賛否両論

 <オールアウト>の連中とひと悶着あったせいで、メンバーたちの機嫌はすこぶる悪かった。


 例外は普段通り黙ってすまし顔をしているシグルドと、不機嫌というよりはうんざりしたように参っているロキだった。



「あ~もう、最悪、マジで最悪!! 嫌がらせ担当あいつらかぁ~!! いっちばん効くんですけどー!!」


「うるさいぞ、ロキ」


「いやだって、君ら知らないでしょ。あの連中のこと」


「あれは会長の息子のラックだろう? 他の取り巻きは知らんが」


「だから何ですの? 霧の化物を倒して、ラックとやらの鼻を明かして土下座させてやればよろしくってよ」


 ノエリアは目をギラギラさせて息巻いているが、ロキは依然だるそうにため息をつく。


「普通に考えれば、お嬢様のおっしゃる通りなんでございますけどねー。会長ってのが、あの馬鹿息子に激アマでね。ラックの言うことは全部通ると思ったほうがいいよ」


「具体的に……あの人たちは、何をしてくるんですか……?」


 ヘルミーナが不安そうに尋ねるが、ロキはわざとなのか癖なのか、もったいぶった口ぶりで説明する。


「まずは、あのある意味可哀想な連中のことを教えてあげよう。第一に、<オールアウト>は死ぬほど弱い。そうだなぁ、ヘルミーナ1人でも全員倒せると思う」


 攻撃手段がほとんどないヘルミーナでどうやって勝つんだ? ぬいぐるみでぶん殴るのか。たとえ話なのに、トマスは真剣に考えてしまう。


「そんなに弱くて、どうやって実績を出してたんだ?」


「前までは、スレイン・リードっていう素晴らしく優秀なメンバーがいてね」


「あいつ、<オールアウト>だったのか!」


 ならば、あの真面目そうなスレインのことだ。よっぽど胃に穴が空くような目に遭っていたにちがいない。皆がその苦労をおもんぱかるような表情を浮かべる。今度会ったら労ってやろう。


「で、何を思ったかあのアホ、クソみたいな理由つけてスレインを追い出しちゃったんだよ。これで戦力99%くらい減少したよね。Aランクのクエストなんかまともにこなせるわけないじゃん。さあ、君がラックならどうする?」


 トマスはふむ、と考える。スレインに頭を下げて戻ってもらうのが手っ取り早いが、クソ虫呼ばわりされて断られるのが落ちだろう。ならば、新メンバーを補強するか。


 しかし、あの性格のねじくれ曲がってそうなラックが、そんな常識的な手段を選ぶとは思えない。もっとずる賢い方法は……。


「まさか……他人の手柄を奪う、とか?」


「ピンポーン!」


「正解しても嬉しくねーよ!! じゃあ何だ、俺たちがあの化物を倒したとしても――」


「もれなく<オールアウト>がやったことになりまーす」


「死ね!!」


 こういった言葉遣いはカタリナやオットリーノの嫌うところだが、今は気にしていられなかった。


 さっきのラックたちのわざとらしい言動が頭に過る。十中八九、クエストが被ったのは仕組まれたことだ。奴らは確実にこちらの手柄を奪ってくるだろう。


 正直、トマスは崖っぷちの立場にいる。少しでもヘマをすれば、その隙に魔族が手を打って陥れられてしまう危険がある。クエストを失敗するわけにはいかないのだ。


「どうすんだよ、無駄働きなんてしないぞ!!」


「だから言ったんだよ、敵だから殺せって」


「冗談言ってる場合じゃ――」



 トマスははっとした。いつも軽口を叩いているロキの眼が、いつになく本気だったからだ。



「ぶっちゃけそれが一番簡単だよ。シグなら気づかれないように1、2の3で奴らを全滅させられる」


 黙々と弓の手入れをしているシグルドが、恐ろしい死神に見えてくる。


「今回は正体不明の魔物が相手なんだ。どんな死に方したって、適当にごまかせるさ」


 適当、とは言っているが、ロキなら綿密な計画を立てたうえで完璧な偽装工作をするだろう。それだけの力はある。



「ミア、はんたい」


 珍しく大人しくしていたミアが、ぽつりと抗議する。


「仲間どうし、けんかしちゃダメだもん。おーじさまも、そうゆうことしたくないと思う」


 あれだけ侮辱されたにもかかわらず、冷静だ。トマスのことにまで配慮してくれている。

 確かにトマスも手荒な手段は好まないが、個人的な感情を出していい場面ではない。


「わたくしもミアに同意しますわ。あの連中、確かに下品で邪魔ですけれど、命を奪うのはやりすぎではありませんの?」


 血気盛んだったノエリアまで、良識的な判断をしている。


「私は……他に、手段がないのなら……ロキの案でいいと思います」


 ヘルミーナがそっちにつくとは意外だ。ぱっと顔を見やると、内気な彼女は恥ずかしそうに目を反らす。


「……魔物にやられたように見せかければ――ばれませんよ、意外と」


 実体験のような話しぶりだ。トマスは彼女がマリオという殺し屋みたいな奴と同じパーティにいたことを思い出す。


 反対派のミアやノエリアも、特に咎める様子はない。ヘルミーナの言う「他の手段」がすぐには思いつかないからだろう。殺さないのであれば、代替案を出さねばならない。


「シグルド、お前はどうだ」


 当然返事はなく、かといって頷きも首を振りもしない彼は、ただ真っすぐにトマスを見つめている。その意図を、ロキが補足した。


「……リーダーの判断に任せるってさ」



 これで<オールアウト>のメンバーを殺すことについて、ロキとヘルミーナが賛成、ミアとノエリアが反対、シグルドが棄権でちょうど同じ人数になった。


 リーダーであるトマスに、最終的な決断が委ねられた。



 簡単に決められることではない。クソみたいな奴らとはいえ、人の命がかかっている。ミアの言う通り、トマスも殺しは御免だ。


 しかし、放っておけばクエストの手柄が奪われ、自分たちは失敗扱いになる。そのことが敵に利用されて皇室を追われれば、魔族の侵入を招き、もっと多くの命が奪われることになるかもしれない。


 目を閉じて、思考を巡らせる。


 やがて、トマスは顔を上げた。



「決めたぞ。俺は――」

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