邪魔者を消す方法
広々とした平原のど真ん中に、トマスに呼び出された<オールアウト>の3人が立っている。
<EXストラテジー>の面子は、トマスとノエリア以外はその傍にはいない。それぞれ別の役割を果たしに行っている。
「な、何だい。こんなところに連れてきて」
ラックは少し不安そうに尋ねる。あの霧の魔物にまた遭遇するのではと恐怖しているのかもしれない。それともあるいは、別の心配か――
「霧の魔物の正体がわかったんだ」
「何?」
ラックたちは身構えたが、トマスの余裕ぶった態度を見て、今度は疑わしそうに眉をひそめている。トマスは構わず説明を始める。
「そもそも霧ってのは、水分をたっぷり含んだ大気が冷やされることで発生するものだ。てことは、水と氷の魔術が使えれば、人工的に霧を生み出すことができる。ノエリア」
「ええ。よくご覧なさい」
破壊力全振りの爆炎の魔法を使うイメージが強いノエリアだが、これでも基本の4属性の魔術が使える技巧派だ。
ノエリアが手をかざすと、まもなくトマスたちの周りを濃霧が取り囲んだ。
動揺しているラックたちをよそに、トマスは話を続ける。
「霧の粒は太陽の光を散乱する。その太陽が人の影なんかを照らして、霧に映し出すと――」
巨大な影が、白いスクリーンに現れる。
果たしてそれは、長い耳をつけた――ウサギの影だった。
「これは俺の仲間のぬいぐるみを映したものだけどな。人間でやれば、巨人が出現したように見えるだろうよ」
種明かしが終わると、ノエリアがぱっと自分で生み出した霧を消し去る。向こうにぬいぐるみを棒でくくって光の角度を調節していたヘルミーナの姿が、丸見えになった。
「……なるほど。君はあれが人工的なものだと主張するわけだね。しかし、誰が何のために、こんな手の込んだことを?」
「そんなもの、本人に聞けばいい」
「本人?」
ラックが難癖をつけてくることも予想済みのトマスは、後ろにいる誰かを手招きする。
小汚い男を後ろ手に縛り上げているシグルドと、へらへら笑いながら同行しているロキがやって来た。
「この男が今回の黒幕さ。彼は近くの貧しい村に住んでいて、こう見えて昔は優秀な魔術師だったんだけど、博打で失敗して莫大な借金を抱えちゃったんだって。そうだよね?」
「へぇ、そうです」
「そこでこう考えたんだ。魔族の被害に遭えば、国から補償が出るでしょ? それ目当てに魔物騒動をでっちあげて、勇者協会を関わらせたってわけ。そうだよね?」
「へぇ、そうです」
「ちなみに被害として報告された商人うんぬんは、あの巨人にびっくりして馬車から転げ落ちたってのが真相らしいよ。そうだよね?」
「へぇ、そうなんですか」
ほとんどロキが喋ってしまったが、ラックたちは疑う様子もなく事情を理解したようで――あからさまに、つまらなそうなため息をついた。
「なんともくだらない結末だね。ただの徒労に終わるとは。わざわざ来て損したよ」
そう言いつつも、ラックはどこか安堵しているようにも見えた。
「報告は、俺たちがやっておこうか」
「ああ、任せるよ。こんなもの、なんの功績にもならない。……そうそう、謝罪しろという件だが――魔物でなかった以上、あれは無効ということでいいね?」
「まあ、魔物じゃなかったなら、そうだな」
「では、我々は失礼するよ。こんなものに構っている暇はないのでね」
満足した結果が得られず機嫌を損ねたようで、嫌な顔を隠しもしなかったラックたちは、さっさと帝都に帰っていった。
入れ違いで、偵察に向かわせていたミアが戻ってきた。
「ミア、どうだった」
「あっちのほう。やっぱりミアたちんとこに近づいてるっぽい」
「そうか……」
