場所でも懸命に生きようとする、根性のある魚が見たいんだ」
わずかに大きく開かれた目が、くくっと噴き出すと同時に細められる。
「あはははっ! なるほどね……。じゃあ、最近の魚は根性なしなんだ?」
「こんな環境だし、そう言ってしまうのも可哀想だな。……でも、思い出した。最近大物が釣れたんだ。いや、まだ小さいんだけど――これから大物になりそうなの」
「へぇ……。君に捕まらないだけで、本当はもっといるかもよ」
「そうだといいね」
なにとはなしに、ロキは川べりに腰掛ける。近すぎず、遠すぎず、ほどよい距離で。
何か考え込んでいる様子で、穏やかな川面を見つめている。
次に思わせぶりなことを言ってきたのは、あちらだった。
「この川、どうしてこんなに汚いんだろうね?」
「……さあ。心無い人が、ゴミなんかを捨ててるからじゃないかな」
「それもあるだろうけど――そもそもは、上流が汚れているせいさ」
軽く言っているようで、慎重に言葉を選んでいるのが伺える。
「水源の池が誰かに汚染されたんだ。外来種まで放されて――数が増えて、元々いた魚を食い尽くしちゃうかも」
「……!」
「もし釣れたら、駆除しておいてよ」
帝都で暮らして長いアルフレートはよく知っている。この川の水源があるのは、まさしくこの国の中枢となる宮殿だ。そこに外来種が放たれる――その意味をはっきりと理解した。
「……わかった。しばらくは環境保全に努めようかな。友達も誘って」
「助かる」
彼はほっとしたように一息ついた。
もっと駆け引きめいたことを持ち出されるかと思っていたアルフレートは、遠回しながら素直な物言いに半ば拍子抜けする。
宣言通り、しばらくはクエストも受けず、帝都から出ることも控えようと決めた。仲間にそのことをどう説明すべきか。
――いや、ローラとオーブリーなら、何も言わなくてもわかってくれるでしょ。2人とも、そんなに疑り深い性格じゃないし。
日もすっかり暮れ、薄闇が辺りを包み込む。アルフレートは道具を片付け、帰り支度を始める。
自分の知らない水面下で何か大きなことが起きている。のんびりしている場合ではないが、どうやら核心の部分には関われないらしい。
ふと、先ほど「大物になりそう」と評した人物の顔がアルフレートの脳裏に過った。彼女にも警告しておくべきか、それともすでに知っているのか。
そんな考え事をしている隙に――いや、立ち去った気配はあったのだが、隣にいたロキの姿はもう宵闇の中に消えていた。
◇
トマスさんたちが新種の巨人みたいな魔物を討伐したというので、帝都の話題はもちきりだった。
それは嬉しいことなんだけど、私がもはや名前だけ所属していることになっている勇者協会の「パーティ管理課」は、前例のない事態に忙しさが増しているらしかった。
そんな中、たかだか「スライム退治」程度の報告書に時間を割かせてしまうのは申し訳がなかったものの、ドナート課長はいつも通り淡々と処理してくれた。
クエストを交換する件がなしになったことは伝えていないけれど、察しのいい課長ならすでに気づいているかもしれない。
「よ~おエステルちゃん! 今回はどんな大冒険だったんだ~?」
なぜか上機嫌なレミーさんが、いつも通り仕事をほったらかして覗き見に来た。
「どれどれ。へぇー、『スライム退治』! これはこれは、それはもう、なんというか……え? なんでこんな駆け出しクエストを今更?」
「え? えーと、そのー……」
まさか、「皇子をつけ狙う魔族を倒すため」なんてぶっちゃけられるわけないし、かといって変なこと言ったら怪しまれるだろうし、どうしよう……。
「それは名目で、実際は新しい戦術のテストだそうだ」
課長が眼鏡をクイッと上げながら助け船を出してくれた。
「へえ! つーことは、戦術問題は解決したのか。どうなったんだい」
うっ。まさか食いついてこられるとは思わなかった。課長もそういう話は詳しくないと前に言ってたし、黙ってしまっている。
「あの……えっと……いろいろやってみた結果、ですねぇ……」
「うんうん」
「私がピンチになれば、みんなが頑張ってくれることがわかりました」
「……うん?」
仕方なくスレインさんが言っていたことをそのまま説明してみたけど、考えてみればこんなの戦術でもなんでもなかった。
「あーあー、なるほど。そりゃあ可愛いエステルちゃんのためなら、あの鬼みてぇな連中もやる気出すよなぁ。うんうん。でも、そもそもそういう状況つくっちゃダメじゃね?」
「……ですよねぇ」
「いや、そうでもない」
ドナート課長が真面目な顔で口を挟む。
「そのことを敵側が知っていれば、エステルを狙おうとは考えなくなる」
「あ、なるほど」
「そのほうがかえって安全ってわけかい。じゃあ俺、帝都中に言いふらしてこようかね。『<ゼータ>のリーダーに手ぇ出すとえらい目に遭うぞ!!』ってな」
「その前に仕事をしろ馬鹿者」
先の戦いで本当に「えらい目」に遭ったらしいリベカには逃げられてしまったけれど、それで私を狙ってはいけないと仲間たちに伝えてくれればラッキーだな、なんて虫が良すぎるか。
課長や同僚のみんなが忙しそうにしている傍ら、職員の私がそのまま帰るのも忍びないけど――私が手伝ったところで力にはなれないどころか、かえって手間をかけてしまいそう。
それに、私はこれから行かなければならないところがある。お見舞いに。
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