面倒な女

 サラは兄弟たちの中で一番性格が悪いクソ女だと、ゼクは思っている。


 外面だけ良くて真面目そうな印象を与えるが、その腹は夜の闇より真っ黒だ。他の兄弟たちの中で、サラは真正面からかかってこないのでシンプルに面倒くさい。


 ――ロゼールと性悪女選手権をやったらいい勝負だな。


 そんなくだらない考えが浮かんだのも、当の優勝候補がエステルと<伝水晶>で話している最中だったからだ。


「とりあえず、そちらは大丈夫そうなんですね?」


『うふふ。そうねぇ、エステルちゃんの声も聞けたし。そっちはどう? そこの暴力馬鹿が変なことしてないでしょうね? ダメよ。2人きりだからってセクハラとかしちゃ』


「しっ……しねぇよ、殺すぞ!!」


 とは言いつつも、ゼクの脳裏に先ほど不可抗力で目に入ってしまった光景がちらつく。


『……。ほどほどにしなさいよ』


「なんもしねぇっつってんだろ!! おい、スレイン。そこのクソアマのツラ引っぱたけ!」


『すまないが、今は私が痛めつけられる側なんだ』


「は?」


 よくわからない言葉を残して、盗賊で遊んでいるらしい2人は通話を切った。



「あとは、マリオさんとヤーラ君なんですよね……あれから連絡もないし」


「逆に何が心配なんだ? 敵が出てもマリオは普通にぶっ殺すし、怪我人が出てもヤーラは普通に治すだろうよ」


「……もし、ヤーラ君が正気じゃなくなったら――」


「ありゃ動きは鈍いからな。あの殺し屋なら逃げ切れるぜ。足が切り落とされでもしねぇ限りな」


「そう……ですよね」


 口ではそう言っているが、エステルの顔から不安の色は消えていないようだった。



 ドシン、と地鳴りがしたのはそのときだ。

 岩で囲まれた空間にその音が何度も響き、細かい石や砂がパラパラと落ちる。


「な、何でしょう? 地震?」


「いや……――足音だ!」


 そこにいたのは、スライムの洞窟になど絶対にいるはずのない魔物だった。


「――ドラゴン!?」


 狭い洞窟に大きな身を縮め込んで、その鼻先をこちらに向けている。

 2人のことを認識したか、大きな口を開けて、息を吸い込んでいる。


 ブレスを溜めているのだ。


「ッ……くそったれ!!」


「きゃっ!!」


 ゼクは咄嗟にエステルの華奢な身体を担ぎ上げ、ドラゴンとは反対の方向に突っ走った。


 狭い一本道の洞穴で、台風のようなブレスは恐ろしい速度で2人を追撃する。普通のドラゴンのブレスじゃない、とゼクは直感した。


 幸い横穴があるのを見つけて、そこに飛び込んで事なきを得た。


「ぜぇ、ぜぇ……。ど、どうなってやがる……」


「す、すいません。ありがとうございます……」


 こんなところにドラゴンが自然発生するはずはなく、どう考えても敵の仕業だ。

 サラが使える術はよく知らないが、魔物を操るものではなかったとゼクは記憶している。奴の部下にちがいない。


 しかし、今はドラゴンのほうをどうにかしなければならない。

 ブラックドラゴンを一方的に虐殺したゼクならば、あんなものは敵ではない――のだが。


「な、なあ……」


「はひ?」


 一歩も走っていないのに、エステルは恐怖や驚きからか疲れたように肩で息をしている。


「……あれ殺すのも、嫌なのか」


 彼女はきょとんと目を丸めている。


「わ、私今度はドラゴンと戦うんですか!? 秒で死にますよ!!」


「ちっげぇ――よ!! 俺がやるに決まってんだろ!!」


「あ、なんだ……。……なんで今更、そんなこと聞くんですか?」


 ゼクはよく覚えている。最初のクエストでブラックドラゴンを滅多刺しにしたとき、エステルがひどく怯えていたことを。

 それだけではない。ホブゴブリンやオーク、レケルという魔人を殺したときも、本当に嫌そうな、苦しそうな顔をしていた。


