エステル、感動する

 朝方、ロキさんを除くメンバーたちは作戦会議に集まった。


 シグルドさんは木の枝で地面に地図を描いている。


 沼の奥地、「大ボス」がいるところだ。相手はヒュドラ。1つの身体にいくつもの首がついていて、チームで連携が取れないと倒すのが難しいみたい。……<ゼータ>のみんなは大丈夫かな。


 ヒュドラを表す印の前に、今度はいくつかの小さな丸が描かれる。シグルドさんはそれぞれにメンバーを割り当てて図で説明し始める。


 まずはヘルミーナさんが補助魔法で防御を固める。そしてシグルドさんが遠くからヒュドラの首を矢で射っていき、ノエリアさんがその隙に首を落としていく。最後にミアちゃんがトドメを刺す。で、私はできることが何もないので後方で待機。


 シグルドさんは、意見を求めるようにみんなの顔を見渡した。


「あの……私、もう少し前でもいいですよ」


「え。ヘルミーナさん、大丈夫?」


「はい、えっと……大丈夫です」


 その理由はうまく説明できないらしいけど、本人が言ってるならいいのかな。

 シグルドさんもヘルミーナさんの位置をヒュドラに近いほうに修正した。


「わたくしの魔法はどう使えばいいかしら」


 ノエリアさんの質問に、シグルドさんは両手でバツを作った。


 別のスペースに魔法を使った場合のシミュレーションが描かれる。ノエリアさんがあの大爆発を起こす。だけど、ヒュドラはそれでは仕留められず、逆に爆風にまぎれて長い首が襲い掛かる可能性がある……ということらしい。


「なるほど。魔法は控えたほうがよさそうですわね」


「ロキはー?」


 昨日からさんざん眠って目がぱっちり冴えているミアちゃんは、自分以外のことを聞く。


 シグルドさんは離れた場所にロキさんらしき丸を描き、隣に「?」と付け足す。ロキさんはどこで何をしているかわからないのが前提らしい。


「ミアもお目覚めのようですし、あとはヘルミーナがぬいぐるみを落とさなければ万全ですわね」


「あ、あれは……違うんです。あのときは……ロキに、取られちゃって」


 全員が固まる。


 ロキさん……失敗するように誘導しようとしたとはいえ、それはやりすぎですよ……。


「この外道、次に見たら首を刎ねてさしあげてよ!!」


 ノエリアさんはロキさんを表す丸に剣でバツ印をつけ、シグルドさんが便乗して足で踏みつけていた。



  ◇



 ヒュドラは想像以上に大きかった。


 太く長い首に凶悪な蛇の頭、それらを支えるどっしりとした胴体。牙は鋭く、猛毒を秘めている。


 私は恐怖でちょっと怯んでしまったが、他の仲間たちは戦意にみなぎっている。


「リーダーさん、合図合図」


 ミアちゃんが私の服を引っ張って促す。形だけでもリーダーらしい仕事はさせてもらえるようだ。


「えと、じゃあ……皆さん、頑張ってください!!」


 私のへなちょこな掛け声とともに、仲間たちが散開する。私も慌てて後ろに下がる。


「<聖域>」


 ヘルミーナさんは私たちの陣地に敵の侵入を防ぐ魔法を発動する。が、すぐに作戦通りそこから前に出て、ヒュドラの前に無防備な身体を晒す。


 当然、ヒュドラの首たちが彼女に一斉に襲い掛かるが――


「<防護><硬化>」


 早っ!! ヘルミーナさんは自分に防御の魔法を次々にかけ、噛み付いた蛇の頑丈な牙を折ってしまう。

 なるほど、これは陽動だ。単身で前に出て、敵の攻撃を自分に集中させているんだ。いや、ヒーラーがやることじゃないけども!



 間髪いれず、矢がヒュドラの目を射抜いた。


 その矢は四方八方から連射され、すべて敵の眼球を貫き、金切り声のような悲鳴を上げさせている。シグルドさん、どんな腕してるの?



