スレイン、鬼と化す
これは図らずも、<ゼータ>崩壊の危機かもしれないな――
リーダーの欠けたパーティの仲間たちを見て、スレインは冗談交じりに考える。
<ゼータ>はエステルがいなければ成立しない。彼女が欠ければ、ゼクは殺戮を繰り返し、ロゼールは無差別に誰かを傷つけ、マリオは知らぬところで殺人を犯し、ヤーラは正気を失えば歯止めが利かなくなる。
自分はどうするか。兄上に頭を下げて実家に戻らせてもらうか。いや、そんな恥を晒すくらいなら死んだほうがましだ。
――なるほど、エステルがいなければ私は死ぬのか。大げさな結論に、スレインは苦笑する。
さて、そんな事態だ。エステルがいない今、目下の課題を片付けねばならない。
「全員、ロキが何を思って皇子殿下をこのパーティに参入させたかはわかるな?」
あの油断ならぬ男が、思いつきでリーダー交換などと言い出したわけではないことは、もはや疑う余地はない。
「私たちは子供のお守りを押し付けられたのねぇ。気に食わないわ」
ロゼールは不愉快さを隠そうともしない。エステルと離された不満もあってのことだろう。
彼女の言う「子供」は、ちょうど向こうのパーティに自分がいない間の注意などを伝えに行っている。その隙に全員で話し合いを行うことにした。
「でも、トマス君はあのままだと死んじゃうよ」
マリオは天気の話題と同じくらいの気軽さで言うが、それは恐ろしいほど現実味を帯びた言葉だ。
「より問題なのは、本人にその自覚がなさそうなことですよね」
幼いヤーラも正確に理解している。皇族が命を狙われていて、本人はそんなことを考えてもいない。殺し屋でなくとも暗殺できそうだ。
「その通り。ロキの狙いは我々に殿下を守らせ、なおかつ一人前のリーダーとして育てさせることだ。こうなっては仕方がない。まずは方針として――」
「待てよ」
ゼクが低い声で制止する。先ほどから気乗りしないといったように頬杖をついていた。人の世話など嫌がりそうな男だ。「なんであんなボンボンを」などと文句の1つ2つ垂れるのだろう。
「なんでテメェが仕切ってやがる」
「……は?」
予想外の方向から飛んできた抗議に、スレインは顔をしかめる。
「このパーティで一番強ぇのは俺だぞ。臨時リーダーは俺だろうが。あ?」
なんということだ。お守りをしなければいけない子供がもう1人いるなんて。
スレインは呆れ果て、ヤーラに至ってはしつけのなっていない犬を見るような目をゼクに向けている。
「……わかった。臨時リーダー、トマス皇子殿下を真っ当なリーダーにするにはどうすればいい?」
「ぶん殴って躾けりゃいいだろうが」
「それこそ皇子さんが死んじゃいますよ」
「リーダーシップの育成にはならないしねー」
「じゃあテメェら、なんか良い案出せや」
「いいことを思いついたわ。ゼクの代わりにスレインに仕切ってもらうのはどう?」
「賛成します」「ぼくも」
「殺すぞ!!」
しかし、ゼクがトマスの件に不平を言わないのは意外だった。
「それで? 臨時の臨時リーダーさん。どうやってあのお坊ちゃんを調教してあげるつもり?」
「そうだな。まずは――皇子殿下のプライドを粉々に打ち砕くことだ」
こんなのだから自分は<ゼータ>のリーダーにふさわしくないのだ、とスレインは自嘲したくなる。
◆
皇位継承争いに関して、リード家は中立を保っている。
兄のラルカンは個人的にはトマスを推しているようだが、近衛騎士団は誰であれ帝位についたものに忠義を尽くすだろう。
しかし、トマスが皇帝としてふさわしい資質を持っているかは、スレインには疑問だった。少なくとも今の彼は未熟すぎる。
「面を上げろ。我がパーティの救援、感謝するぞ。見事な手腕だった」
「もったいないお言葉です」
膝をついたまま見上げた皇子の顔は、先ほど犯した大失態を引きずりながらもなんとか威厳を保とうとしている――そんなふうに、スレインには見えた。
妙に気取れないのが彼の親しみやすさにも繋がっているのかもしれないが、今ではそれもマイナスだろう。
「して――どういうわけか、俺が<ゼータ>のリーダーになったわけだ。しばらくの間、よろしく頼む」
「はい。殿下のためにお力添えさせていただきます」
「このパーティは連携を取るのが不得手と聞いているが――戦術的な動きに慣れていないだけのように見える。お前たちのほうが俺の作戦にはついてこれそうだ」
ピクリと一瞬スレインの眉が動く。
「それもこれも、リーダーに作戦立案の能力がなかったせいだろう。ひどいものだな。俺がお前たちの実力を引き出して――」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、トマスはぎょっとして口をつぐんだ。
――なるほどこの男、先の失態は仲間の力量不足のせいだと考えているのか。そして助けてくれた人間を上から目線で従わせ、あまつさえエステルを侮辱した。
最後の1つをとっても、スレインの逆鱗に触れるには十分だった。
「……恐れながら殿下、忠言をお許しください」
「あ……ああ」
「カタリナ皇女殿下のよからぬ噂、殿下はお怒りなさっておいでですが――それがこうも市井に広まっているのはなぜだとお考えですか」
「話の真偽がわからん馬鹿が吹聴しているだけだろう」
「確かにそれもありましょう。しかし――トマス皇子殿下。あなた自身に問題があるとすれば?」
「……何?」
「殿下が次期皇帝にふさわしい器を持ち、誰もがそれを認めるならば、このような流言が広まるはずはないのです。今一度ご自身を見つめ直していただきたい。皇帝たるには何が足りないのか――それが、妹君を守ることに繋がるのです」
――我ながら、よくもこんなに建前がすらすらと出てくるものだ。これではロキと同じではないか。
トマスは自分の言葉を真摯に受け止めている。カタリナの名前を出したからだ。スレインは人の弱みにつけ込む自分が嫌になるが、ここで勢いを崩してはならない。
「戦術指導のご提案、まことにありがたく存じます。しかし、たかが勇者パーティの1つにすぎぬ我々のことよりも、国家皇族のことが第一。我々も心を鬼にして、殿下の人間的成長に助力いたします」
「おお、うむ」
「ひいては身分も家柄も関係なく、トマス・フォルティス個人として――エステルがそうだったように、このパーティの『新人』として扱わせてもらうが、よろしいか」
「……え?」
心の準備のできていないトマスをよそに、兜を被ったスレインは立ち上がって大きく息を吸う。
「気をつけェ!!!」
突然の怒号に、トマスは飛び上がるように姿勢を直した。
「いいか。貴様が皇子だろうと乞食だろうとウジ虫だろうと魔族にとっては変わらん。勇者たるもの、くだらんプライドも階級意識も驕り高ぶりもすべて捨てろ。貴様は今からウジ虫だ。このままウジ虫で終わるか、皇帝たりえる人物になるかは貴様次第だ。わかったか?」
「え、いや、ちょっと待っ――」
「無駄口を叩くなウジ虫ッ!!!」
「わ、わかりましたっ!!」
スレインの兄ラルカン・リードは、普段は実直な好青年だが、訓練のときになると"鬼のラルカン"と呼ばれるほどの厳しい教官になる。
その指導は当然妹にも行き渡っていて、スレインは怒鳴りながらも懐かしささえ覚えていた。
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