#8 ZETA
勇者ライセンス
ドワーフ。背は低いが身体は屈強で、いかめしい顔つきに長い髭をたくわえた、職人気質を絵に描いたような種族。性格は概して気難しくて荒っぽく、高潔なエルフとは仲が悪い――と、言われている。
協会専属の職人さんも全員がドワーフで、私は用があってその親方に会いに来ている……んだけど……。
「<ホルダーズ>を作り変えるの? いいよー! オイラもなんかああゆうの、好きじゃなかったし!」
何この可愛い生き物。
確かに小柄でずんぐりむっくりだけど、モコモコの白い髭で包まれた顔からは、垂れ下がった温和な目しか見えない。声も高めで全身から和やかオーラを放出しており、作業場の周りにも彼の作ったらしい小さなぬいぐるみがそのオーラを増幅している。
そして壁の目立つ場所に、仕事の心得らしき張り紙があって――『いいものをつくろうね』『なかよくしようね』『おそくなるまえにかえろうね』と丸みを帯びた手書き文字が並んでいる。
親方ことビャルヌ・ミッケさんは、私の抱いていたドワーフのイメージを粉々にぶち壊してくれた。
「オイラねー、ほんとは人を傷つけちゃうような魔道具は作りたくなかったんだー」
「別に、あの痛みを与える機能はなくていいですよ。結局あれ、使わなかったし」
「そうなんだー! 君は優しいんだね!」
口元は雲みたいな髭に隠れて見えないが、にこにこ笑っているのはすぐに伝わってきて、こっちまで自然と顔がゆるゆるに綻んでしまう。
「それで、位置のマッピングと連絡を――私が一方的にやるんじゃなくて、全員が自由に使えるようにしてほしいんです」
「いいよー。形はどんなのにする? 手に持つか、アクセサリーみたいに身に着けるかー……あ、ぬいぐるみの飾りつける?」
「お任せでいいんですけど……うちのパーティ、ぬいぐるみが似合う人あまりいないので飾りは遠慮します」
ゼクさんがクマのぬいぐるみとかついた魔道具使ってたら、私笑いを堪えられる自信がない。
「いいこと思いついたよ! エステルちゃんたちのメンバーさん一人一人に合わせて、一番似合いそうなやつを作るの!」
「いいですねぇ! でも、そんな手間かけさせちゃって大丈夫ですか?」
「オイラそのほうが楽しいからいいんだー。メンバーさんの特徴教えてー? あ、マリオくんは知ってるよー。お友達になったの! お人形さんのダンスがすごかったー!!」
そういえば、前に糸の魔道具が壊れたときに直してもらったんだっけ。マリオさん、ちゃっかり友達になって芸まで披露してあげたのね。
そのままビャルヌさんと新しい魔道具のデザインを話し合った時間は、ここ最近の疲労やストレスがすべて吹っ飛ぶほどの天国みたいなひとときだった。
◇
「ああーっ! ついにあの承認欄に、最後の判子が押されようとしているーッ!! いよいよエステルちゃん率いる<ゼータ>が、正式に誕生してしまうのかーッ!!」
「やかましいぞ、レミー」
パーティ管理課のオフィスでは、淡々と書類を処理するドナート課長と、その手元を食い入るように見つつやたら大声で実況解説するレミーさんの温度差の激しいやり取りが繰り広げられている。
ゼクさんの傷害・脱獄容疑でパーティ立ち上げも保留になっていたが、無事に無実が証明されたので、これで名実ともに<ゼータ>成立という運びになる。といっても手続きは課長らしく機械的に進んでいくものだから、あんまり実感らしい実感が湧かない。レミーさんと違って。
「だってよぉ、記念すべきエステルちゃんの旅立ちだぜ? 気合も入るって――」
ドナート課長は悦に浸るレミーさんを無視して、ドン、と判子を押した。
「だーっ!! お前、そんな感慨も風情もない……!!」
「よくやったな、エステル」
「ありがとうございます」
課長はいつも通りの淡白な調子ながら、珍しく私を褒めてくれた。
「それから、これを」
「……?」
差し出されたのは、1枚の小さなカード。書類もまともに読めない私でも、即座にそれが何であるかがわかった。
「勇者ライセンス……?」
