パーティの要

 目が覚めて、最初に見えたのはあの鈍色の眼をしたヤーラ君だった。


 私のことを見ているのかいないのかよくわからなかったけれど、もしかしたら心配してくれたのかもしれない。ゆっくり身体を起こすと恐ろしいものが目に入った。


 魔人の姿になっていたゼクさんが、リベカに馬乗りになって何度も何度もその顔を殴っていた。


 私は咄嗟に名前を呼んだ。叫んだつもりだったけど、喉が掠れてうまく声が出なかった。それでも彼は、私の声を聞いて手を止めてくれた。



 知らぬ間にここに来ていた仲間たちを見渡す。みんな、大した怪我もない。


「私たちはそれぞれ敵を倒してここに集合し、魔人リベカを追い詰めた。そんなところだ」


 スレインさんが状況を説明してくれる。勝ったんだ、よかった。



 両拳を真っ赤に染め上げたゼクさんと目が合う。

 彼は気まずそうに顔を背ける。


「わっ……悪い。頭に血が上っちまって……」


「気にしないでください。私は、気に……しちゃうけど、私が代わりに気にしておくので」


「意味わかんねぇよ、その理屈」


「私もです」


 心なしか、ゼクさんの頬がかすかに緩んだ気がした。


「いつもの姿に戻ってくださいよ。私、そっちのほうが好きです」


「……。見た目変えんの、時間かかるんだよ」



 ゼクさんが人間に戻る間、マリオさんが淡々とリベカをギチギチに縛り上げ、目も当てられないその顔にポーションか何かをかけていた。意識が戻ったのか、リベカは咳き込んでいる。


