#10 EXCHANGE

ロキ、心配する

「最初からこうするつもりだったんですね? ロキさん」


 鬱蒼と生い茂る木々の中で、ロキは詐欺師めいた笑みを浮かべる。さすがのエステルも気づいたようだが、もう知られてもいいタイミングだった。


「いやはや、バレちゃったか~」


 ロキはわざと参ったような仕草をしてみせる。


「まあ、このパーティを立て直すためなんだ。大目に見てよ」


「トマスさんが失敗するのをわかってて放っておいたんでしょう? ひどいと思います。シグルドさんなんてあんなひどい怪我したのに」


「シグはあんなの、気にもしないさ」


 ロキはエステルのこういうところを評価している。自分が手の上で転がされたことよりも、被害を受けた他人の心配のほうが先なのだ。


 実を言うと、ロキもあそこまで派手に失敗するとは思っておらず、数百年ぶりに前線で孤軍奮闘する旧友を見る羽目になることまでは予想外だった。

 シグルドもそこはわかっているはずで、とりあえず許してはくれるだろうと勝手に決めつけている。


「シグルドさんと仲がいいんですか」


「まあね」


 殺し合いまでした仲さ、とまでは言わない。


「で、ご存じの通り、このパーティはトマス皇子の手に余る代物なんだ。だから、君が上手いことあの馬鹿皇子でも扱えるようにしといてくんない?」


「……どうして、私なんですか」


「あの<ゼータ>をまとめ上げた実績と――そうだな、才能……かな」


 ロキの認識では、少なくともエステルはトマスよりは有能なリーダーで、他パーティのリーダーと比較してもかなり優秀な部類に入る。


 しかし、なぜ彼女がそこまでできるかははっきりと言語化できない。特定の能力に優れているとか、カリスマ性があるとかではなく、「才能」としか言いようがない。


「才能なんて、私、そんなの……」


「ダメだったらダメだったでいいんだよ。プランBに移行するだけさ」


 本当はそんなものはないが、こう言っておくとあたかもあらゆる事態を想定して動いているように見えるので、ロキはこの言い方を好んで使う。


「それに、このパーティはこう見えて助けを必要としている人ばかりが集まってるからね。君ならなんとかしてくれるかなって」


 人助け。ロキが最も興味がなく、理解に苦しむ行為のことだ。だが、それに命を懸けるほど熱心になる人種は少なくない。エステルもその類いだとロキは睨んでいる。


「……そうですね。初めから断るつもりはなかったし」


 ――だろうね。彼女がこのパーティをどうするか、<ゼータ>の仲間に相談してからここに来たのも知っている。


「助かるよ。ボクもできる限り情報提供するさ。もちろん無料でね」


「ありがとうございます」


 協力してもらっているのはロキのほうで、感謝される筋合いはない。

 しかし、彼女が本心から礼を述べているのはわかる。


 あまりのお人好しぶりに、ロキは珍しくこの素直で優しすぎる少女が悪い奴に騙されやしないかと心配になった。


 ――まあ、その「悪い奴」って、ボクも入るんだけど。



  ◇



 初めて牢屋でみんなの顔を見たときのことを思い出す。


 ヤーラ君は怯えていて、マリオさんは場違いに笑顔で、ロゼールさんは怠そうで、スレインさんは静かに激怒してて、ゼクさんに至っては殺気剥き出しだった。

 雰囲気が悪すぎて私は田舎に帰りたくなった。今となっては懐かしい。


 ――なんて思い出に浸りたくなるくらい、<EXストラテジー>の皆さんのムードは最悪だった。


 ミアちゃんはうとうとしていて元気がなく、ノエリアさんはロゼールさんと離されたせいで不機嫌度マックスで、ヘルミーナさんはいつも通りびくびくしており、シグルドさんは無口無表情。ロキさんは笑っているだけで助けてくれそうにない。


 やだもう私、<ゼータ>帰りたい。



「あの……急にリーダーを務めさせていただくことになった、エステルです……」


 反応、ほぼなし。気まずい……。


「あれー? おーじさま、やめちゃったの?」


「ち、違うよ。リーダーを交換することにしたの」


 そういえば、ミアちゃんはあのとき寝てたから知らないのか。


「なんでー?」


「……ロキさん、なんでですか」


「さっき君に説明した通りだよ。このパーティの未来のためさ!」


「絶対それだけじゃないですよね」


「ホントだって。ボクは心の底から、この国や勇者協会の未来を考えて――」



 一本の矢が、ロキさんの頬すれすれのところを飛んで行った。



 銀色の髪が何本かはらはらと落ちる。ロキさんは後ろの木に刺さった矢を見て、青い顔をしている。


「……あれぇ? もしかしてシグさん、怒ってらっしゃる?」


 シグルドさんはいつの間に立ち上がっていて、弓に次の矢をつがえようとしている。


「待って待って。ボクもシグがあんなことになるとは思ってなかったんだ。ホントに。事故だから。ごめんって」


「……」


 弓を下ろしたシグルドさんは、後ろの誰かを横目で見やる。


「……ああ、そっち? それは……まあ、確かにやりすぎたよ。ちゃんと謝っておくから」


 何の話かはよくわからないが、シグルドさんは一応許したようで、再び座って胡坐をかく。


 とりあえず、この人を怒らせると矢で射抜かれることはわかった。コワイ。



「それで? いつあの馬鹿皇子は戻ってくるんですの? 一生戻らなくてもいいのだけど」


 ノエリアさんの中でのトマスさんの評価は最低中の最低らしい。


「とりあえず、このクエストを達成するまでということでいいんですよね、ロキさん」


「そーそー。あとは奥地にいる大ボスを倒すだけだから」


 大ボスが残ってるのか……。軽く言ってくれるけど、私には気が重い。


「それは明日でいいんじゃない? 期間指定のあるクエストじゃないし、ゆっくりやろうよ」


 つまり、時間に猶予はあるということ。今まで通り、まずはメンバーのみんなの話を聞いて、それから今後のことを考えよう。



 ロキさんが何か企んでいるのかもしれないとしても、それは私がどうこうすべき問題じゃないし――これはもう私の性分で変えられることじゃないんだけれど、やっぱり私、ロキさんは悪い人じゃないと思う。

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