パーティ未成立

 兜を脱いだ英雄は、帝都の川べりで釣りをしていたのんびり穏やかなお兄さんの顔に瞬く間に変貌した。その温和な微笑みがだんだんと崩れて、ふるふると肩が震え出す。


「ぶっ……あっはっはっはっは!! いやー、笑い堪えるの辛かったー!!」


 アルフレートさんの大笑いにつられて、あとの2人も堰を切ったように凛々しい空気を解いた。


「アルフ、ひっどー!! わざわざ正体隠してさぁ。女の子たぶらかしてんじゃないわよ!」


「つーか何お前、また釣り行ってたのか? ホント趣味がジジイだよなぁ!」


 さっきまでの厳かな雰囲気はぐるりと反転して、一気に場がゆるゆる空間に変貌する。


「うっさいなー。違うんだよ、からかうつもりはなくて。ほら、俺たちイメージが大事だからさ。帝都でのんびり釣りしてたり、野良猫と遊んでたり、ぼーっと夕焼け見たりしてることをあんまり知られたくないんだよね。君も黙っててくれる?」


「あ……はい」


 私の中の「最強の勇者」像はガラガラと砕け散り、まったり気ままに過ごす田舎風の青年がその座に取って代わった。


「一応言っておくけど、川で君と会ったのは偶然だし、君たちの評価も贔屓目なしでやってるから」


「そうそう、こいつそんな器用な真似できないから。てか<ゼータ>普通に強くない? ミノタウロスの群れ一掃したり、ワイバーンの背中飛び回ったり……ジャイアント凍らすとかあたし絶対無理なんだけど」


「それな! 本陣守ってくれたのも君らだろ? あとオレあれすげぇと思ったわ、魔人を縦にパッカーンて! 薪じゃねンだからさ、どんなパワーだよっつー。アルフ、あれできるか?」


「そもそも俺あんな個性的すぎるパーティ任されたら、全部捨てて田舎に引っ越す」


 どっと笑いが起こる。<スターエース>って、こんなに明るい人たちだったんだ……。見ているこっちまで、気分が和んでしまう。


 それでも最強ランクであることに変わりはないし、そんなすごい人たちが<ゼータ>の戦いを絶賛してくれている。私は何もしていないけれど、仲間たちが褒められるのを聞くのはなんとも誇らしかった。

 話に花が咲いている中で、アルフレートさんがぽつりとこぼす。


「いやー、他人の戦い見てあんなに感動したの、あのエリックさん以来だよ」


「え? アルフレートさん、お兄ちゃんの戦いを見たことあるんですか?」


 お兄ちゃんの名前が出て、反射的に質問を挟んでしまった。会話はぷつりと途切れ、3人が丸めた目をこちらに向ける。


「おっ……ええええええっ!? 君、まさかエリックさんの妹!?」


 今度はアルフレートさんがひっくり返りそうな勢いで驚いている。


「そうですけど……私たちのこと、知ってるんじゃないんですか?」


「いやいやいや、リーダーの君は評価対象じゃないもん! マジかぁ! すっげー! サインちょうだい!!」


「はえ!? 私のサインじゃ意味ないですよ!」


「そ、それもそうか」


 アルフレートさんのあまりの興奮ぶりに、他の2人も苦笑している。


「君も知ってるかもしれないけど、俺の兄がエリックさんのパーティにいたんだ。それで俺もエリックさんに憧れて、勇者になったんだよ」


「……ああ! ベルントさんですか?」


「そう!」


 ベルントさんはお兄ちゃんのパーティにいた魔法剣士で、お兄ちゃんと肩を並べるほどの実力があり、唯一無二の相棒といった感じの人だった。たまに会ったときは、いつも私に優しくしてくれた。