「今度はちゃんと答えてもらうぞ。マリオ、ロゼール、しっかり見ておけ」


「そろそろ外の空気が吸いたいわぁ」


 スレインさんが厳しい声色で言っても、ロゼールさんは相変わらずのんびりしていた。


 私もふらつく足でみんなの元へ向かう。後ろで魔物の死骸がホムンクルスに食べられる音が嫌でも聞こえてくるけれど、今は放っておくしかない。


「宮廷に魔物を入れるという件、お前たちの狙いは――」


 スレインさんが切り出した直後、リベカの寄り掛かっている壁に縦長の楕円形の穴が空いた。


 禍々しい色が渦巻いたその穴から――1人の女の魔人が顔を覗かせた。



「――サラ!!」



 ゼクさんが叫んだその名は、今回の黒幕。眼鏡をかけたストレートの長髪が品の良さを感じさせるが、その眼は宵闇のように暗かった。


 サラはその穴――ゲートから半身を出して、リベカの身体を抱える。


「あ……姐御……」


「ひどいことするわ。野蛮な男は仲間まで野蛮なのかしら」


 その挑発を聞いてか聞かずか、ゼクさんはサラに飛び掛かろうとする。

 ――が、マリオさんがすかさず手で制止する。


「彼女はぼくたちをゲートに巻き込むつもりだよ。向こうには大勢の敵が控えている。違う?」


「少しは脳味噌の入ってる人間がいたのね。褒めてあげてもいいわよ」


「ありがとう。ぼくと友達になろう」


 サラはマリオさんの常套句を聞き流し、ゲートの中に引っ込んでいく。


「<ゼータ>――楽しみね。あなたたちをいたぶって殺すのが。アモス兄様もきっと喜ぶわ……」


 2人の魔人が消えていくと同時に、穴だった場所が元の岩壁に戻った。


「逃げやがって、あのクソアマ……!!」


「ロゼールと同じくらい性格が悪そうだ」


「エステルちゃん、スレインがいじめるの」


 口ではそう言ってるけど、なんとなく2人は前より仲良くなってる気がする。



「それより、ヤーラ君はどうするの?」


 マリオさんが真っ当な指摘をする。なぜかロゼールさんは彼への当たりが強くなっているようで、キッと睨んでいる。


 ヤーラ君は心ここにあらずといった様子で、ホムンクルスを眺めている。前まではレオニードさんがなんとかしてくれたけど……。


「私、話してみます」



 魔物たちの残骸は、それが何だったかわからないほど骨や肉がグチャグチャに入り混じっていて、ひどい臭いがたちこめていた。


「ヤーラ君?」


「だめだ……だめだ、足りない……まだ……。このままじゃ、アーリクが……」


「もう……いいんだよ。もう、大丈夫だから。君の弟は――」


 光のない眼がこちらを向く。

 今度は確かに、私のことを見ているのがわかった。


「――……本当は、僕が死ぬべきだったんです」


 そうでしょう、と同意を迫るようなその眼差しは、あまりにも悲しげで、私は胸を締め付けられる思いがした。


 だからか――無意識に、私はその華奢な身体をぎゅっと抱きしめていた。


「私は……ヤーラ君がいてくれて、よかったと思ってるよ」


「…………エステルさん」


 ぽつりと呟いただけの声で、ヤーラ君が正気に戻ってくれたことを察した。

 が、私が安堵したのも束の間――


「……ッ!!」


 どっ、と突き飛ばすように離れた彼は真っ青な顔で、ガクッと跪いて、ひどい勢いで嘔吐した。


「ヤーラ君!?」


 慌ててその小さな背をさすっても、気休めにもならなかった。溢れてくる吐瀉物はほとんど胃液だけだったけど、それでも止まらずに吐き続けていた。



 ようやくおさまった頃には、ヤーラ君は息も絶え絶えで立っていることすらできなくなっていたので、私が背中を支えながら座らせて休ませてあげた。


「はぁ……はぁ……す、すいま、せん……」


「いいよ。ゆっくり休んで」


「ああ、僕はまた……。あの、マリオさんは……?」


 名前を呼ばれたマリオさんは、笑顔で手を振って歩いてきた。


「元気みたいだよ」


「よ、よかった……。僕、何か……ご迷惑、おかけしましたか」


「別に? そもそも君をああしたのはぼくだし、ロゼールにも怒られたから、ぼくが悪いんだよ。ごめんねー」


「……え」


 ヤーラ君は目を見開いている。私も耳を疑った。マリオさんは、わざと……?


 ……いや、事情の知らない私がどうこう言うべきじゃない。死ぬかもしれないと言っていたほど逼迫した状況だったんだ。何かわけがあったんだろう。


 でも――それを聞いたヤーラ君はどう思うだろう。考え込むようにうつむいて、黙ってしまった。



 いつの間に仲間たちが集まってきていて、ゼクさんがヤーラ君を子犬のようにひょいっと持ち上げた。


「もう用は済んだんだ。帰るぞ」


「私、お風呂入りたいわ。きったない盗賊の臭いを早く落としたいもの」


 そうぼやいたロゼールさんに、マリオさんが鼻を近づける。


「……別に、臭くないよ」


「嗅がないでよ、変態」


「あ~、ケッタクソの悪ィ1日だったぜ。敵は何人かぶっ殺せても、サラとリベカは逃げちまったしなぁ」


「そうでもないぞ。収穫はあった」


 うんざりしたようなゼクさんに、スレインさんが意味ありげな笑みを見せる。



「課題の『チームワーク』だが――エステルのためとあらば、我々はそれを十二分に発揮できるらしい」



 え、とみんなの顔を見回してみると、きょとんとはしているが思い当たる節があるふうだった。記憶をなくしているヤーラ君も、それとなく。


「やはり君がこのパーティの要だな」


「い、いや、そんな。……私も、少しは何かの役に立てたほうが――」


「その必要はないわ」


 ぐい、と私の肩がロゼールさんに引き寄せられる。


「あなたは戦えないから、守ってあげたくなっちゃうの。ねぇ?」


 いたずらっぽい視線を向けられたゼクさんは、目を反らして舌打ちをしている。照れてる……のかな?



 でも、私のために頑張ってくれるのなら、それはみんなのお陰だと思う。

 特に、私に親身になって気を遣ってくれるようになった、ゼクさんの――

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