「勇者パーティのリーダーとしての実績が上層部に認められて、特別に発行された。<スターエース>のリーダーの推薦もあったことだしな」
「おいおい~。これのために上の奴らにしつこく頭下げてた、カタブツ眼鏡くんのことにも触れてやれよ~」
「え?」
レミーさんの得意げな流し目の先に、バツの悪そうな課長の顔。
「課長、私のために?」
「その、なんだ……。パーティリーダーをやるうえで、それがないと不便だろう」
「おっとぉ~? 素直じゃないですねぇ、オーランドくぅん。正直に言えよ、『大切な部下のために、一生懸命努力して勝ち得たものなんだッ!』ってな」
「いい加減黙れ、レミー!」
改めて、手のひらでチラチラと輝く小さなカードに視線を落とす。
これを取得するためには、戦闘能力はもちろん魔族についての知識や特殊技能、勇者としての適性など、あらゆる資質が問われ――って考えるとゼクさんとか戦闘力だけでこれを取ったのかな。
まあ、とにかく、私なんかでは人生100周くらいしても手の届かない代物だということ。
それが今、この手の中にある。ドナート課長のお陰で。
「……私、課長に嫌われてると思ってました」
「何?」
「だって、あんな扱いの難しい人たちをわざわざ新人の私に振って……新手のイジメかなって」
課長は史上最大級の渋面で眉間を陰らせ、レミーさんの馬鹿笑いと綺麗なコントラストを演出した。
「俺はな! ちゃんとお前にリーダーとしての素質があると思って任命したんだ!!」
「そ、そうなんですか? 仕事ができなさすぎて追い出されたのかと……」
「そんな遠回しなことをするか!! それに、お前が仕事ができないなんて思ったことはない!!」
「え!? 私、あんなにミス連発してたし、全然書類とか読めないし――」
「新人がミスをするのは当たり前だ。そこに腹を立てたことはない。あとな、君は確かに文字の情報を覚えるのは苦手なようだが、俺が指摘したことは二度と間違えてなかったぞ」
「そうでしたっけ?」
「自分のことだろうに……」
きょとんとしたままの私の中では、物覚えが悪く仕事ができないという自己イメージが刷新されて、ちょっとした自信がじわじわとにじみ出てきていた。
一方で私の長所を熱弁してくれた課長は、普段あまり大声を出さないせいか、肩で息をしていた。
「そんなふうに言ってくれると、私、課長の部下で良かったなぁって思います」
「……そうか」
「おっ。オーランド・ドナート30歳独身、春が来る」
「その口縫い付けるぞ」
「へへっ。このよーに、オーランドは人を見る目は確かなんだよ。エステルちゃんが全員採用したのも、人選が良かったっつーのもあるだろ?」
「確かに。みんないい人でしたもん」
「……そこまで好意的に受け取られるとは思わなかったがな」
「だが、中でも最大の功績は、このレミジウス・ダンという男を見出したことにあるといっても過言ではないっ」
「お前と知り合ったのは生涯の恥だ。どう考えてもエステルのほうが才能がある」
「ぐぬぬ……」
普段の課長からは想像もつかない褒め言葉を浴びせられて、だんだん頬が火照ってきた。
そうか。この人はちゃんと周りの人間を見てくれる人だったんだな。ただ、伝え方が不器用なだけで。
「まあ、油断はするなよ。俺も尽力したが、まだ<ゼータ>を認めていない者も少なからずいる」
「それはもう、今までも散々……。Zランクですしね」
「ん? <ゼータ>は特別枠で、ランク付けはなされていないぞ」
「そうなんですか? 結構言われましたよ。『底辺パーティ』とか」
「なにぃ? どこのクソ野郎だ、このレミー様がぶっ飛ばしてやる」
「<オールアウト>のリーダーとか」
「うわ、嘘です会長大好き」
「……そうだな。説明しない俺が悪かった」
課長は半ば呆れ、半ば自戒をこめたように1つため息を挟む。
「<ゼータ>――『Z』とは最後の文字だろう。だから、『これ以上はない』という意味でつけた名前なんだよ」
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