2人の将軍
広々とした部屋には、真ん中に大きな丸いテーブルがある以外に特筆すべきことはないけれど、そのシンプルさにかえって萎縮してしまう。いかにも偉い人たちが集まる場所、という感じがして。
あまりに早く来すぎた私たち<ゼータ>の他には、まだ誰もいない。ヤーラ君は今日もカミル先生のところにいて、ロゼールさんはいつも通り行方不明だけど。
「大丈夫か? エステル」
私の顔を心配そうに覗き込むスレインさんの綺麗な目が見えて、はっとする。
「え、ええ。ちょっと、緊張してるというか……」
「あまり気負わなくていい。説明は私がするし、兄上は寛大なお方だから、少しのことは笑って許してくださる」
どうして私はこのイケメンと結婚できる性別に生まれなかったんだろう。
「だからって、こんなクソ早い時間に来る必要なかっただろうが。退屈で仕方ねぇぜ」
ゼクさんが椅子をギィギィ揺らしながら文句をつける。本当にその通りだから、弁明のしようがない。
「いや、悪くないよ。相手を観察する時間は長いほうがいい」
マリオさんが非常に合理的な観点からフォローしてくれる。
「そ、そうですよね。ありがとうございます」
「……まだ何か気になることがあるのか?」
スレインさんは勘が鋭い。実は、私はまだアンナちゃんがロキさんのスパイをやっていたことが信じられなくて、頭の整理ができていない。確かにああいう子のほうが、みんな警戒せずいろいろ話してくれるものなのかも……。
同じ場にいたマリオさんを横目で見ると、「アンナのことはなるべく他言しないほうがいいよ」と諭すかのように人差し指をそっと口に当て、微笑んでいる。
それに、あのとき聞いた話で、気がかりなことはもう1つある。
ギィ、とドアが開いて私はさらに緊張したが、入ってきたのが見知った顔だったので、ひとまず安堵した。
「……早いな」
「前のリーダーさんだぁ!」
「ど、どうも」
私はとりあえず軽く会釈した。<EXストラテジー>はトマスさんとミアちゃんの2人しか参加しない。それはそうだろうな、と思う。
特に話すこともなく、2人は所定の席に座った。すぐにミアちゃんはこくりこくりと舟を漕ぎ、椅子の上に丸まって寝てしまう。トマスさんは咎めることもなく、むしろ微笑ましそうに見ている。
しばらくして、ミアちゃんがばっと起き上がった。くんくんとドアのほうのにおいを探っている。
誰か来るんだな、と察した。
入ってきたのは、4人だった。
うち2人は知っている。近衛騎士団長のラルカンさん、兜をつけたアルフレートさん。残る中年の男性2人は――
「おお~、ミア!! 随分早いにゃあ!!」
ライオンのように髪を逆立て、髭を伸ばした大柄な猫の獣人のおじさんが、嬉しそうにミアちゃんのもとへ駆け寄った。
「おとーさん!!」
抱き上げられたミアちゃんがそう叫ぶ。このおじさんが、ミアちゃんのお父さんのグラント将軍だ。
「にゃあ~皇子さんも!! うちの娘が世話ンなってますにゃあ!! こいつぁ役に立ってますかにゃ?」
「ああ、うちのエースだよ」
「そりゃあ良かった!!」
「おとーさん、えーすってなぁに?」
「ようわからんが、すげーってことだにゃあ!」
初めて出会うグラント将軍に抱いた印象はいろいろあるけれど、まず……声が大きい。きっとその豪胆な性格のせいなんだろう。明るくてパワー溢れる人、という感じ。
ただ、おじさんがにゃあにゃあ言ってるのはなんか、ちょっと……可愛い。
「その辺にされてはいかがです? グラント将軍閣下」
打って変わって静かながら重々しい声を響かせたのは、もう1人の中年男性だった。白髪でいかめしい顔つきの、いかにも武人といった風体の男。
この人が――
「おお、すまんにゃあ、ヴコール」
ヴコール・ドラガノフ。魔族に通じ、クーデターを企てているという帝国軍の将軍。
アンナちゃんの話では、トマスさんに加えて皇帝の暗殺まで狙っているという。
その、私たちにとっては「敵」とも呼べる人物は――目尻に皺を寄せて、にっこりと笑った。
「いえいえ。そのような可愛らしいお嬢さんがいらっしゃっては、その喜びも無理なからぬことでしょう」
「にゃははは!! 一番下だからにゃあ、つい甘やかしちまってにゃあ!!」
「おとーさん、ヒゲもじゃもじゃ」
グラント将軍はミアちゃんをヒゲにうずめながら、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でて笑っている。
ヴコール将軍もその微笑ましい光景に笑みを浮かべている――ように見えるけれど、その目は笑っていない。
ロゼールさんでなくてもわかる。この人は良からぬことを考えるタイプの人間だ。
「本日はお集まりいただいてありがとうございます」
発案者であるラルカンさんが話を始める。形式的な挨拶に始まり、この会議の目的を淡々と説明している。
当たり前かもしれないけれど、前に会ったときのフランクな印象とはだいぶ違う。公私の区別をきちんとつけるタイプの人なんだ。
アルフレートさんも、今日は兜をつけて凛と佇んでいる。私もこういう場でくらいきちっと振る舞えればいいんだけど……。
「それで――件の魔族と対峙したというのが、そちらの勇者パーティ<ゼータ>で間違いないな?」
「はいっ!?」
ラルカンさんに話を振られて、心の準備ができていなかった私は変に上ずった声を出してしまった。
「あっ、えっと……」
「私が説明を」
すかさず割って入ってくれたスレインさんが、サラのゲートのことやリベカの術のことなんかを順序だてて話してくれた。私、椅子を温める以外にやることないんじゃないかな。
「……以上になります。何かご質問は」
スレインさんの問いかけに、真っ先に手を挙げたのが――グラント将軍だった。
「にゃ。関係にゃいかもしれねンだけど……<ゼータ>だっけ? そのリーダーって誰にゃあ?」
「彼女です」
突然注目を集めてしまい、私は顔を引きつらせたままどうにか笑顔を作り、軽くお辞儀をした。手汗やばい。
「ほお~~~!! その、ちっこくて細っこいお嬢ちゃんが? 大丈夫にゃあ? こんな戦いに巻き込んじまっても」
グラント将軍は決して馬鹿にしているわけではなく、純粋に疑問といったふうに……私をじろじろと見ている。そのせいで、ますます身体が強張ってしまう。
「彼女は俺のお墨付きです」
フォローしてくれたのは、アルフレートさんだった。
「にゃんと! 勇者協会最強の男が」
「<ゼータ>の実力は本物です。一緒にクエストをやったときは、仕事を全部奪われましたからね」
「にゃはははは!!」
ぴりっとした空気を破るように、笑い声が起こる。アルフレートさんは私の緊張を解そうとしてくれているのかもしれなかった。
「それに、将軍。こんな噂をご存知ですか?」
「にゃんだ?」
「『<ゼータ>のリーダーに手を出して、無事で済んだ者はいない』と」
「えっ!?」
当人の私が、一番びっくりしていた。
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