近衛騎士団長

 帝都の街並みが近づいてくるにつれて、まだ残されている問題が意識に上ってくる。そもそもゼクさんが指名手配中で、無事に戻れるかわからないということだ。


 とりあえず、ゼクさんだけを残して先にそれ以外の全員で門をくぐってみることにした。

 城門に近づいていくと騎士団と思しき人々の集団が見えてきて、だんだん胸騒ぎが大きくなる。


 そのうち、待ち構えている騎士たちがただの騎士ではないことに気がついた。集団の中心にいる人には、どこか見覚えがある。


 それは、スレインさん――に、よく似た人。


 スレインさんと同じ兜から、同じく鋭い眼光で私たちを見据えている。でも、その眼に敵意は感じられなかった。

 兜を脱ぐと短い金髪がいったんふわりと浮いて、爽やかな七三分けに収束していく。顔つきも瓜二つと呼べるほどそっくりで、きりりと吊り上がった凛々しい両目が露わになった。


「私は近衛騎士団長ラルカン・リードだ」


 朗らかに響く声から、私は彼の素性を知る。話に聞いた、スレインさんのお兄さんだ。やっぱり兄妹揃ってイケメン。


「君の仲間に、ゼクという白髪の男がいなかったか」


「あっ……え、えーと……」


 どうしよう。スレインさんのお兄さんとはいえ、ここでゼクさんを出していいものか――と、迷っていたのをラルカンさんに悟られていたらしい。


「安心してほしい。妹から事情は聞いている。私たちは君たちの味方だ」


 ロゼールさんやマリオさんが何も言わないので、ひとまずラルカンさんを信用してゼクさんを連れてくることにした。


 特に人目を忍ぶ気のなさそうなゼクさんは、ラルカンさんに会うなりジロリとガンを飛ばしている。この場にスレインさんがいたら怒るかもしれない。


「ゼクというのは君か?」


「ああ。近衛騎士サマが何の用だ」


「結論から言おう。憲兵隊に代わって君の指名手配を取り下げ、無罪放免とする」


「え?」


 話が早すぎて、私は拍子抜けしてしまった。


「どこまで聞いてるんだい?」


 マリオさんはあえて調子を合わせているのだろう、ラルカンさんに勘繰りを入れる。


「すべてだ。魔人をこの帝都に引き込み、彼とスレインを襲わせ、彼に罪を着せた者がいる。それが、憲兵隊の総隊長だということもな」


「……ええっ!?」


 なぜか黒幕が憲兵隊で一番偉い人だということになっている。私が意外そうな表情を見せたからか、ラルカンさんは説明を続けた。


「知らなかったのか。奴は以前にも彼が魔族の内通者だという偽の情報を流し、彼のパーティを瓦解させたんだ」


 要するに、スレインさんはそういうシナリオを考案し、自分のお兄さんに伝えたらしい。


「許されざる事態だ。帝国軍はこれを重く受け止め、総隊長を厳重に処罰する予定だ。そういうわけで、今は憲兵隊の職務の一部を我々近衛騎士団が代行している」


 スレインさんが上手く立ち回ってくれたおかげで、直近の課題があっさりと解決した。大人しく寝ていなかったことでロゼールさんが怒りそう……というか、すでに不機嫌度マックスなのが全身から伝わってくる。


「そういうわけで、我々が彼の事情聴取を行うことになっているんだが――今、手隙か?」


 私とゼクさんは顔を見合わせる。


「いいですよ。私、協会のほうで待ってますから」


「……おう」


「時間を取らせてすまないな。そうだ、兄として挨拶が遅れてしまった。いつも妹が世話になっている」


「いえいえ、こちらこそ。スレインさんにはいつも助けられていますから」


「大事な妹だからな。これからもよろしく頼むよ」


 なぜかはわからないけれど――不意に、私は得体の知れない強烈な違和感のようなものに襲われた。

 ラルカンさんの顔を見る。友好的で綺麗な笑顔。だけど、この妙な感覚はなかなか消えない。


「どうした?」


「いえ、何でも……」


 ゼクさんと近衛騎士団の背中がだんだん遠ざかっていくのを見送りながら、私はこのすっきりしない気分を持て余していた。



  ◇



「ちょっと~、アンナ久々に激おこなんですけど」


「私も普通に激おこだわ」


「あたしは怒るというより呆れてるけどね」


 アンナちゃん、ロゼールさん、カミル先生の3人に詰め寄られて、スレインさんは居心地悪そうにしている。


 ゼクさんが連れていかれた後、ヤーラ君はレオニードさんたちに説明に、マリオさんはよくわからないけど野暮用に行ってしまい、私は時間もあるのでロゼールさんと診療所に様子を見に来たのだけど――