 もはや隙だらけとなったヒュドラに、ノエリアさんが突っ込んでいく。


 ――が、視力を失った蛇が闇雲に飛ばした毒液が、彼女に襲い掛かった。


「ッ!!」


 ノエリアさんは咄嗟に腕でガードしているが、あの毒は浴びただけでも皮膚がただれるほど強力だという。


「<解毒>」


 そこに、いつの間にか接近していたヘルミーナさんが――毒液のほうに魔法をかけた。


 無害となった液体をノエリアさんが剣で振り払う。


「助かりますわ」


 今度はこちらの番だと言わんばかりに、ノエリアさんが飛び出してヒュドラの首を刈る。輪切りにされた首が湿った地面に落ちて泥の飛沫を上げる。



 そして、木の陰から小さな黒い塊が飛び出したかと思うと――ヒュドラの胴体が真っ二つになった。


 ミアちゃんだ。目で追えなかった。その小さな手に返り血がついている。ヒュドラの装甲のような胴体を、剣も使わずに切断するなんて……人間技とは思えない。



 あっという間に、「大ボス」は息絶えて地面に横たわった。



「いやー、お見事お見事」


 どこからか拍手が聞こえる。


「神出鬼没のロキさん登場~。やっぱりこのパーティ、人材は一級なだけあるねぇ。作戦はシグが――」


 と、ノエリアさんが斬りかかり、ロキさんはかろうじて剣をかわす。


「うおっ!?」


「あなたよくもヘルミーナに……生きて帰れると思わないことね」


「え、ちょっと! ヘルミーナ、その件はちゃんと謝ったよね!?」


「……許すとは言ってない、です」


「嘘ぉ!?」


「ロキさん。<ゼータ>のほうはどうでした?」


「君、この状況でそれ聞くの!? すぐ傍でもう1体と戦ってるみたいだから見てくれば? でもその前に助けて!!」


「ありがとうございます。頑張ってください」


「待って!!」



 後ろから助けを求める叫びが聞こえるけど、ほぼ自業自得だと思うので、私は本来の仲間のところへ向かった。



  ◇



「す……すごい!!」


 <伝水晶>を頼りに<ゼータ>のみんなのところに行った私は、そこで奇跡を目の当たりにした。


 なんと、みんながちゃんと作戦通りに動いて、敵を倒したのだ!!


 ……いや、こんな基本的なことで喜ぶのもどうかと思うけど、このパーティのことを考えると大きな進歩だ。



「あ?」


 戦い終えて興奮しているらしいゼクさんは、荒々しさ半分、不思議さ半分といった調子で私を見る。


「……なんでお前がここにいんだよ」


「私たちもすぐ傍で戦ってたんですよ。ホントにすごかったですね! ヤーラ君が薬でおびき寄せて、ロゼールさんが凍らせて、スレインさんとマリオさんがズバーって頭を落としていって、最後にゼクさんがトドメ!! 決まってましたね!! ゼクさんがみんなと協調してくれるなんて……私、感動して涙が出そう!」


「……ま……まあな」


 私があまりにもハイテンションではしゃいだせいか、ゼクさんは急にクールダウンして、なぜか決まり悪そうに顔を背けた。



「ねぇ、エステルちゃん。この大きな坊やったら、あなたがいないせいでずーっとご機嫌斜めだったのよ?」


 ロゼールさんが私に後ろから抱きつきながら、いたずらっぽく言う。


「殺すぞババア」


「そうなんですか? 私もあっちの人たちといて楽しかったけど、やっぱりこっちのほうが落ち着きますよ。ゼクさんの顔が見れてよかったです!」


「……。はあ……なんか、どうでもよくなっちまった」


 ゼクさんは疲れているのか、凍った地面にどかっと腰を下ろしてしまった。


「作戦を考えてくれたのはトマスさんですよね? どこにいるんですか?」


「ゼク、イ……殿下はどうした?」


 スレインさんが尋ねる。「イ」って何だろう。


「知らねぇよ。置いてきた。急いでたからな」



 私たちは大慌てでトマスさんを捜し――元の仲間たちのところにいたのを発見して、ほっと胸を撫でおろした……。

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