皇子様の殺し方
エステル・マスターズという人間を正当に評価することは難しい。
大抵の人間なら「平凡な少女」、仕事を共にした人間なら「仕事はできないけどいい子」という印象を持つだろう。
そんなエステルをトマスが正しく見極めることなど不可能に近い――と、ロキは考えていた。
だが、彼女がここまでやらかすとは、ロキも予想していなかった。
「あの、ほんと……ご迷惑かけて、すみません……」
可哀想になるくらい萎縮しているエステルは、あろうことか勇者協会職員であるにもかかわらず、会議室の場所がわからず本部内で迷子になり、仲間たちと合流できなかったというのだ。
建物の見取り図と同時にクエストの詳細を記した紙も紛失したようで、トマスはミアに続いてエステルにまで説明する羽目になった。
オーランド・ドナートはよく彼女を見捨てなかったな、とロキは静かに感心する。
「リーダーが化物とか嘘だろ。どう見てもポンコツだぞ、この女」
トマスが小声で抗議する。
「彼女はやるときはやるから」
ロキも一応フォローを入れたが、信用が回復したようには見えなかった。
「ああ、お姉様!! またお姉様とともに戦うことができるなんて、このノエリア光栄の至りですわ!」
「うふふ。ありがとう、ノエリアちゃん。一緒に頑張りましょうね」
わずかに気まずい雰囲気に包まれていたこの会議室だが、ロゼールとノエリアの周辺だけは異空間である。崇拝する元仲間と再会できたノエリアは、幸せそうにロゼールの手を握っている。
「久しぶりだねー、ヘルミーナ。今回はよろしくねー」
「あっ……――しく……ねがいします……」
同じく元<ブリッツ・クロイツ>という共通項を持つマリオとヘルミーナだが、その和やかな挨拶に対し、ヘルミーナは青白い顔でがたがたと震えている。マリオの顔を見てから、彼女はずっとこうだ。
「やあ、君がトマス君? ぼくと友達になろう」
そんなヘルミーナの異変などなかったかのように、マリオはトマスに握手を求めている。
トマスは「は?」と顔をしかめたものの、素直に手を握り返す。彼が皇女側の刺客だったらすでに死んでるよ、と言いたくなるのをロキは我慢する。
そんな2人と、初対面で「なんだこのヘタレ面ァ」と罵倒したゼクを含めて、トマスの中での<ゼータ>の評価は最悪であろうことは、容易に想像できる。
例外は、最初からきっちり礼儀正しく振舞っているスレインと、秒単位の数値を入れて遅刻時間を謝罪したヤーラくらいだろう。
全員揃ったところで、テーブルの上に現場の沼沢地の地図を広げ、改めてトマスが仕切り出す。
「皆も知っている通り、敵は沼地の魔物だ。作戦は俺が考える。<ゼータ>はそれに合わせて動いてほしい」
「え、無理です」
エステルが即刻却下し、トマスはいったん硬直する。
「あ、えっとですね。私たち、チームで連携取るの苦手でして。こちらはこちらで勝手に動きますんで、そちらの作戦だけお聞きしておいて――」
「……そんなので上手くいくかぁ!!」
トマスはテーブルをバン、と叩く。一番びっくりしているのが無関係なヘルミーナで、一番びっくりしていないのがいつの間にか椅子の上で丸まって寝ているミアだ。
そこで、ゼクがおもむろにトマスに大きな人差し指を向ける。
「こんなザコクエストなんざどうだっていいんだよ。重要なのは、そこのボンボンどうやって守るかってことじゃねぇのか?」
「……俺を? どういう意味だ。まさかお前ら、カタリナが俺を潰そうとしているなんて噂を真に受けているのか」
「この者の暴言をお許しください、トマス皇子殿下。しかし、カタリナ皇女殿下が、とは申し上げませんが、暗殺のリスクは考慮すべきです」
スレインが丁重にたしなめ、いったん落ち着いたトマスだったが――すぐさま、ゼクがそれをひっくり返した。
「よお、聞きてぇんだが――お前らだったら、どうやってこのボンボンをぶっ殺す?」
ド直球な質問にはロキもぎょっとはしたものの、興味津々だった。
「そうねぇ。この中に裏切り者がいるってのはどう? 仲間のふりして後ろから刺すの」
ロゼールは周りの反応を伺うために思いつきで言ったのだろう。彼女はおそらく自分を慕っているノエリアすら疑っている。
トマスはそんなこと思ってもみなかったのか、今になって仲間たちの顔を見回している。
「……ロゼールさん、マリオさん。どうですか?」
リーダーに聞かれて、2人とも首を横に振る。彼らが観察力に長けていることを知っている者は、ひとまず安心したはずだ。
「人選でいうなら――刺客など仕込まなくても、無能を入れて足を引っ張らせればいい。それで自滅させれば、手間もかからないし疑われずに済む」
スレインが騎士らしからぬ策を発案すると、すかさずノエリアが異議を唱える。
「失礼ですわね。あなた、わたくしたちが無能だとおっしゃるの?」
「能力はあるだろうな。だが、この中に命に代えても殿下を守るという気概のある者はいるか」
全員が黙る。
これが一番正解に近い、とロキも考えている。能力はあれど意欲はイマイチな人選ならば、失敗させやすいし責任がリーダーであるトマスに向きやすい。
「あえて暗殺の方向でいくと、どうかな」
ロキはこの話題を引っ張るため、質問を投げかけた。
「今回のクエストで言うなら、毒にも注意したほうがいいですよ。毒性の魔物がいますから。それと同じ毒を使えば、魔物にやられたように偽装できます」
ヤーラが専門的な立場から意見を述べる。
沼地の魔物の毒は強力で、噛まれた部位が腫れ上がり、最後はドロドロになる。そうなっては、噛み痕と注射痕の区別はつかない。
本当に命を狙うなら、魔物の仕業に見せかけて殺すというのが最も合理的だろう。
ロキはさきほどから沈黙している男に目をやる。先の質問は、まさしくその分野のプロフェッショナルである彼の見解を引き出すためでもあった。
「……地形を使うってのはどうかなぁ」
ようやく彼が立ち上がる。いつものにこやかな顔で。
「ほら見て。たとえばこの辺りは沼が深くなっているだろう? そこに誘導して――」
そのアイデアは実に凡庸で、ロキをがっかりさせた。自分の手口を明かす真似をしたくないのか。
それでもトマスは地図を凝視している。自分を暗殺するための具体的な方法を聞いて、ようやく危機感を持ったのかもしれない。
「で、ここに大きな木があるよね。そこに隠れて――」
ガタッ、という音を認識した頃には、彼はすでに行動を終えていた。
ほとんど全員が目を奪われただろう。
かの殺し屋は、知らぬ間にテーブルの上に乗ってトマスの頭を脚で押さえつけ、その首に針のような凶器を突き立てている。
その反応についてこられたのは、シグルドと――眠っていたはずのミアだけだ。シグルドは短剣を、ミアはその鋭利な爪を、まさにリーダーを殺さんとしている人間に向けている。
「今ぼくに武器を突きつけている2人を傍に置いておいたほうがいい」
マリオは笑顔ながらも冷たい声で最も的確な助言を残し、ゆっくりと席に戻る。
状況を理解するのにかなり時間を要したトマスといえば、<ゼータ>に対しての不信感が、今や完全な恐怖心に変わっている。もはや共に行動する意志すら消え失せているだろう。
ここまで、おおむねロキの計画通りである。
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