全滅の危機
『うおらああああああっ!!!』
ゼクさんの叫び声とともに、ザクリとかグチャリとかスプラッタな音が聞こえてきて、私は水晶から遠ざかりたくなる。
『ヤーラ。マーシュサーペント4体、ポイズンワーム6体討伐』
『こっちはマッドフォウル9体倒したよー。待機中って暇じゃない? ギターでも弾こうか?』
「スレインさん、マリオさん、報告ありがとうございます。ギターは要りません」
倒した魔物はヤーラ君が逐一記録してくれている。こういう数字を使った作業は私より向いている。いよいよ私、やることがない。
ちなみに、ロゼールさんとノエリアさんの通信は切っている。
聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなノエリアさんの愛の言葉が延々と囁かれ続け、ヤーラ君と2人で聞いてると至極気まずいからだ。
ゼクさんはまったく報告してくれないが、音でどれだけ魔物を殺戮しているかはわかる。
難しいクエストとは聞いたけど、毒さえ気をつけていればそれほど手こずる相手ではなさそうだ。仲間たちは特に苦戦することもなく、負傷者もなし。私の気分が悪くなる以外、事は順調に進んでいる。
そこで、爆発が起きた。
向こうで火山でも噴火したかのような黒煙と、吹っ飛んでいく木々が見える。轟音で沼の水面に波紋ができた。ぽかんとしていると、その爆発は立て続けに起こっていく。
あの方向は――ロゼールさんたちがいるほうだ。
「ロゼールさん!? どうしました!?」
『あらエステルちゃん。通信切ってたのねぇ。大丈夫よ、今のノエリアちゃんの魔法だから』
「魔法!? あれが!?」
話している最中でも爆音が響いて、鼓膜がびりびりする。これが人間が使う魔法なの? 確かにこれなら下手をすれば周囲の仲間は死んでしまう。
『お姉様、ご覧になっていただけたかしら。この一帯を更地にしてさしあげましたわ』
『ええ、さすがねぇノエリアちゃん。私、感動しちゃったわ』
『ああ、お姉様のそのお言葉、どんな褒賞にも勝りますわ!! たとえ人類がわたくしたち2人きりになったとしても、2人の愛は――』
そこでヤーラ君が通信を切断した。
◇
集計の結果、倒した魔物は100を超えそうだ。
ゼクさんや元<アルコ・イリス>の2人はちゃんと数えていないので正確な数字はわからないけど、たぶんそのくらいになる。すごい。この人たち強すぎて怖い。
「ノエリアさんのお陰でいい成果が上げられましたよ。ありがとうございます」
「礼には及ばなくてよ。わたくしとお姉様の力を合わせればこのくらい」
ノエリアさんはふふんと誇らしげに鼻を鳴らす。
「結局ロゼールは何をしていたんだ?」
スレインさんが聞くと、ロゼールさんはポケットから何かの束を出した。
「鳥の羽を集めていたの。綺麗なやつ」
「何もしてねぇじゃねーか、クソババア」
その瞬間、ノエリアさんの剣がゼクさんに振り下ろされ、間一髪空を切った。
「何すんだメスガキコラァ!!」
「なんて言葉の汚らしいこと!! お姉様に向かって暴言を吐くなんて許せませんわ!! その舌斬り落としてさしあげてよ!!」
「やってみやがれ!!」
「ノエリアちゃん、頑張って~」
「や、やめてくださいよ!!」
こんなところで喧嘩が始まってしまった。
が、慌てているのは私だけで、他のみんなは平然と撤収準備をしようとしている。
「エステルさん、放っておきましょうよ。どうせ言ったって聞かないんですから、ああいう人種は」
ヤーラ君の表情は、ちょうどレオニードさんが飲んだくれているのを冷ややかな目で見ているときと同じだった。
「トマス君やヘルミーナたちは元気かなぁ」
マリオさんの言う通り、今はそっちのほうが重要だ。まあ、ゼクさんとノエリアさんなら殺し合っても死なないだろう。たぶん。
「マリオ。怪しい奴はいたか?」
スレインさんが聞くと、マリオさんは首を横に振る。
「こっち側はゼロだねー。でもたぶん刺客みたいなのはいないと思うんだ。ここは隠れてても魔物に見つかる可能性があるからね」
残る心配は、スレインさんが打ち合わせのときに言っていたようなことだ。
「トマスさんたちが単純にクエストに失敗しちゃうってこともありえますかね」
「戦力は申し分ない。普通にやれば成功する。……普通にやれば、な」
「あの変なツインテールの人は皇子さんの作戦に不満があって離脱したんですよね。その作戦がうまくいかないことも考えられませんか?」
ヤーラ君の中では、ノエリアさんはすでに「どうしようもない人」カテゴリに分類されてしまっているらしい。
「まあ……人選に癖がありすぎるからな。我々も人のことは言えないが」
「まだあっちのメンバーのことはよく知らないけど、ぼくなら最初にヘルミーナをどうにかするね」
マリオさんはなんの気兼ねもなく、自分の元仲間をターゲットにするという話を持ち出している。
「それだけ優秀なヒーラーなんだ。彼女がいれば、死人が出ない限りいくらでもパーティが復活するからね。だけど、彼女を封じるのはやり方を知っていれば簡単だよ。まずは、あの――」
ガサガサと葉が擦れる音で、誰かが来たと全員が察した。
それは、敵――ではなかった。
「……ロキさん?」
「やあ。そっちは順調そうだね」
「ど、どうしたんですか?」
彼はいつもの余裕綽々の笑みに覇気がなく、疲労し切っているように見えた。
「いやね。ちょっと助けてほしくて。こっちは今、全滅しそうなんだ」
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