「スレインさん……脱走したって本当ですか?」


「いや、兄上がお忙しい身でこちらに来られないと――」


「言い訳しないでちょうだい」


「……申し訳ない」


 ロゼールさんはズバリと厳しく言い訳を斬り捨てる。無理が祟ったせいか、それとも3人の圧のせいか、スレインさんは少し顔色が悪くなっている。


「先生さん、今度この子が来たときは薬で眠らせてちょうだい」


「いいけど別料金取るわよ」


「やめてくれ! もうしない!」


「いいえ。あなたはたとえ全身の骨が折れてても、あのお兄さんの一声があれば真っ先に駆けつけるわよ。このブラコン」


「……」


 にべもなく、一蹴。今回はスレインさんが悪いので、庇えない。合掌。


「ちなみに、兄上サマもイケメン?」


「顔そっくりでしたよ。笑顔の爽やかな人です」


「わ~おぅ。アンナがその人とお近づきになればぁ、兄上サマもこっち来てくれてぇ、オール解決じゃね?」


「すまないが、兄上は既婚者だ」


「ん~、失恋のつらみ!」


 アンナちゃんはどこまで本気だったのか、おでこをぺちんと叩く。申し訳ないけれど、あの生真面目そうなラルカンさんとでは相性が悪そうだ。


「そうだ。謝っておかなければいけないことがある」


「あら、これ以上罪を重ねるのね」


「悪かったと言ってるだろう。実は今回の件でロキにも協力してもらったんだが――見返りを要求されてな。エステルに頼み事があるらしいんだが、勝手に了承してしまった」


「別にいいですよ、それくらい。何をすればいいんですか?」


「まだ聞いていないんだ。近々説明しに行くらしい」


 ロキさんは自分で「神出鬼没」って言ってるくらいだし、また突然現れたりするんだろう。

 そこでふと、カミル先生が露骨に不愉快そうな顔をしているのにぎょっとした。


「……何? あなたたち、ロキに目ぇつけられたの?」


「先生、ロキさんのこと知ってるんですか?」


「ええ。あんな奴に義理立てする必要はないわ。人の弱みを握って思い通りに操るのが趣味のクソ野郎よ。あいつ、アンナたぶらかしてあたしの個人情報根掘り葉掘り聞きだして……ああ、腹立ってきた」


「エッヘ~、たぶらかされちゃいましたぁ。アンナ、一生のフカク!」


 テヘッと笑って舌を出しているその姿に反省の色は皆目見られないが、カミル先生は文句も言わない。言ったところで、と諦めているのだろうか。


「じゃあ、エステルちゃんも危ないわね。あの人形男に暗殺してもらおうかしら」


「あたし手を貸すわ」


「カミル先生まで……。まだロキさんが何かしたわけじゃないのに」


「何かする前に手を打つの」


 いつもは無気力に垂れ下がっている目が、今はギラリと警戒心に燃えている。よっぽどひどい目に遭ったのだろうか……。


「スレインさんのほうは、ロキさんに『お代』支払ったんですか?」


「それも聞いてたのか。そうだな、少しラックの話をしてやった。自分の家は死んでも売らん」


「ああ……」


 これでロキさんはラックたちの弱みを握ったことになるんだろうか。なんというか、ご愁傷様。


「気をつけなさい、どこで何聞いてるかわからないからね。……ったく、信じられないわ、あんなのが協会職員だったなんて」


「……ええっ!?」


 ロキさんが協会職員……私の同僚!? いや、元がつくのかな。元同僚?


「知らなかった? あの男、元は調査部の調査員だったのよ。お似合いでしょう?」


 そういえば、と記憶を手繰る。魔界のゲートの秘密を発見したけど、クビになったという調査員の話をロキさんから聞いたのを思い出した。あの調査員って、自分のことだったのか……。


 1つ驚きの事実を消化したところで、時計を見た。そろそろ良い時間かもしれない。


「あら、エステルちゃんもう行っちゃうの? もう少しゆっくりしててもいいのに」


「私、ロゼールさんみたいに遅刻したくないので」


「うふふ。あなたに嫌味を言われるなんて、光栄だわ」

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