#11 白と黒

パレード

 お兄ちゃんが魔界に旅立つ日を思い出す。

 あのときも今みたいに、帝都の大通りを大勢の人々が埋め尽くしていた。


 勇者というのは同じだけど、今日の主役は<EXストラテジー>――もちろん目玉はトマスさんだ。


「おお、トマス皇子殿下だ!!」「すごい、本物の皇子様よ!!」


 大きな馬車の中央で、トマスさんは集まっている民衆に凛々しい笑顔で手を振っている。こうして見ると、ちゃんと皇族なんだなぁって実感する。

 その前後を近衛騎士団が騎馬の列をなして守っている。


「見ろ、モフェット将軍の娘だ!」「ちっちゃくて可愛いー!!」


「ティヘリナ卿のお嬢様だぞ!!」「うおお、美少女じゃねーか!!」


「あのぬいぐるみ抱いてる可愛い子、誰だ?」「もっと顔見せてくれーっ!!」


「キャーッ!! 超イケメンのエルフよ!!」「こっち向いてーっ!!」


 <EXストラテジー>のメンバーにハイスペックな人々が多いせいか、観衆は大いに盛り上がっている。

 ちなみに、ロキさんは欠席らしい。目立つことはしたくないタイプなのだろう。



「……随分大げさだな。パーティ結成、初クエスト達成というだけで」


 ドナート課長は興味なさげに書類に判を押している。


 協会は本日休業なのだけど、私は課長に用があって特別に開けてもらっている。閑散とした事務室に2人きり。私は窓から双眼鏡で大通りのほうを眺めていた。


「トマスさんは皇子様なんですから、無理もないですよ」


「皇族に『さん』付けとは、もうそんなに仲良くなったのか?」


「あ、いや……尊敬してないわけじゃなくて……なんかこう、親しみやすいというか」


「……まあ、それはいい」


 ドナート課長がクイッと眼鏡を上げる。


「相談というのは何だ」


 わざわざ職場を開けてもらって、休暇中にもかかわらず来てもらったのだ。課長もただごとではないと思っているのだろう。


「あの……課長は、トマスさんみたいな偉い人が、どうして勇者をやってるんだと思います?」


「……君にしては遠回しな切り出し方だな」


「あはは、ですよね」


「その質問に正直に答えると――何者かがトマス皇子を失脚させるために、勇者制度を悪用していると俺は考える。これは協会の理念に反する許されざる行為だ」


 さすがは課長だ。その言葉からは、わずかに怒気がこめられている気がした。


「そうですよね。それで私たち、トマスさんたちを助けようと思って」


「策はあるのか」


 私は頷いて、ロキさんから頼まれたことをそのまま伝えた。



「<ゼータ>と<EXストラテジー>のクエストを入れ替えます」



 課長はかすかに目を見開く。


「――なるほど。<EXストラテジー>のクエストは特別に指定されているんだったな。どんな罠が仕込まれているかわからん。そこで――君たち<ゼータ>が身代わりとなる、というわけか」


