ミア、眠る
後ろから、小さな生き物がついて来ている。
待機中の<EXストラテジー>のメンバーはどこかに集まることもなく、それぞれが思い思いに過ごしているようで、私は急遽仲間になった人たちを捜し歩いていた。
彼女は身体が小さいうえに気配もなく歩けるようで、近くに来るまでそこにいることに気づかなかった。
「……どうしたの? ミアちゃん」
「新しいリーダーさんって、あたまいい人ー?」
「へ?」
突拍子もない質問に、間抜けな返事をしてしまった。頭がいいかと問われて「はい」と答える人がいるんだろうか。それを抜きにしても、私は自分のことを賢いと思ったことはなく、むしろ逆だと自覚している。
「うーん……私、そんなに頭使うの得意じゃないかな」
「ぬー、ざんねん。他にあたまいい人知らない?」
「そうだなー、ロキさんとか」
「ロキはここにいないよ。ニオイしないもん」
嗅覚の鋭い獣人族が言うならそうなんだろう。さっきまで一緒にいたのに――本当に神出鬼没だな、あの人。
さてそうなると、まだ<EXストラテジー>のメンバーをよく知らない私は困ってしまう。頭がいいって言っても、どういう頭の良さが求められているのか……。
「ミアちゃん、どうして頭のいい人が必要なの?」
「これ読んでほしいの」
ミアちゃんが差し出した紙は、文字と短い単語が書いてあるような、もっと小さな子供向けの学習教材だった。
「……これは……これなら、私でも読めるよ」
「ほんと? 新しいリーダーさん、じつはあたまいい?」
「いや……他の人たちのほうが、私よりは賢いと思う」
「ほえー、ミアは天才のパーティに入ったのかー!」
そうか、ミアちゃんは文字が読めないのか。帝都の教育水準だと10歳の子供なら簡単な読み書きができるくらいだが、そうではない子供も当然いるんだろう。
読解力ヘッポコの私も字くらいなら教えられる。ここは、臨時のリーダーとしてミアちゃんの家庭教師になってあげよう。
が。
「えーと、これの読み方は『りんご』で……ミアちゃん? 起きてる?」
「……にゃっ! ぬぅー、また寝ちった」
この子はまるで猫のように――いや、猫そのものなのだろうか、よく寝る。初めて会ったときも、椅子の上で丸まって寝ていた。
さっきの戦闘中でさえぐっすりだったのに、まだ寝足りないのか、それとも勉強が退屈なのか。
そして座る体勢も猫らしく、私の膝に乗って寛いでいる。ちっちゃいし可愛いからいいんだけど。
「新しいリーダーさんがあったかくて気持ちいいからいけないんだよー」
「じゃあ、降りる?」
「えー、ミアここがいい」
「そ、そう? だったら休憩する? お昼寝してからやろうか」
「ダメー」
「なんで?」
「おーじさまに、寝るなっておこられちゃう」
トマスさん、敵前で寝ていたことを叱ったのかな。だからって、眠たいのに寝させないのも可哀想だ。
「……ミアちゃん。今のリーダーは私だから、寝てもいいよ」
「いいの!? 新しいリーダーさんはやさしいね!」
そうと決まればすぐに寝床を用意――しようと思ったけど、ミアちゃんは即刻眠りに落ちてしまい、私はしばらくそこから動けなくなった。
◇
膝が痛い。
ミアちゃんに脚を占領されてから、かれこれ1時間ほど経っている。そろそろ他の人たちのところに行きたい。でも、起こすのもなぁ……。
私が困っていると、どこからともなくロキさんが出てきた。
なぜか、肩を震わせながら。
「くっ……ふふふっ……ちょ、調子どう?」
「特に問題はないですけど……なんでそんなに笑ってるんですか」
「いや、向こうの様子見に行ってて……くくっ、あはははははっ!! ダメだもう我慢できない!! 『ウジ虫』て!! あっはははははは!!」
ロキさんは傍の木をばんばん叩きながら声を上げて笑っている。
……「ウジ虫」? まさか皇子様にそんなこと言ったの? もぉ、ゼクさんってば本当に口悪いんだから。
「それで、そっちは――ぶはっ!! ミアまた寝てるし。猫じゃんそれ、まんま猫じゃん! あはははははっ!!」
ツボが浅くなっているのか、ロキさんはお腹を抱えている。向こうで何があったのか、私もちょっと気になってきた。
「あー、お腹痛い……はぁ。なんていうか、ミアは無事、君に懐いたみたいだねぇ」
「元々人懐っこくていい子だと思いますよ。トマスさんとも問題ないと思うんですけど」
「あの馬鹿皇子を舐めすぎだよ。教え下手だし、よりによって一番重要な睡眠時間奪うし」
「ミアちゃん、睡眠不足だったんですか?」
「ヒトの基準で考えちゃダメなんだよ。獣人だから。猫と同じっていうかまんま猫で、眠りが浅いから十何時間寝なきゃいけないの」
「ああ、なるほど」
それでミアちゃん、ずっと眠そうにしてたのか。眠りが浅いというのも、寝ていながらマリオさんの反応に即座についていけたのを考えれば頷ける。
「ぶっちゃけミアは字なんか読めなくても普通に強いしね。トマスもあんまり無理強いして怒らせて、顔引っ掻かれたりしなきゃいいけど」
「あはは」
「顔面の皮丸ごと剥がれるだろうし」
ええ……ミアちゃんってそんなに力強いの? 私の膝の上ですーすー寝息を立てているこのちっちゃくて可愛い子が。獣人恐るべし。
「ま、あっちの様子を見る限り、あいつもいい感じに根性叩き直されてるみたいだし。大丈夫っしょ」
「あの……みんな、どうしてました? 仲間割れなんてしてないですよね」
「そうだね、誰が仕切るかで一瞬揉めたけど、大きな喧嘩とかはなくて……ぐふっ。ダメだ、思い出したら笑えてきた!」
またしてもロキさんが笑い始める。
――が、その笑いはすぐに消え、代わりに何かに気づいて冷や汗をかいている。
「……どうしました?」
「いや……後ろ」
振り向くと、鬼が立っていた。
「あなた――お姉様という方がありながら、そんな子供にうつつを抜かしてらっしゃるなんて……万死に値しますわ」
「……え?」
鬼ことノエリアさんは、憤怒と嫉妬の入り混じったこの世のものとは思えぬ形相で、剣を振りかざす。
え。何? 私、斬られるの? 死ぬの?
ギン、と鋭い音が響いて、ノエリアさんの剣は弾け飛んで地面に刺さった。
「……あれぇ~? マモノかと思った」
まったく気づかないうちに、ミアちゃんが起きてあの剣を防いでくれたらしい。寝ぼけたようなまどろんだ目を見ていると、とても信じられない。
「なにしてんの? けんか? おとーさんがゆってたけどね、仲間どうしでけんかしちゃいけないんだよ」
「……確かに、いきなり剣を抜くのは無礼でしたわね」
ノエリアさんは冷静になってくれたようで、刺さった剣を抜いて鞘に納める。
「わたくし、あなたを見極めたいんですの。そう、お姉様の上に立つのにふさわしいかどうかを!!」
ビシッと私に人差し指が向けられる。ああ、なんだかややこしいことになってきた……。
「ミアはボクが寝かせとくから、君たちは女の子どうし、親睦を深め合ってなよ~」
ロキさんはすでに寝かけているミアちゃんを抱っこして逃亡し、私は完全にノエリアさんに捕捉されてしまった。
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