戦えない勇者

 ゼクさんに睨まれたままのその魔人の女――リベカはドラゴンの死骸にどかっと腰掛ける。田舎出身の私が見ても、行儀のよくない座り方で。


「サラの姐御が言ってたぜ、ゼカリヤってのは不良のクソだってな。そっちのザコそうなのがリーダーだろ? なんでそんな軟弱そうな女なんだよ。ツラもオツムも微妙じゃねぇか? なあ」


 ゼクさんの眉がピクピク動く。私も自分がどう言われようが構わないけれど、仲間を侮辱されるのはむかっと来る。


「……仲間が2人行方不明なんだがよ。テメェの知り合いだろ? テメェの顔面変形するまでぶん殴りゃ、居場所くれぇ教えてくれるよな」


「ああ、悪いな。あいつの術はあたしじゃどうにもなんねー。中から出るしかねぇんだよ。あいつ性格クソ悪いからなぁ、かかったネズミちゃんたちは二度と戻って来ねーと思うけど」


 嘘をついている様子はない。マリオさんとヤーラ君を信じるしかなくなった。


「そうそう、サラの姐御が言ってたんだけどよ」


 リベカは私に視線を向ける。嗜虐的な、品のない笑顔で。



「ザコのリーダーは八つ裂きにして構わねぇんだと」



 カッ、と彼の目に力が入る。


「てんめえええええっ!!!」


 怒りの雄叫びとともにリベカに突進していったその前に、黒い影がさっと集まった。

 それは、3体のケルベロス。やはり、こんな洞窟にいるはずのない魔物。


「どけ、犬ッコロが!!」


 ゼクさんは向かってくる1体の頭を鷲掴みにして、その身体を持ち上げてもう1体に投げつける。なんて豪快な。

 岩の壁に打ち付けられた2体のケルベロスは、ぐったりと倒れ込んだ。


 彼は残る1体に顔を向けるが、それはすぐ脇を通り過ぎて行った。

 逃げたわけではない。


 ――私を狙ってる……?


「なっ……!? ざけんなテメェ!!!」


 ケルベロスが大口を開けて私に飛び掛かってくるその合間を、必死の形相のゼクさんが割って入る。

 私の目の前にある大きな身体の肩の辺りを、鋭い牙が抉る。


「ゼクさん!!」


「いってぇな、クソが!!」


 出血してもほとんど怯まない屈強な彼は、噛みついたケルベロスの頭に肘を叩きこむ。

 頭蓋に凄まじい衝撃を受けたその獣は、顎の力を失って一歩下がって牽制する。


「ヒューッ。強いじゃん、兄ちゃん。だが、こんなんは序の口だぜ。あたしの可愛い魔物ちゃんどもはまだまだ大勢いるし――さらにさらに、あたしは魔物ちゃんを強化して操る術が使えるんだけどよ。全員、そのへなっちょろいリーダーを狙うよう命令してやったんだわ」


「なんだと……!?」


「へへへっ。お嬢ちゃんを守りながらどこまで戦えるかな~? せいぜい頑張ってな、ゼカリヤの兄ちゃん」


 楽しそうにニヤけていたリベカは暗がりに姿を消し、代わりに強化されたというケルベロスが――先ほど投げられて倒れていた奴らも立ち上がり――その赤い眼差しを私に向けていた。


「わっ……私のことは気にしないで、ゼクさんだけでも――」


「うるせぇ、馬鹿野郎!!」


 肩を負傷しているにもかかわらず、彼は再び私を担ぎ上げ、魔物の待ち構える方向とは逆のほうに走り出した。


 怪我のせいかそれとも疲れか、さっきよりもスピードが落ちている。


 そんなこととは無関係に、ケルベロスたちは追ってくる。途中、ゴブリン、リザード、コカトリスなど、多種多様な魔物が合流して敵の追撃隊が膨らんでいく。狙いは全部、私だ。


