リアリスト

 困った。


 宮殿の前で、私は立ち往生していた。場所取りを頼んだものの、そこに行くまでの道が群集で埋まってしまっている。

 人込みをかき分けて行こうにも、この密集具合では私は圧死するかもしれない。冗談抜きで。


「すみません、通して――」


「おい、陛下はまだかよ!!」「早く皇女様見てぇー!!」


 ダメだ、私の声は騒々しさにかき消されてしまう。



 と、後ろから肩を叩かれた。


 兜を被った人――ああ、スレインさんだ。何か言ってるみたいだけど、聞き取れない。

 向こうもそれを察したのか、私の手を取って群集の何人かに何かを呼び掛けている。


「うわ、近衛騎士様だ!!」


「失礼しました!!」


 だんだんと人だかりがよけていく。なるほど、スレインさんの兜はお兄さんと同じものだから、それを利用したんだ。


 その間を堂々と通って、私たちは宮殿の前にいる仲間の元へ辿り着いた。


「エステル。遅かった……な……!?」


 と、待っていたスレインさんに――え!?


 私は咄嗟に自分の手を引いていた兜の人の顔を見る。



「あ、兄上!?」



 その人が兜を脱ぐと、スレインさんとそっくりの顔が出てきた。


「あまり騒ぐなスレイン。僕がサボってるのがバレるだろう? まあ、皆宮殿のほうに釘付けで、こちらには目もくれないだろうが」


 私たちが唖然としている中、以前会ったときよりも堅苦しさが大分抜け落ちたラルカンさんは、私の仲間たちの顔を見回す。


「スレインの仲間たちだな。もう1人いなかったか? 髪の長い女性で、エルフの……」


「え!? ロゼールさん、いないんですか?」


「『人込みが嫌だから』とふらっとどこかに行ってから2時間と37分15秒経っています。たぶんもう帰ってきません」


 ヤーラ君が呆れ顔で説明すると、スレインさんはバツが悪そうにため息をつく。

 そんなぁ、ロゼールさんに皇女様を見てほしかったのに。もう、ロキさんにはそのまま説明するしかないかぁ……。



「で? 近衛騎士サマがこんなとこにいていいのかよ。お偉方があんだけ集まってんのによ」


 ゼクさんがぶっきらぼうに聞くと、ラルカンさんは余裕たっぷりの笑みを見せる。


「この大観衆の中で殺されたら、悲劇のヒーローになるだろうな。……敵がトマス皇子を消すタイミングはここじゃない。もっと旨味が乗ってからだ」


 要するに、こんな人気を集めているトマスさんをここで殺してしまったら、かえって彼の評判が上がることになるという意味だろう。



「スレイン。お前はこの催事をどう考える」


 ラルカンさんは自分なりの答えが出ていながら、あえて聞いているように見える。


「これは、トマス殿下を陥れるための前座です」


「え?」


 私は思わずスレインさんの顔を見上げた。


「大げさとも言っていいほどの大々的なパフォーマンス――民衆のトマス殿下への期待を上げるだけ上げておいて、殿下につまらぬ失敗をさせ、失望させる狙いかと」


「そうだ。上げて落とす、というやつだな。発案者はおそらく、カタリナ皇女側の誰かだろう」


 彼はさわやかな笑顔のまま、妹の回答に満足しているようだった。


「スレイン、と……仲間の諸君。話は聞いている。君たちはトマス殿下の側についているようだが――勝算はあるのかい?」


 笑顔のままではあるが、ともすれば私たちを見定めようとしているかのようだった。


「あります」


 スレインさんが力強く答える。


「根拠は」


「皇女殿下側はやり方が強引すぎる。それに――噂にすぎませんが、彼女の裏には魔族がいると」


 それを聞いたラルカンさんは、途端に嬉しそうな顔をした。


「なるほど、なるほど。わかりやすくていい。素直にやっていれば、『正義は我に』――というわけだ。魔族の話が本当なら、あの強引さはカタリナもろとも潰す気なのだろうな」


「噂が嘘だったらどうするの?」


 ロキさんの裏付けがあるにもかかわらず、マリオさんがあえて質問する。


「『そういう噂がある』という事実だけで十分トマス皇子には有利だ。向こうの刺客や罠を処理するのは君たちらしいが……いけるか?」


「心配ねぇ、全員ぶち殺す!!」


 ゼクさんが血走った目で宣言する。


「……大言壮語、というわけではなさそうだな。スレイン、わかっているな? 戦争は――」


「勝った者が正義、です」


「その通り。では、僕は失礼するよ。そろそろ騎士団の連中に抜け出したことがバレそうだ」


「兄上。皇族方を見ていかれないのですか?」


「毎日飽きるほど拝見してるからな。僕が一番見たかったのは、愛する妹の顔さ」


 ラルカンさんは、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような――実際スレインさんがちょっと照れているような言葉を残して、颯爽と雑踏の中に消えていった。



「彼ほど敵に回したくない人はいないね」


「ははは、想像したくもないな」


 スレインさんは冗談だと受け取って笑っているけど、マリオさんは本気で警戒しているような気がする。


 恐ろしいほど現実的で、勝つために手段を選ばず、ともすればどんな犠牲すら厭わないような冷たさ。しかし――いや、だからというべきか、身内には信頼と愛情を向ける温かさ。


 あれがきっと、戦いの中に身を置く者として、彼らを統べる人間として、完成された姿なのかもしれない。


 初めて会ったときにラルカンさんに感じた違和感。あれはきっと、彼が私たちをまだ信用していないからなんだろう。妹であるスレインさんの仲間として認めてくれてはいないのだ、きっと。



 ワッと大きな歓声が湧く。


 鼓膜がビリビリするようなその声を起こしたのは――もちろん、宮殿のバルコニーにお姿を現した皇族の方々だった。


 それは、トマスさんたちを乗せた馬車が、宮殿へ近づいてきていることを示していた。


「皇帝陛下万歳!! 帝国万歳!!」「我が国に栄光あれ!!」


「トマス皇子殿下、魔王を倒せーっ!!」「頑張れ殿下ーッ!!」


「見ろ、カタリナ皇女殿下だ!!」「なんとお美しい……!!」



 頑張ってバルコニーに並ぶ人々を視界にとらえようとすると、件のカタリナ皇女様らしき姿が見える。


 私の素人目では――思ったよりも小柄で、思った通り綺麗な容貌で、温和で穏やかそうな女の子、といった印象だった。

 その容姿もあってか観衆の人気はすさまじく、特に男性の野太い声援が辺りに大反響している。


「へぇ、なんか弱っちそうじゃねぇか」


「どうかな。人望はありそうだよ」


 ゼクさんは相変わらず口が悪いし、マリオさんは相変わらず冷静だ。


「人がすごくて、僕は全然見えませんよ」


 そうぼやいた私よりも背の低いヤーラ君を、ゼクさんがおもむろに引っ張り上げた。


「うわっ!」


「よーしドチビ、これならどうだ?」


 普通は肩車とかしてあげる場面なんだけど、ゼクさんの場合は首根っこを引っ掴んで持ち上げているので、ヤーラ君はびっくりしている。


 だけど、さすがに大人びているヤーラ君はすぐに宮殿のほうに目を向け、錬金術師らしくじっくり観察し始めた。


「――あれ?」


「どうかしたの?」


「いや……あの、窓のところ……」


 ヤーラ君が指さしたほうを、全員で注目する。



「あそこにいるの、ロゼールさんじゃないですか?」

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