提案
「こんなはずじゃ……」
自分のパーティの惨状を見て、トマスは思わず呟いた。
弓使いのシグルドが前線で1人、短剣1本で戦っている時点で、もはや破綻している。しかも彼の手は毒が回って腫れ上がり、ひどい色になっている。やられるのも時間の問題だ。
それを治すはずのヘルミーナは、頭を抱えて座り込んだまま動かなくなってしまった。
他の前衛といえば、ノエリアは作戦に反対して離脱してしまったし、その戦闘力を見込んだミアも一撃食らってふっ飛ばされただけで気絶してしまった。
――いったいどうなってるんだ。なぜ俺の作戦通りに動かない? ふざけるな、クソッ!!
せめて、普段から消えているロキが応援を呼んでくれればいいが――あの<ゼータ>の連中は信用できるのか? ろくに作戦も立てられない奴らが?
バキバキバキ、と木々が倒される音がする。
振り向くと、大蛇の巨体がすぐ目の前にあった。
トマスには動く余裕すらなかった。魔物の赤い目がこちらを見下ろしている。噛まれれば毒に侵されるが、そんな暇さえなく出血で死ぬだろう。
それに、後ろから来たということは、こちらが敵に囲まれてしまったということだ。打つ手がない。
――俺は死ぬのか。それでカタリナが皇位を継承したら……俺の死が妹の陰謀みたいになってしまうじゃないか。それだけはダメだ!!
そんな思いなど無関係に、大蛇は牙を向ける。
と、大蛇の口から牙がもう1本生えてきた。
それは、牙ではなく――大きな剣だった。
「よお、ボンボン野郎。テメェをぶっ殺すのにまだるっこしい計画は必要なかったみてぇだな」
礼節を欠いた下品な口調。あの白髪の大男――ゼクだ。
彼は剣を乱暴に引き抜くと、苦しんでいる大蛇をあっという間に真っ二つにしてしまった。土砂降りの雨のような血が2人に降りかかるが、ゼクのほうは気にも留めない。
思考を整理する間もなく、2つの人影が飛び込んでいく。
沼地という足を取られる場所で、軽装とはいえ鎧を纏っているにもかかわらず、スレインは電光石火のスピードで倒れているミアを抱きかかえ、脱出した。
もう1人、マリオは何かに引っ張られるように飛び回りながら――よく見るとそれは糸だった――座り込んでいるヘルミーナを攫っていく。
「やあ、ヘルミーナ。やっぱりあれ、落としちゃったんだね。いいよ、ぼくが探してくるから」
と、彼女を安全な場所に下ろしたマリオはすぐさま中へ戻っていく。
シグルドも増援が来たのを確認し、隙を見計らって撤退した。錬金術師のヤーラに傷を診てもらっている。
「応急処置として、傷口の毒を分解します。痛みますよ」
ヤーラの手から魔法陣が展開すると、シグルドの握られた手から血が噴き出し、腫れ上がった部分ボトボトと落ちる。
シグルドは苦痛で顔を少し歪めているが、声1つ上げない。
「そろそろいいかしらね、この汚い沼地を凍らせても」
服を汚したくないのか岩の上で優雅に座っていたロゼールが、ひょいっと腕を軽く振る。
さっきまで沼地だった場所が、複雑に入り組んだ氷山になった。
魔物たちが身動きができずにうろたえているところに、剣を携えた何者かが氷山の間を反射する光のように飛び跳ねて中へ突っ込んでいく。
――あの身軽さはなんだ!? よく見ればノエリアだ。<ゼータ>に馴染んでんじゃねぇ!!
高く飛翔したノエリアは、太陽のような火球を纏った剣を思いっきり振り下ろす。
縦一直線の剣筋を中心に、この大地が崩壊するかのような爆風が広がり、魔物たちは跡形も残さず消滅した。
が、さっきの魔法の氷は傷1つついていない。
「私の氷は100年は解けないわよ」
ロゼールが横目でこちらを見ながら言う。馬鹿にしているのか自慢しているのか、トマスにはわからなかった。
そこに、ようやく遅れて<ゼータ>のリーダーが来る。服は泥だらけで、肩で息をしている。
「はー……皆さん、速すぎて……はー……トマスさんたちは、はー……無事ですか?」
「遅ぇぞのろま女。少なくとも、誰も死んじゃいねぇよ」
「よ、よかったー……」
――なんだこいつは。今更現れて、指示を出したわけでもなく、仲間に暴言さえ吐かれている。何もしていないじゃないか。こんな連中に助けられたのか?
俺のパーティは――<EXストラテジー>は、そんなに弱いのか?
「やあ、見つけたよー」
緊張感の一切ない陽気な調子で、マリオが何かを持ってきてヘルミーナに渡す。
ウサギのぬいぐるみだ。最初に集まったときから大事そうに抱きかかえていたものだ。
「トマス君。ヘルミーナはあれがないと動けなくなっちゃうから、気をつけてね」
――は?
そんなことで、このパーティは回復機能を失うのか? 馬鹿な。
「……そうだ。ミアは無事か?」
「ええ、殿下。外傷は1つもありません」
ミアを抱いたままのスレインが礼儀正しく説明する。
「眠っているだけです」
――……は!?
あの戦いの中で、このガキ寝てやがったのか!? 馬鹿か!!
聞いていない。こんなに使えない奴ばかりだなんて、聞いてない!!
そこに、場違いな拍手が聞こえてくる。
「いやー、さすがは<ゼータ>。あっという間にピンチを救ってくれたねぇ。感謝してもしきれないよ」
「ロキ!! お前、今までどこにいたんだ!!」
「失礼な。ボクは応援を呼びに行ったんだよ。ここで出たところでボク戦えないし」
つまり、助かったのはロキのお陰でもあるということだ。そう考えると、トマスは文句も言えない。
「まあ、これでお互いチームの課題が浮き彫りになったと思うんだよねぇ。何事も全部が思い通りにはいかないものさ。そういうときって、やっぱり環境を変えてみるのが一番じゃない?」
ロキは芝居がかった口調ですらすらと喋りながら前に出てくる。
「どうだい? ここで心機一転、2つのパーティのリーダーを入れ替えてみるってのは」
「……はあああっ!?」
トマスは思わず間抜けな顔で大声を上げていた。
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