ひと芝居終えた仲間たちが、トマスの周りに集まっている。ロキはさっきの小汚い男に小銭を握らせている。
「はい。約束のお駄賃。どうもありがとうね~」
「へぇ、お安い御用で」
「さっきも言ったけど、このことは口外しないでね。まあ、仕立屋の奥さんと双子のお子さんに美味しいものでも食べさせてあげなよ」
「へ、へぇ……」
金で雇った黒幕役の男も、やけにロキが家族について詳細に語るのを不審に思ってか、そそくさと自分の村へ戻る。
「それじゃあ、行くか。――本物の『霧の魔物』を倒しに」
◆
「奴らは殺さない。帰ってもらう」
<オールアウト>をどうするかで意見が割れたとき、トマスがそう決断すると、仲間たちは一様にいぶかしげな顔になった。
「ただで帰る連中ではありませんわよ。どうするおつもり?」
「霧の魔物の正体は、ただの目の錯覚だったってことにするんだ」
首をかしげる仲間たちに、トマスは霧に影を投影する方法を提案した。ミアはさっぱり理解できていないようだったが、ロキは興味津々で身体を乗り出していた。
「できれば魔術で霧を出してほしいんだが……」
ちらっとノエリアを一瞥すると、彼女は自信満々に目を輝かせていた。
「あら。わたくしを誰だとお思い? ついでにあの馬鹿3人を凍らせてさしあげてもよろしくてよ」
「それじゃ意味ねぇだろ。影はヘルミーナに頼んでいいか。細かい調整は俺も手伝う」
「は、はい」
「で、犯人役を誰かでっち上げなきゃいけないんだが――」
「ボクが適当に見繕ってあげるよ。弱味を握りやすそうな人にしよう。シグも手伝ってね~」
勝手に話を進めているロキに、シグルドはイラッと眉間に皺を寄せる。
「あとは……本物の動向も知っておきたい。ミア、においでわかるか?」
「うん。おぼえてるよー!」
「戦わなくていいからな。居場所がわかったら退いてこい」
それぞれの役割や目的をしっかり説明すれば、彼らは十二分に力を発揮してくれるのだ。仲間たちの頼もしい顔つきを見て、トマスも気合が入った。
「あの、それで……帰ってもらったあとは、どうするんですか……?」
ヘルミーナの心配性は、常々先のことに意識が向いているからかもしれない。
「ラックたちが俺らのこさえた作り話を報告するだろ。でも実は本物がいたんだと後で気づいたことにして、そいつを倒して報告し直す」
「訂正した報告が受理されなかったら……?」
「証拠を持っていくんだ。考えてみろ、今回の敵は十中八九、新種の魔物だぞ。協会にサンプルを持って行かなきゃならない。そうだろ?」
そこでロキが嬉しそうにニヤリと笑う。
「あんなでっかい新種の魔物なんて、目立つだろうね~。帝都の人たちもこぞって見に来るかも」
「ロキ。お前、話を広めるのも得意だったよな」
「刮目せよ、帝都の諸君! トマス皇子殿下が、今まで誰も見たことのない巨人の魔物を退治せしめたぞ! ……なんて。いいねぇ♪」
舞台役者のような台詞を披露してみせたロキは、少年のように無邪気に面白がっている。先ほど奴らを殺せと冷然と言い放ったのが嘘のようだ。
――それともあれは、俺に打開策を考えるよう仕向けるための前振りだったのか? こいつならやりかねない。
「で、でも、それは……私たちがあの魔物を倒せたら、の話ですよね……?」
「だいじょーぶ!」
不安の種が尽きないヘルミーナに、ミアが子供らしい純朴な笑顔を向けた。
「あのでっけーマモノはね、ミアがドテッパラにカザアナあけてやるからっ!!」
その笑みにふさわしくない物騒な言葉は、おそらく荒々しい武闘派の父の真似だろうな、とトマスは苦笑した。
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