情報交換
「ん~……」
ロゼールさんは悩ましそうな顔で首を傾げて、頬杖をついている。
パレードのあった夜は、どこも興奮冷めやらぬ人々の熱気が立ち込めていて、それは私たちが集まっている酒場も例外ではなかった。
じきにロキさんが私たちと交換する予定のクエストを持ってくる手筈になっていて、それまでは仲間のみんなとここで待ちつつ、偶然宮殿に招かれたロゼールさんの見解を聞こうと思っていたんだけど――
「……うん。とりあえず、エビのアヒージョを頂こうかしら」
「注文は後にしてくださいっ!!」
ヤーラ君が私たち5人を代弁するかのように叫ぶ。
この気まぐれさは今に始まったことじゃないけど、皇女様が敵か味方かという重要な話を後回しにされるのは、さすがにじれったく感じてしまう。
私たちにこぞって注目されているロゼールさんは、また人差し指を顎に当てて唸り、困ったように笑って言った。
「わかんない」
沈黙の間が、ひと呼吸。
「へぇー、ロゼールさんでもわからないことがあるんですね!!」
「なに感心してんだ馬鹿女!!」
「ああ、でも見た目はすっごく綺麗だったわねぇ。くりくりした瞳に、光みたいな金色の巻き髪で。あのキューティクル、羨ましいわぁ」
「ツラなんざどうでもいいんだよ、ボケ!!」
ゼクさんの怒鳴り声のお陰かはわからないけど、ロゼールさんは話を本題に戻してくれた。
「実際、よくわからないのよ。そうねぇ、白か黒かで言うと――」
ロゼールさんはお店のテーブルに紙を広げ、ペンで図を描く。
大きな丸のど真ん中に縦線を入れて二等分し、片側を塗りつぶす。
「こんな感じかしら」
「善悪は半々ということか。灰色、というわけじゃないんだな?」
スレインさんの疑問に、ロゼールさんは小さく頷く。
「そうね、この白と黒は絶対に混ざらないの。なんて言うか……オセロみたいに白と黒がくるくる変わるのよ」
「さっぱりわからねぇや。結局俺たちゃどうすりゃいいんだよ」
ゼクさんは面倒くさそうにがーっとジョッキをあおる。こんなところで酔い潰れないでくださいね……。
「カタリナちゃんが善であれ悪であれ――その周りにいる敵を排除すればいいんじゃないかな」
マリオさんは気軽に言ってるけれど、その気になれば本当に何人か手にかけてしまうかもしれない。
「簡単に言ってくれるけどねぇ、あの皇子、予想通りというか……敵だらけよ。消していったら国がなくなっちゃうんじゃないかしら」
「そ、そんなにですか!?」
私は思わず大声を出してしまった。
「そうね。とりあえず、皇子様とお父様は死んだら喜ぶ人のほうが多いと思うわ」
「お父様……って、皇帝陛下まで!?」
「つまんなそうな男だったわよ。偉そうにふんぞり返っちゃって、そのくせ小心者なの。息子は脅威になるかもしれないから潰したい、って感じだったわね」
皇帝陛下に失礼なことを言ったロゼールさんは、興味なさそうに紅茶を飲む。
「なるほどねー。皇帝さんとトマス君が死んで、操りやすくて人気も高いカタリナちゃんを跡継ぎにして取り入ろうっていう人が多いんだねー」
マリオさんがのん気ながら恐ろしいことを口にする。
私はなんだか嫌な気分になる。そんなことで、人の死を望むなんて……。
「いやよね、汚らしい権力闘争なんて」
「……ロキさんもそんなこと言ってましたよ。そういう人たちの周りは――」
「汚い思惑が渦巻くイヤ~な世界なんだよ」
「そうそう……って、え?」
いつの間に、私たちのテーブルにもう1人増えている。
「いっ……いつからいたんですか!? ロキさん!」
「さっきからいたよ?」
マリオさんは当然のように気づいていたようだ。
「ロゼール、君の意見はすごく参考になったよ。それで――そう。カタリナはまだ幼い。周りにいる怪しい奴らを抑えてしまえば、向こうの陣営は動けなくなる」
「ロキ。君のことだ、その『怪しい奴ら』の見当はついているんだろう?」
スレインさんの質問に、彼は嬉しそうに笑った。
「ご明察」
それから空いている席に遠慮もなく座って、ロゼールさんが用意したペンをなんの断りもなく手に取り、さっきの図の脇にいろいろ書き始める。
「まず一番の要注意人物が、カタリナの付き人ガストーネ。トマスにはオットリーノっていうのほほんとしたお爺ちゃんがついてるけど、こっちは真逆でバリバリ仕事するいかつい爺さん。元勇者協会の賢者で、いろいろ顔が利くんだよね。個人的には超嫌い」
私たちはロキさんの書く文字を目で追いながら聞いていた。
「それからヴコール将軍。ミアの父でもあるグラント将軍とライバル関係で、盗賊団を囲ってるっていう黒い噂もある人。あとは、疑わしいかなって程度の人たちが何人かいて――」
彼は次々に帝国要人の名前を挙げながら、紙にびっしり書き足していく。
「――で、そうそう。近衛騎士団にもいるみたいだよ。隠れてこそこそあっちの味方をしてる人」
スレインさんの眉がピクリと動く。
「……兄上にお伺いしておこう」
「ラルカン・リードはすでに手を打ってるかもしれないね。あと、敵の魔人だけど――ボクが見たのはリベカっていう女で、宮殿に魔物を入れるって話をカタリナとしてた。奴が『サラ』って名前を出してたんだ。リベカはその部下っぽい。知ってるかい?」
やっぱりロキさんも薄々勘づいているのか、ゼクさんのほうを見ている。
「知らねぇな」
「そう。まあ、サラの部下は他にもいるみたいだから、気をつけて。それじゃ、人物紹介のコーナー終わりっ」
「この紙は人に見られる前に処分したほうがいいわね」
そう言ってロゼールさんはその紙を手に取るや否や、炎の魔法ですぐに灰にしてしまった。
「続きまして、クエスト紹介のコーナーです」
数枚の紙がテーブルに置かれる。
「これが上から来たやつ。どれも一見するとフツーのクエストだよ。たぶん全部罠だけど」
「どういう基準で選びます? 安全度ですか?」
ヤーラ君が質問すると、スレインさんとマリオさんがクエストの紙をざっと見渡した。
「そうだねぇ、これなんかどうかなぁ」
「……確かに。内容はかなり怪しいが――妨害のリスクは低そうだ」
「OK、トマスに申請してもらっとく。そっちのは?」
「あ、えーと……これです」
私は慌てて<ゼータ>名義で申請する予定のクエストを見せた。
「ふーん……うわー、超つまんなそう。シグに全部ぶん投げよ」
「もう、そういうこと言うから『うざい』とか言われるんですよ」
「……え? 誰に?」
「あっ。……い、いえ、なんでもないです」
ロキさんは若干いぶかしんでいるけれど、幸い深く追及する気はないみたいだった。
「ところでさぁ、君たちが<EXストラテジー>のフリをするわけじゃん。誰が皇子の役をやるの?」
すぐさま、私たち<ゼータ>の中で最も「皇子様」にふさわしい人に注目が集まった。
「……なぜみんな、私のほうを見ているんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます