第二部

#9 EXストラテジー

最悪のパーティ

 6つの椅子に、6人の勇者。


 彼らはただの「勇者」ではない。貴族や位の高い軍人、あるいはその子女であり、全員がエリートの地位にふさわしい実力を持っている。


 実際にAやBなどの高ランクパーティで活躍していた者や、勇者ライセンス試験で記録的な成績を出した者など、その能力は実証済みだ。


 この人選ならば、最強の勇者パーティを作ることも夢ではない。

 この中で最も高貴な身分であるリーダーの男は、そう信じていた。


 つい、先刻までは。



「ああ、どうしてわたくしがこんな冴えない男の下で働かなくてはいけないのかしら! ただでさえ敬愛するお姉様と離れ離れになって、悲嘆に暮れていたところですのに」


 きつそうな釣り目をぱっちり開いたツインテールの少女は、不満を隠そうともせず口に出しているが、元はAランクパーティのリーダーを務めていた優秀な魔法剣士である。



「あ、あの……わ、私、本当にここにいて、いいんですか……? か、帰ったほうが、いいですか……?」


 おどおどした気弱そうな顔をウェーブがかった長い黒髪で包んでいる少女は、なぜか大きなウサギのぬいぐるみを抱えているが、元はBランクパーティの優秀なヒーラーである。



「……」


 長身で淡い緑の短髪の整った顔立ちをした男は、どうやら一切他人と口を利かない主義らしいのだが、元はハイエルフの国で将軍をしていたという優秀な弓使いである。



「んむぅ~……そろそろおねむだよぉ。むつかしい話わかんないから、ねてていい?」


 短い毛をぴょんぴょん跳ねさせた、大きな猫耳を持つ幼い少女は、眠い目をこすっているが、帝国軍の将軍を父に持ち、自身も高い戦闘能力を誇る優秀な獣人である。



 すでに先ほどまでの自信をほとんど喪失しそうになっているリーダーの男は、全員が集まるまでの間、自分と議論を交わしていたダークエルフに目を向ける。


 彼はいつも通りの皮肉っぽい笑みで、さんざん繰り返していた言葉をトドメの一撃のようにぶつけてきた。



「だから言っただろう? 『このパーティは最悪だ』って」



  ◆



「このパーティは最高だ」



 まだ2人しかいなかった会議室で、新しいパーティのリーダーに抜擢されて胸を膨らませている男――トマス・フォルティスは堂々と言ってのけた。


 本人も自覚する目つきの悪い三白眼は今は意欲に満ちており、無造作なヘアスタイルは「勇者らしさ」を追求した気合の現れだった。



「これ以上の人選があるか? いったい何が不満なんだ、ロキ」


 名前を呼ばれても冷ややかな眼をまったく変えず、長い銀髪の後ろで手を組みながら、ロキは横目でトマスを見る。


「もちろん見た目はいいさ。本当に外見も含めて、いいのが揃ってる。でもねぇ、最高級の食材を揃えたからって、最高の料理ができるわけじゃないだろう?」


「そこは料理人、つまりリーダーの腕の見せ所だ」


「初心者が手を出す代物じゃないね」


「戦略戦術、魔族のこともしっかり勉強してきたし、メンバーのことも覚えてきた」


「理論と実践は別だよ」


 長命のエルフにとって、19歳のトマスはまだまだお子ちゃまに見えるのか、やれやれと肩をすくめている。


「……そりゃ、知識も経験もお前のほうが上だろうけどな、情報屋。リーダーが仲間たちを信頼しないでどうする。このパーティは最高だ、ってな。あと敬語使えよ、こちとら皇子だぞ」


「申し訳ございません、トマス皇子殿下。あなた様は親しみやすくていらっしゃいますゆえに」


「やめだ。逆に嫌味だ」


 皇子という立場にもかかわらず、周りから馴れ馴れしげな態度を取られることの多いトマスだが、なぜかロキにやられると無性に苛立ってしまう。


 親しげに話してはいるものの、そんなロキのことをトマスはほとんど何も知らない。ダークエルフであること、おそらく自分よりはるかに年上であること、情報屋であること、そして言動がとにかく鼻につくこと、それくらいだ。



「逆に聞くが、この俺にお前の言う『最悪のパーティ』を用意して、何のメリットがあるんだ?」


「何? 君はすべての人間が君にとってプラスになることをしてくれると思ってるのかい?」


 ロキは大げさに呆れてみせる。


「地位が高ければ高いほど、敵も多くなるものさ。皇子様に消えていただきたいと考える人間なんて、大勢いる」


「それがカタリナだとか言うつもりじゃないよな」


 トマスはじろりとロキを睨む。もちろん、奴が動揺などするはずがない。


「そりゃあ、皇子様の妹君は可憐でお優しくて、そんなことをお考えになる方じゃないってのはわかってるよ? でもね、本人じゃなかろうと、カタリナ皇女殿下に帝位についてほしい人間は腐るほどいる」


「嘘つけ。お前はカタリナのことも疑ってる」


「信用できる証拠がない限り、とりあえず疑うのがボクの性分でね」


 ロキだけがそうなら、トマスもそこまで神経質になることはなかった。


 しかし、「カタリナ皇女が兄のトマス皇子を陥れて帝位簒奪を企てている」という噂は、人々の間にある程度の広がりを見せている。


 父である皇帝がまだ正式に世継ぎを決めていないこと、トマスが突然勇者として新しいパーティを任されることになった事実が、その噂を後押ししていた。


 当のトマスは、何の前触れもなくリーダーを任されたこの状況に関して、「我が国が誇る勇者制度の威信を知らしめるため」という大義をそのまま鵜呑みにしている。



「とにかく。俺が上手くやれば、カタリナへのあらぬ疑いも晴れるわけだ」


「上手くやれないように妨害してくる連中の存在をお忘れなく」


「お前のことか?」


「心外だなぁ。これでもボクは君がコケないように、あらゆる手を尽くしたつもりだよ」


「それでも最悪だってのか」


「ああ。間違いなく、このパーティは最悪だ。だって、現に――」


 ロキは周りの空席を見回す。



「集合時間はとっくに過ぎてるのに、ボクら以外だーれも来てない」


 その事実を告げられると、トマスはぐうの音もでない。

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