 アルフレートさんの顔をよく見ると、確かに面影がある。ベルントさんのほうが活発な兄貴分って感じの印象があったけれど。


「じゃあ、お兄ちゃんたちが旅立つとき、アルフレートさんもいたんですか?」


「ああ。そうだ思い出した。君、めちゃくちゃ泣いてたよね、あのとき」


「あ……あはは」


 私の見送り号泣事件は、思いの外多くの人に知れ渡っていたらしかった。恥ずかしい。


「でも、そうかぁ……。君の目にはなんていうか……光るものがある。うん、間違いない。君のパーティは成功する! 絶対!」


 アルフレートさんの笑顔は力強く、確かな自信を全身に行き渡らせてくれるようだった。私もそのエールに応えるべく、笑顔で返す。


「ありがとうございます! いずれ、<スターエース>の皆さんも超えてみせます!」


「それはダメ!」


 天幕の中が、笑い声で溢れた。



  ◇



 アルフレートさんの推薦もあってか、<ゼータ>が正式な勇者パーティとして認められることはほとんど決定事項となった。あとは諸々の手続きを済ませるだけ――なのだが。


 想定外のことが起こった。

 改めて考えれば、想定できることではあった。けれど、<ゼータ>の認可が下りるかどうかに気を取られて、その問題を隅のほうに置いたまま忘れてしまったのだ。


 牢屋から無事合法的に脱出した仲間たちは、今直面している問題について話し合うべく、協会の会議室を借りて集まっている。あの忌々しい首輪も外して、連絡機能だけを残した別の魔道具に作り変える予定だ。


 ただし、ゼクさんを除いて。


 メンバーの中で、彼だけは釈放が認められなかった。理由はシンプルで、仲間を3人殺めた罪があるから。パーティには在籍しているが、今まで通りクエストのときにしか出てこられない。

 これじゃ<ゼータ>は不完全だ。全員揃わないと、このパーティは成立しない。


「どうにか罪を軽くすることってできませんかね」


 集まった4人の仲間にダメ元で問いかけてみる。いつも通り笑っているマリオさん以外、一様にあまり芳しくない表情を示した。


「まずその事件についての詳細を知らなければな。どういう理由があって、どのように殺したのか……。本人が説明してくれれば、一番早いんだが」


 こういうときに率先して話を進めてくれるのがスレインさんで、ズバッと切りこんでくるのがロゼールさんだ。


「しないでしょうね。誰にも話せないはずよ、今は」


 ロゼールさんが言うのなら間違いはないだろう。時が来れば話してくれる可能性があるともとれるが、現状では待っている余裕はない。


「手っ取り早いのは、相手にも非があるっていうシナリオにしちゃうことだね。向こうが攻撃してきたとか、魔族に内通してたとか」


 マリオさんが具体的な案を出してくれるけど、ヤーラ君がすかさず反論する。


「マニーさんたちに無実の罪を着せるのは嫌ですよ。先輩たちも納得しないと思います」


 確かに、亡くなった<アブザード・セイバー>の人たちだって悪い人ではなかったと聞くし、名誉を傷つけたくはない。

 結局有効な手段は思いつかず、スレインさんがまとめに入ってくれた。


「……わかった。まずは情報を集めよう。本人から聞くのは難しいだろうから、私が知り合いに当たってみる」


「お願いします」


 ひとまずスレインさんに一任することにして、その日は解散した。



 夕闇に浸された帰路の中、私は一人鉄格子の中で過ごしているであろうゼクさんに思いを馳せた。


 乱暴で粗雑、言葉遣いも態度も悪い。いざ戦えば一騎当千、かわりに魔族を過剰なまでに傷つけてしまう。

 それでも、私が敵に襲われそうになったときは真っ先に助けてくれた。魔物に殺された人たちのお墓を作るのも手伝ってくれた。<エクスカリバー>の人たちにも慕われている。


 悪い人じゃない、絶対に。私は100パーセントの自信をもって断言できる。


 ゼクさんは、悪意があって仲間を殺す人なんかじゃない。きっと、何か表には出せないような複雑な事情があったに違いない。もしかしたら殺したというのは嘘で、無実だということもあるかもしれない。


 まずは彼を牢屋から出してあげること。それが第一だ。

 けれど――それは思ってもみない形で達成されることになる。


 早朝、衛兵さんが牢屋の巡回に行くと、ゼクさんは檻の中から姿を消していて――代わりに、血を流して倒れているスレインさんが発見されたそうだ。

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