最低の助っ人

 <EXエクストラストラテジー>――トマス・フォルティス皇子が率いる新生勇者パーティの名である。


 すなわちEランクという最下層からのスタートではあるが、この面子ならAランク相当の力はあるとリーダーのトマスは自負していた。少なくとも、全員が揃うまでは。


 特殊な位置づけであるゆえ、クエストは協会側が指定することになっており、記念すべき最初の任が記された紙が、各メンバーに配られた。


 それに目を通してあからさまに嫌そうな顔をしたのが、高ランクパーティ経験者である2人の令嬢だった。



「……何ですの、これは。何かの嫌がらせかしら」


 ツインテールの魔法剣士――ノエリアは、若者らしく率直にものを言う性質のようで、とげとげしい調子で文句をつける。


「どう見てもEランクの仕事ではありませんわね。トマスといったかしら。あなた誰かに恨みを買っているのではなくて?」


「そりゃ、元<アルコ・イリス>のリーダーをやっていたお前のようなメンバーがいるのを鑑みてのことだろうよ」


「お姉様がいらっしゃれば、こんなクエストなど一瞬で片付くのだけれど……生憎そうではありませんもの」


 ノエリアは当初からお姉様お姉様としつこいほど繰り返しており、遅刻をしたのも「お姉様のことを考えていたから」というほどで、その敬愛ぶりは狂信的ですらある。


「その『お姉様』とやらがいなきゃ何もできないってわけじゃないだろう」


「協力してさしあげてもよろしいけれど……わたくし、誰に何があっても知りませんわよ。トマスとやら、泣きつくならわたくしではなく、そちらのヘルミーナになさってくださる?」


 突然ノエリアに名前を出されたもう1人の令嬢――大きなぬいぐるみを抱えた少女、ヘルミーナはびくっと身体を震わせる。


「あっ、いえ……あの……」


「お前は元<ブリッツ・クロイツ>のヒーラーだったな。腕はいいと聞いている。サポート頼んだぞ」


 トマスは励ましのつもりで言ったのだが、気の弱そうなヘルミーナはかえって萎縮している。


「そんな……あの、私……そんなんじゃなくて……。<ブリッツ・クロイツ>は、1人だけすごく強い人がいただけで……わ、私は別に……」


 ヘルミーナはヒーラーの中でトップに入る能力があるとトマスは聞いているのだが、どうやら当人は自信がなさすぎるせいか、己の実力を過小評価しているようだ。


 彼女が遅刻したのも――実際は遅刻ではなかったのだが、時間内に来たものの中に入る勇気が出ずにずっとドアの前で右往左往していたからで、その過剰に内気な性格が伺える。



「シグルドはどうだ?」


 無口なハイエルフ、シグルドの内心など推し量りようもなかったが、1600歳という途方もない年長者ということで、その知識や経験にはトマスも信頼を置いていた。ただし、他のエルフ同様、時間感覚はかなりルーズなようだが。


 とはいえ、コミュニケーションに難があることに変わりはなく、シグルドは黙って腕を組んでいるだけでその意を汲むのは容易ではないが――


「『特に文句はないけど、不安要素は排除しておきたい』って顔だね」


 ロキがシグルドの心を読んだかのように口を挟む。


「シグルドの考えがわかるのか?」


「もちろんさ。ボクとシグは大親友だからね~」


 当のシグルドは、端正な顔が台無しになるほど眉間にしわを寄せてロキを睨んでいる。仲がいいのか悪いのかは謎だが、付き合いは長いらしい。


「まあ、『不安要素』なら心配ご無用。すでに手は打ってあるよ」


 ロキの言葉がなんとなく信用ならないのは、その胡散臭い雰囲気のせいか――と、トマスはシグルドも同じことを考えているような気がして、一瞬ではあるが奇妙な連帯感が生まれた。



「それじゃあ、ミアは――」


 トマスが名前を呼んだ猫の獣人の少女は、彼がこのパーティで最も期待している人材だった。10歳という異例の若さで、勇者ライセンス試験において記録的な成績を残した最年少勇者である。


 そんな<勇者協会>史上に名を残すであろう逸材は、クエストの用紙によだれを垂らしながら寝息を立てていた。


「……ミアぁぁっ!!」


「ふぎゃっ!?」


 トマスの大声で飛び上がったミアは、椅子の上で大きな耳をぴーんと立てながら警戒態勢に入っている。その俊敏さは身体能力の高い獣人ゆえだろうか。


「こんなときに寝るな!! ちゃんとそれに目を通して、内容を把握しておけ!」


「ほえー? ムリだよぉ。ミア、むつかしいことわかんない」


「読むだけだぞ。そんなに長い文章じゃない」


「だってミア、字ぃよめないもん」


 トマスは急性の頭痛に襲われた。


 ミアが来なかったのは本人曰く「へやがわかんなかったから」だそうだが、「会議室」という字が読めなければそれも納得だった。


「……わかった、口で説明する。今回のクエストの現場になるのは沼沢地。ここは2つの商業都市に挟まれていて、それらを繋ぐ道として開発が計画されているが、危険な魔物の棲み処になってしまい、元は美しい湿地だったのが、汚染されて――」


「どーゆうこと?」


「だから、開発の妨げになっている、沼沢地に棲みついた魔物を殲滅してだな……」


「???」


「魔物倒すの!!」


「にゃるほど! わかったー!」


 こんなのは何の説明にもなっていないが、トマスはもはや説明する気力を失い、ため息をつきながら頭を抱える。


 ――「このパーティは最悪だ」って?


 ノエリアはよくわからん人間を崇拝し、ヘルミーナは自信なさすぎで、シグルドは意思の疎通が難しく、ミアは理解力がない。


 畜生、反論できねぇ!! どうやってまとめりゃいいんだよ、こいつら!!



「んー?」


 ミアの耳がドアの向こうにぴくりと動く。何かを察知したようで、くんくんと小さな鼻でにおいを探っている。


「人がいっぱいくるよ。おきゃくさん?」


「客? そんなの呼んでないぞ」


 トマスが顔を上げると、「ふふふ」というロキのわざとらしい笑い声がした。


「さっき言っただろう? 『手は打ってある』って。実は助っ人を呼んだのさ。なんと、あの<スターエース>にも認められた実力のあるパーティだよ」


「<スターエース>って、Sランクのか! なんて名前のパーティだ?」


「<ゼータ>」



 Sランクパーティの名を出されて胸を躍らせたトマスが即座にフリーズする。


 ――<ゼータ>? Z? Zランク? 俺たちより、下……?



「君の考えてることはわかるよ。『Z』で始まるパーティ名はありえない。でもね、彼らは特別なんだ。個々の能力は恐ろしく高いけど、何かしら問題を抱えたメンバーが集まってる」


「そんな連中で大丈夫なのか?」


「もちろん。そこのリーダーは一見すると戦闘能力もない普通の女の子だ。でも、実は一番の化物は彼女なのさ。クセの強すぎるメンバーたちを軽くまとめあげ、全員が彼女に忠誠を誓っている」


 ロキの語り口はどうにも胡散臭く、にわかには信じがたい話だった。しかし、完全に嘘とも言い切れない。



 慌ただしい足音が近づくと同時に、バン、とドアが開く。


 そこにいた5人は――顔に大きな傷のある大男を始め、見ただけでその強さが伺えるほど、ただ者ではないオーラを放っている。


 トマスがその雰囲気に圧倒されていると、ドアを開けた大男は部屋を見回し、開口一番にこう言った。



「ここにもいねぇじゃねーか、あのポンコツ女ァ!!」

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