ダメなリーダー

 横長のテーブルを挟んで向かい合うのは、これで2回目。あのときと違うのは、ゼクさんがテーブルに足を乗せていないことと、私に笑っていられる余裕があることだ。


「……何ニヤついてんだよ、薄気味悪ィ。言っとくが、楽しい話はなんもねぇからな」


「あ、ごめんなさい。そういう意図じゃなくて……なんか、感慨深いなぁって。今日はお行儀がいいんですね」


「うるせぇ」


 2度目の面談。脱獄事件のことや<アブザード・セイバー>のことを聞くため、というのが名目で――本音は、私がただゼクさんと話したいだけ。


「で、何が聞きてぇんだ?」


「えーと、じゃあ……ゼクさんの好きな食べ物、何ですか?」


「骨付きの肉にタバスコぶっかけて……ふざけてんのか、テメェ!!」


「あはは、すみません」


 早速の職権乱用に、鋭いつっこみが飛んでくる。辛いものが好きなんだ。そういえば、いつか料理が真っ赤になるほどタバスコをかけていたことがあったっけ。私は料理下手だけど、覚えておこう。


「まずは、そうですね……ゼクさんが魔界にいたときのこと、知りたいです」


「今も昔も変わんねぇよ」


「え?」


「俺は半分人間だからな。他の兄弟どもと違って、ずっと檻にぶち込まれて生活させられてたんだよ。お袋と一緒にな」


 顔の真ん中の大きな傷跡に皺を集めて、うんざりしたように話す。その裏には、数え切れないほどの暗い澱みのようなものが隠れている気がした。


「お袋はよく言ってたよ。あれよりひでぇ牢屋の中で、ボロボロにやつれて、それでも『勇者様が助けに来てくれる』ってな。だがいくら待っても来なかった。それで俺は思ったんだよ。人間の勇者なんてクソの役にも立たねぇザコだってな」


 勇者は――私たちは、いつだって手遅れ。ロゼールさんもそんなことを言っていた。


 オークたちのいた廃城に囚われ、死んでしまったあの女性たち。ゼクさんのお母さんもまた彼女たちと同じような目に遭っていて、それを檻の中でただ傍観するしかなかったとすれば――あれほどまで、魔族を憎む理由がわかる気がした。


 自然と私たちの表情は曇っていたが、ふいにゼクさんが何か思い出したように眉間の皺を緩め、ニヤリと口元を綻ばせた。


「――ああ、城まで来た勇者はいたぜ。お袋が死んだずっと後だがな。そいつは珍しく骨のある奴だった」


 その笑みで、私も言わんとしていることを察した。


「……それが、お兄ちゃんだったんですね?」


 お兄ちゃんたちのパーティが魔王城まで辿り着いていたのなら、ゼクさんと会っていてもおかしくない。


「俺はエリックと戦ったんだぜ。どっちが勝ったと思う?」


「お兄ちゃんですね」


「即答すんじゃねぇ!」


 申し訳ないですけれど、私は昔からお兄ちゃんが世界で一番強いと信じていますので……と、口に出したら失礼だし、こっそり心の中で呟く。


「……まあ、正解だ。ちなみにこの傷は、エリックにつけられたんだ」


「え、兄がすみません」


「なんでテメェが謝ってんだよ」


 強面に拍車をかけているような傷痕も、その経緯を知れば見え方も変わってくる。ゼクさんが強いのはいっそ嫌になるくらい承知していたことだけど、それでもお兄ちゃんのほうが強かったんだ。そっか、そうなんだ……。


「言っとくがな、あんときは俺も今よりは弱かったし、あいつの仲間もまあまあ強かったんだ。で、ほぼ互角だったんだからな。今やったら絶対俺が勝つ!!」


「はいはい」


「……むかつく言い方だな」


 なんだかすねてる子供みたい、なんて思ってまたクスリと笑うと、ゼクさんはますます不機嫌そうになる。それがまた幼く見えて、また笑っての繰り返し。


「それでお兄ちゃん、なんて言ってました? 何も言わずに立ち去ることなんてないですもんね」


「まあな。あの野郎、俺にトドメ刺しやがらねぇで……普通に話しかけてきたよ。俺は頭来て、お袋を引き合いにだして勇者がいかに役に立たねぇか言ってやった。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」