 あのときは何とも思っていなかったが、今になって悪いことをしてしまったような気になっていた。


「そ、そりゃあ……お前がスライムすら殺せないヘタレだからだ」


 本音より先に悪口が出てしまうゼクだが、それでもエステルはくすっと笑った。


「……こういうのは仕方ないですから。私が嫌なのは、弱い者いじめとか、何の罪もないのに殺しちゃったりとか、あとは――必要以上に痛めつけたりとか、なので」


 そうか、やりすぎねぇで一撃で仕留めりゃいいんだな、とゼクは了解した。



 先の大声を聞きつけてか、ドラゴンが2人のいる横穴を覗き込む。


 エステルは息を呑んでいたが、ゼクは獲物が向こうからやって来てくれたことを、素直に歓迎する。

 この狭い洞窟では大きな剣はぶん回せないが、突き刺すのには問題ない。


「おらぁ!!」


 ドラゴンが口を開けるより先に、その眉間にドスッと巨大な刃を沈める。


「ギャオォッ!!」


 脳天を割られたドラゴンは、絶命してその巨大な身体を横たえる。


 それが出口を塞いで邪魔なので、ゼクはぐっと両手で死体を押し、ずりずりとどかしていく。


「こんなもんでどうだ」


 これならエステルも満足してくれるだろうとゼクは得意げに振り返るが、当の彼女は血の気の引いた顔で震えている。


「なっ……なんだよ。何かマズったか?」


「あ、あの……今、マリオさんから連絡があったんです」


 よく見ると、震える手には<伝水晶>が握られている。ドラゴンの件ではなかったことで安堵している暇はなかった。


「マリオさんが、『死ぬかもしれない』って……」


 ゼクが目を見開く。


「……何やってんだよ、クソッ!! あいつら、どこにいんだよ!!」


「わからないんです、まだ……」


 <伝水晶>の居場所を探知する機能にも2人は表示されない。異空間に飛ばされてしまったのだとしたら、それは魔人の仕業にちがいない。つまり、敵の魔人は少なくとも2人いる。


「――ドラゴン寄越したクソ魔人とっ捕まえて、吐かせるしかねぇ」


「……」


 案の定、エステルは暗い顔になっている。あの2人を助ける方法を聞き出すためには、ゼクはどんな暴力も厭わないが、彼女はそうではない。


「……仕方ない、です。仲間が死ぬよりは――」


 それは、自分を納得させている言葉に聞こえた。



 ゼクはだんだん頭にくる。面倒なことをしないで、直接かかってくればいい。

 そうすりゃ、エステルもこんなことで悩まなくて済む――


「この……クソ魔人がぁぁっ!! 隠れてねぇで、出てこいやあああっ!!!」


 その怒声は洞窟内にびりびりと反響し、エステルは耳を塞いだ。

 ただ鬱憤を晴らすための叫びだったが、意に反して――それは、当の相手に届いたらしかった。



「……なんつーバカでっけぇ声だよ」



 女にしては少し低めで荒っぽい声だ。見た目ですぐに魔人だとわかる風貌のそいつは、奥の暗闇からすっと出てきた。


「リベカってのはテメェか」


「おっ……? あたしも有名人だねぇ。ずいぶん気合の入った兄ちゃんじゃねぇか。嫌いじゃあねぇけどな、そういうの」


「俺はテメェみてーなコスい野郎は大ッ嫌ぇだ」


「へへっ、そうかい。いやね、<EXストラテジー>ってのは育ちのいい坊ちゃん嬢ちゃんばっかりだって聞いてたからさ」


「はっ。俺たちはクソ皇子のパーティじゃねぇぜ」


「え……マジ?」


 自分たちが出し抜かれたことを悟ったであろうリベカは、わずかに目を丸めたが――すぐにニタリと口元を歪めた。



「――お前か、ゼカリヤって」

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