ノエリア、反省する
スレインさんの初面談がこんな感じだったな。
ひたすら怒りのオーラを発しながら静かに睨んでいて、ものすごく怖くて泣きそうだった。今ではとても頼りになる優しい人だけど。
今、私を全力で睨んでいるノエリアさんも、優しくなってくれるといいなぁ……。
「一応確認しておきますけれど、あなた、お姉様の何なんですの?」
「いや、あの……普通に、同じパーティの仲間です。他の人たちと変わらず」
「嘘おっしゃい。お姉様が『普通の』パーティに入ったとして、長続きするはずがありませんわ。誰かと懇意になっているにちがいありませんもの」
わー、ロゼールさんのことをよくわかってらっしゃるー。
「お姉様の態度でわかりましたわ。その誰かとは、あなたですわね!?」
確かに一度、寝込みを襲われたことはあるけど――なんて、口が裂けても言えない。
「ち、違いますよ。本当になんにもないですから」
「なんですって!? お姉様の傍にいて何とも思わないなんて、失礼ですわ!!」
えー!? もうどうすればいいかわからない……。
……あ。忘れてた。
そういえば、ロゼールさんから預かってるものがあるんだった。
「あの、実はロゼールさんから、ノエリアさん宛てにっていう手紙が――」
言い終わる前に、ノエリアさんは超スピードで私が取り出した手紙をひったくった。
「そういうことは早くおっしゃい!!」
「す、すいません」
封筒から一枚の紙を出し、食い入るように文面を読んだノエリアさんは、息を呑むほどの衝撃を受けたらしく、手で口元を押さえて震えて――しまいには号泣していた。
「――ッ!! ふぐうぅっ……!! わたくし、こんな卑小な感情にとらわれていたのですね。お姉様は海よりも深く広いお心をお持ちの方。わたくしの矮小な精神に警鐘を鳴らし、大局的な視点を授けてくださったのだわ。そう、些末な争いなど無用。ライバルといえど広い器をもって受け入れよ、そういうことなのですね」
何やら感動的な言葉が綴られていたらしい。文面だけでノエリアさんを諭すとは、さすがロゼールさん。
「コホン。お姉様の御意に従うのがわたくしの責務。あなたをリーダーとして認め、パーティのために尽力いたしますわ」
「あ、ありがとうございます。……ちなみに、ロゼールさんはなんて?」
「うふふ。あなたもご覧なさい、お姉様のありがたきお言葉の数々」
手紙には、こう書いてあった。
――ノエリアちゃんへ。
エステルちゃんと仲良くするのよ。
ロゼールより。
えええええええっ!? 短ぁっ!!
これだけの文であんなに感激するノエリアさん、どんだけ想像力豊かなの!?
その彼女はロゼールさんの手紙を何度も読み返し、さらには紙のにおいまで嗅いで恍惚の笑みを浮かべている。
ともかく、これでノエリアさんと腰を落ち着けて話せる。
ロキさんの話によると、ノエリアさんは帝国の名だたる貴族の娘で、幼少期からエリート教育を受け、魔法や剣術の鍛錬を積み上げた才女だという。
<アルコ・イリス>時代はマーレさんやエルナさんとともに輝かしい実績を上げていたそうだ。あのロゼールさんが入るまでは。
その後のことは、エルナさんに聞いた通りだけど――ノエリアさん本人からも、いろいろ話を聞いてみたいと思っていたところだった。片一方の言い分だけ聞いてたら、もしかしたら誤解もあるかもしれないし。
「あら、わたくしとお姉様の運命的な出会いをお聞きになりたいのね」
「ええ、よければ」
「そう。あれは降りしきる雨の中、どんよりした雲が真昼の空を覆いつくし、わたくしの心にも影が差していたそんな午後のひととき――」
ノエリアさんの話があまりにも冗長なので、かいつまんで要約する。
以前の彼女はエリート意識が強く、真面目できっちりしていたが、周囲にかなり高慢な態度をとっていたという。
パーティに入ってきた当時のロゼールさんは、今と変わらず自由奔放に振る舞い、ノエリアさんもそのときは苛立ちを隠せず呼び出して叱責したりもしていたそうだ。
そこで――きっと、ロゼールさんのあの"性分"が出たのだろう。見事返り討ちに遭い、逆に惚れこんでしまったらしい。
「わたくし、思い知らされましたの。家の評判を守る、ランクを上げる、実績を残す――そんなことは人生において些細なものに過ぎないということ。お姉様はわたくしをくだらぬ楔から解放してくださったのよ」
なるほど。ノエリアさんもいろいろなしがらみや重圧に苦しんでいたんだ。それをロゼールさんがまとめてぶち壊してくれた。あれだけ心酔するのも頷けるかもしれない。
「確かに、ロゼールさんってどこか超然としてますからね」
「そうでしょう? お姉様を見た目でしか評価しない暗愚な者どももいるけれど、その真価はあの底知れぬお心の深さなのですわ」
「でも……あのう、エルナさんに聞いたんですけど、前はロゼールさんのことで喧嘩が多かったって」
「ああ……。そうね、わたくしが間違えていましたわ」
あれ。恨み言の1つ2つ出てくるかと思ってたのに。
「あのときはお姉様がマーレやエルナに話しかけただけでつい激昂してしまって……ああ、お姉様は皆平等に愛そうとしていらしただけなのに。それでパーティが瓦解してしまったのですから、すべてはわたくしの狭量さによるもの。あの2人に会ったら謝っておいてくださるかしら」
「もちろんですよ」
マーレさんが言っていたようにロゼールさんが遊んでいたせいもあるのだろうが、本人がここまで反省しているのなら、余計な口を挟むのはやめよう。
ロゼールさん並みに自由で、ときどき暴走しがちなノエリアさんだけど、根は変わらぬまま真面目なのかもしれない。
「こうしてみると、あなたって不思議なくらい嫌味がありませんわね。あの皇子と大違いですわ。お姉様がお気に召すのもわかるというもの。わたくし、本気で<ゼータ>に入りたくなりましたわね」
「<EXストラテジー>はトマスさんのパーティなんだから、ノエリアさんが抜けちゃダメですよ」
「でもあの男! やはり気に入りませんわ。パーティを全滅させかけておいて!」
「……トマスさんのどこが嫌なんですか?」
「あなたもご覧になったでしょう? あの尊大な態度! 細かいことにチクチク文句を垂れるし、仲間のことなんて顧みない。自分が全部正しいかのような――」
つらつら不満を述べていたノエリアさんは、途中ではっと言葉を止めた。
「なんてこと……あれは、昔のわたくしそのものですわ。ああ、だから嫌いでしたのね。わたくしもまだまだ未熟者。ここで鍛え直すことにいたしましょう」
「ノエリアさんのそういう素直なところが、ロゼールさんも好きなんだと思いますよ」
「お姉様のお顔が浮かぶようですわ……ああっ!! お姉様、そんなに褒めていただいては、このノエリア胸が張り裂けそうでございますっ!! はあんっ!!」
だんだんヒートアップしてきたノエリアさんは、現実と空想の区別がつかなくなっていったみたいだった。
――だからなのだろうか、私たちに近づいてくる影に、2人してまったく気づかなかったのは。
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