 ゼクさんの傷から滲み出る生暖かい血が、私の服にも染みていく。



 やがて私たちは追い詰められた。

 奥にある大きく開けた場所は、他に道のない行き止まり。私たちは袋小路に陥った。


「チッ……。隠れてろ!」


 下ろされた私は、岩陰に身を隠す。


 大勢の魔物たちが、わらわらと私たちを取り囲む。一様に眼をギラつかせ、戦意と殺意に満ちている。

 対峙するのは、たった1人の戦士。


「……クソどもが」


 あの大きな剣が、刀身を露わにする。


 一振りで何体もの魔物の身体がぱっくり開き、血しぶきを飛び散らせる。強化されている、というのが嘘のよう。


 その剣が大暴れしても差し支えない広い場所に来れたのが幸いだった。狙いは私なので、魔物たちは密集するしかなく、その塊を易々切り裂くことができる。



 私にできることはといえば、応援を呼ぶことだけだ。<伝水晶>で仲間たちの位置を確認しようとして――白い点が、2つ増えていることに気づいた。


 マリオさんとヤーラ君だ!! 無事だったんだ! しかもこっちに向かってくれてる!


「ゼクさん!! マリオさんとヤーラ君が――」


「顔出すな!!」


 はっと気づいたときにはもう遅かった。私の声に反応したらしい魔物たちが、一斉にこちらを見ていた。

 その多くはゼクさんに食い止められていたけれど、翼を持っているコウモリのような魔物の群れが、こちらに飛来してくる。


「畜生!!」


 自分を取り囲んでいる魔物を放り出してこちらに駆けつけてくれたゼクさんは、剣でコウモリたちを振り払った。


「奥だ!! もっと奥に逃げろ!! そこの穴!!」


 指差された先にある、人1人やっと入れそうな小さな穴に、私は急いで向かった。


「あのっ! すぐに応援を……あっ」


 慌てていたせいで、<伝水晶>を落としてしまった。拾っている暇はない。何やってるの、私!


「助けなんざ必要ねぇ!!」


 傷を受けてかなり疲労しているはずなのに、その声は何ものをも寄せ付けない、強い意志に満ちていた。頼もしいような、どこか寂しいような――


「こいつらは全部俺が殺す!! リベカとかいう魔人も殺す!!」



 這いずりながらやっと入れた暗くて狭い穴の中で、肉が裂ける音、骨が砕ける音、血が飛び散る音をただただ聞いていた。

 ゼクさんの唸り声も合間合間に挟まって、彼が鬼神のような戦いぶりを続けていることは想像できた。


 私はどうして、何もできないんだろう。


 戦えなくてもパーティの支えになればいい、とスレインさんは言ってくれていた。

 それでも、少しでも戦力になったほうがいいに決まっている。今の私じゃ、足手まといになって迷惑をかけるだけだ……。


 お兄ちゃんだったら、ものすごく強いし、優しいからみんなの支えにもなれるし、私なんかより、よっぽど……。


 助けなんかいらないって言ってたゼクさんも、お兄ちゃんとなら戦ってくれるのかな……。



 やがて、音が止んだ。


 弾むような荒い息だけがかすかに聞こえる。瓶が割れる音がしたから、ポーションで回復しているのだろう。ともかく、危機は去ったらしい。


「魔人のクソアマァ!! どこにいやがる、隠れてんじゃねぇッ!!!」


 宣言通り、リベカのほうも自分で倒すつもりなのだろう。ゼクさんは大声を響かせている。



 ふと、腕にぬるりとした感触があった。


 小さな穴の中の、人差し指程度のこれまた小さな穴から、それは流れ出ているようだった。


 初めは地下水が染み出していると思ったのだけど、それにしてはやけに粘りついている。しかも、その粘液は徐々に私に絡みついていくような感じがした。


 ――そこで私は、当初のクエストの標的を思い出した。


「ゼクさんっ!!」


「どうした!?」


「――ッ!!」


 助けを求めたときにはもう手遅れで、私の身体は完全に巨大なスライムに飲まれてしまっていた。

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