 ちょっと考えただけで、お兄ちゃんの言いそうなことが自然と浮かんでくる。


「んー……。『これが終わったら、君のお母さんのお墓を作りに来るよ』かな」


 ゼクさんの三角の目がみるみる丸みを帯びて、紅い瞳がありありと映える。


「ハッハッハッハッハ!! マジかよ、お前ら兄妹揃ってバカだな!!」


 こんなに笑ってるの、初めて見た。だからバカにされたのを怒る前に、私もつられて笑ってしまう。


「だってお兄ちゃん、私が拾ってきたダンゴムシにまでお墓作ってましたもん」


「ダンゴムシってなんだよ!」


 大きな肩がぷるぷる震えて、テーブルにぐらぐら振動が伝わる。私は生き物全般が大好きなんだけど、たぶん田舎者ならではの感覚なんだろう。


 でもそうか。それでゼクさん、廃城でお墓作るときもあんなに協力的だったんだ。

 今思えば、初めての面談のときにお兄ちゃんを侮辱したのも、「何勝手に死んでるんだ」というような怒りの現れだったのかもしれない。


「それで、どうしてゼクさんはこっちの世界に?」


「アモスの野郎が俺に泣きついてきやがっただろ? それだけエリックが奴らの戦力をめちゃくちゃに削いでくれたんだよ。俺は奴らに付き合うなんてうんざりだったからよ、出てってやったんだ。今度は俺が勇者になって、親父どもをぶっ殺そうと思ってな」


 もしかしたら、彼は自分の母親が待ち望んでいたものに自らなろうとしたのかもしれない。


「それで、<アブザード・セイバー>に入ったんですね」


「ゴロツキだらけのパーティで経歴不問だったからな。アホばっかでよ、魔族ぶっ殺しては酒飲んで騒いで……悪くはなかったがな」


「賭けるんですよね、誰が一番戦果を挙げられるかで。それで喧嘩になっちゃうって」


「よく知ってるじゃねぇか。まあ、喧嘩じゃ俺は負けたことなかったけどな」


 ふん、と誇らしげに鼻を鳴らす姿にまた呆れてしまいそうになったが、徐々に表情に陰りが見えてくる。


「だが……マジでツキに見放されたな。俺の素性がバレちまって……あんときゃ、誰も俺を信じちゃくれなかった」


「殺すつもりはなかったんでしょう?」


「まあ……最初はな。手ぇ抜いてやり切れる相手じゃなかったんだよ」


「正当防衛ですよ。やっぱりゼクさんは悪くなかったんですね」


「……」


 ゼクさんは黙ったまま私を見る。母親譲りであろう白い肌にくっきり浮かぶ赤い瞳が、宝石みたいだった。


「――なんでお前、そこまで俺のこと信用できるんだ?」


 不可解そうな瞳に、真剣な声色。なんで、と問われてもぱっと答えは出てこない。


 そりゃあ……初めて会ったときは本当に怖くて、慣れないことを任された不安もあって、仕事やめたいなんて思ったこともあった。でも――


 何度も私を助けてくれた。スレインさんにまんまと乗せられていた。廃城でお墓を作ってくれた。魔人の手にかかった村人たちを助けようとしていた。錯乱していたヤーラ君を正気に戻そうと話しかけてくれた。合同作戦で一番戦果を挙げようとしてくれた――たぶん、私のために。


 ああ、私の気持ちは最初から変わっていなかったのかもしれない。

 職員になる前からずっと、お兄ちゃんみたいな勇者を助ける仕事がしたかったから。


「最初は怖かったけど……ゼクさんのことは嫌いじゃなかった。むしろ、うまくやれない自分のほうが嫌でした。でも、今は――パーティのみんなのことは大好きだし、ヘッポコだけどリーダーやってる自分も結構好きです」


「……お前がどうしようもないお人好しのアホってことでいいか」


「そうですね。私、イカレてますから」


 ゼクさんはくくっと小さく笑う。自分で言ってたくせに。


「お前みてぇにどうしようもねぇ奴は、俺がいないとダメだな」


「はい、ダメです」


 自信満々に断言したせいか、笑いを通り越して呆れているようだ。彼はそんな頼りないリーダーに淀みのない真っすぐな目を向けた。



「一緒に魔王ぶっ殺そうぜ、リーダー」



 ああ、本当にゼクさんは「美しいお姫様」の息子なんだな――その笑顔を見て、実感する。


「じゃあ、リーダーとしてのお願い聞いてもらえますか」


「何だよ」


「その首輪、ぶっ壊してください」


 大きな手が金属の塊をぐっと掴むと、バキッという派手な音を響かせて、それは砕け散った。

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