「私たちは犠牲になるつもりはありませんよ。ちゃんと成功させます」


「確かに、そういうのは<ゼータ>のメンバーのほうが向いているか……。それで――クエストが達成された段階で、入れ替わったと悟られぬよう俺が処理する。そうだな?」


「はい。課長にしか頼めないことです」


「そのアイディアを出した奴は、君や俺たちの仕事をよくわかっているようだな」


 こんなものを私が考えたとは、当然課長は考えない。元職員のロキさんが考案したことも見当がついているかもしれない。


「俺は構わんが、君たちはいいのか。手柄を取られる形になるぞ」


「私もみんなもそんなの気にしませんよ。あ、じゃあ課長がこっそり褒めてください」


 そんなことを言われると思わなかったのか、ドナート課長は眉間にしわを寄せたまま戸惑っている。


「……俺は人を褒めるのは苦手だ」


「えー? 前に私のこと大声で褒めてくれたじゃないですか。あれすっごく嬉しかったですよ!」


「あれをこっそりやるのは無理だ! そういうのは口の軽いレミーに言ってほしいところだが……このことは俺以外には他言無用にしたほうがいい。あいつにも言うな」


「レミーさんも?」


「言ったろ。口が軽いからな」



  ◇



 協会本部を出たところで、さっき姿を見なかった彼と出くわした。


「神出鬼没のロキさん登場~。交渉はうまくいったみたいだねぇ」


「やっぱり見てたんですね」


「本部の建物のどこが入りやすいかなんて、全部知り尽くしてるからね。それにしても、オーランド・ドナートは超優秀だねぇ! 課長止まりなんてもったいない、もっと出世すべきだよ」


 確かに、ドナート課長はへっぽこの私でもわかるくらい、バリバリに仕事ができる。でも出世して離れちゃったら寂しいなぁ……。


「ロキさんはパレードには参加しないんですね」


「あんな見世物なんて時間の無駄だよ。シグも死ぬほど嫌がってるだろうし、ヘルミーナは人前に出されて緊張で死にかけてるんじゃないかな。ボクはいないのが普通だから、こうやって自由に動けるのさ」


「その間は何してるんですか? 盗み聞き?」


「人聞きの悪い言い方だなぁ。まあ、こういう派手なイベントの裏では、いろいろ暗躍している人がいるからね。君もその1人だけど」


「ロキさんもですね」


「あはは。君、この後はどうすんの? 宮殿見物?」


「ええ」


 パレードのゴールでもある宮殿には、トマスさんの家族――つまり、皇族の方々がお出ましになって、彼らをお迎えすることになっている。

 そこは特に人が集まっているので、ゼクさんたちに場所を取ってもらっている。


「やっぱり。それで――えーと……1つ頼んでいいかな」


「もちろんですよ」


 ロキさんらしからぬぎこちない喋り方だ。素直に人に頼るのに慣れてないんだろう。でも、私の言ったことをさっそく実践してくれてて、嬉しい。


「宮殿には例のカタリナ皇女もお迎えに出てくる。君たちの人物評が聞きたい。特にロゼールの」


「ああ、私も気になってました」


 トマスさんの命を狙っているといわれる皇女様について、私はまだ何も知らない。スレインさんは優しい人だと言っていたけど、ロキさんの言うように魔族を引き入れて悪いことをたくらんでいる可能性もある。


 人を見る目に関しては抜群の正確さを持つロゼールさんなら、皇女様がどんな人かを見極められるかもしれない。



「皇女様も……いい人だといいんですけど」


 私がぽつりと呟くと、ロキさんが噴き出した。


「あはは! なんか、君らしいね。ボクは黒だと睨んでるけどなぁ……。無自覚であそこまでやるのは、ちょっと考えづらい」


「裏に魔族がいる、っていう話ですか? 確かにそうですけど……。そういうことをして、周りは何も言わないものなんですかね?」


「魔族が絡んでてもカタリナに帝位を継がせたい連中だっているし、そのためにトマスを消そうとする奴らだっているんだよ。その血縁者も含めて、ね」


 前にゼクさんが『兄弟が一番憎い』というようなことを言っていたのを、なんとなく思い出した。


「本人にその自覚がないのが一番あれなんだけど」


「無理もないですよ。自分の家族を疑うなんて……」


「君の場合はね~」


 私、よくこうやって呆れたような視線を向けられるの、考え方が甘いからかなぁ……。

 だとしても、お兄ちゃんが敵になったら――とか、そういう想像なんて絶対に無理。



「君にはわからないかもしれないけど、権力者とその周りなんて、汚い思惑が渦巻くイヤ~な世界なんだよ」


 参っちゃうね、とでも言うようにへらへら笑っているロキさんだけど――その言葉には、なんだかすごく実感がこもっているような気がした。

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