最強勇者の素顔

 淡い月光の下に広がる焚火の明かりが、勝利に浸る勇者たちの顔を照らす。

 勇者パーティ連合軍は戦場を少し離れて野営を張っており、戦勝ムードもあってちょっとした宴会みたいになっていた。


 負傷者はいるものの重傷者はおらず、死者もゼロ。魔族の軍団は壊滅。疑いようもない大勝利に、勇者たちはお互いの健闘を称え合い、喜びを共にしていた。


「うえ~~~い!! エステルじゃ~~ん!! どうらった~? 俺の活躍~」


 中には羽目を外しすぎる人もいる。


「レオニードさん……まあ、はい、すごかったですよ」


 真っ赤な顔と片手に持っている泡のはみ出たビールジョッキ、そして漂うアルコールのにおい。相当飲んでいることは容易にわかるが、注意しても意味がなさそうなので黙っておく。


「そうらろ~~? おい、ヤーラ! おめぇもこの俺様を称えろぃ!!」


「……」


 いつもならむっとして小言をつらつら並べ立てるところだろうけれど、ヤーラ君は暗い顔でうつむいたまま爪を噛んでいた。

 その異変に気づいてか、レオニードさんもやや真顔に戻る。


「……どしたんだお前」


「あの……僕、また皆さんに迷惑を……本当に、すみません」


「迷惑なんかじゃないよ。私、ヤーラ君のお陰で助かったんだから。むしろありがとう」


「そんなこと……」


 事実、今回は被害もなく敵を倒してくれたのだから、ヤーラ君は功労者のはずだった。でも、自分が正気を失ってしまうことそのものに罪悪感を抱いているみたいだ。

 レオニードさんも赤ら顔を少し曇らせていたが、片手のジョッキを飲み干してそれをふっ飛ばした。


「え~い、ウジウジしやがってこの野郎!! 飲めぇ!! 飲んで忘れろぃ!!」


 ヤーラ君は当然お酒が飲める年齢ではないはずだけど、レオニードさんの面倒なノリに付き合っていれば、そのうち調子が戻るかもしれない。酒瓶で殴るくらい元気があったほうがいい。


「でも不思議ね~。どうしてあなたはアーリクに狙われないのかしら。……ぷは~」


 気の抜けた声に振り向けば、ラムラさんがジュースと称する飲み物で褐色の頬をほんのりと赤く染めていた。


「まさか、そんな可愛い顔して武の達人か!? オレは守ってあげたくなるコが好きだがよぉ、そ、そういうのも悪くねぇなぁ!!」


 ゲンナジーさんも瓶をラッパ飲みしつつ一人で盛り上がっていて、ラムラさんもクスクス笑っている。


「ヤーラってば、あなたのこと好きなんじゃないの?」


「それはないと思いますけど……」


「可愛いといえば、<クレセントムーン>の女の子たちも可愛かったなぁ~。……ぬあっ!! チキショウ、よりによってボンボン軍団のイケメンにたぶらかされてやがるっ!!」


 ゲンナジーさんの恨みがましい視線を追うと、マーレさんたちに囲まれているスレインさんがいた。


「も~~ホントにカッコよかったです!! ていうか、素顔もカッコいい!! あたし、ファンになりました!!」


「ちょ、ちょっとマーレ! 失礼なことしないでよ!」


 エルナさんの制止にも構わず、マーレさんはぐいぐい迫っていて、さしものスレインさんも困っているようだった。


「その、なんだ。気持ちはありがたいんだが……。私はそもそも女で――」


「そんなの関係ないですよ!! 性別、身分、種族、何であろうとイケメンはイケメンというだけで尊いんです。イケメン皆平等!!」


「ロゼール、君の知り合いだろう。何とかしてくれないか」


 マーレさんの超理論に参ったのか、スレインさんは近くにいたロゼールさんに助けを求める。呼び止められたロゼールさんは、エルナさんに嫌な顔をされたのを気にも留めず、細長い人差し指を顎に当ててうーんと軽く唸ると――すたすたと近づいて、スレインさんの腕にするりと手を通し、抱き寄せた。


「この人は私のものだから、マーレちゃんは手を出しちゃダメよ」


「ええーっ!?」


 マーレさんが興奮気味の声を上げるのと同時、一部の男性陣――なぜかラックも含めて――がスレインさんに嫉妬にギラついた眼差しを注いでいた。


「ロゼール、誤解を招く言い方をするな!」


「あら、あなたが私に助けを求めたんでしょうに」


「うぅ~……いいなぁ、ロゼール。あたしもそっちに入りたい」


「マーレ、正気!?」


「だってぇ、カッコいい人いるし、みんなめちゃくちゃ強いし、リーダーの子は優しいし。<ゼータ>って良いパーティだと思うんだよね、あたしは」


 さらりとこぼしたような言葉。それでも、私の胸にはじんわりと熱が広がっていく。


 追放者しかいない、協調性もない、ランク最下位の、なんなら「底辺パーティ」なんて呼ばれている、私たち<ゼータ>が素直に褒められている。

 それが、たまらなく嬉しい。私のやってきたことは、無駄じゃなかったんだ。


「よお、あんちゃん。すごかったなぁ、ガーゴイルの背をぴょんぴょんって。どうしたらあんな戦い方ができるんだ?」


「落ちないようにバランスを取ればいいんだよ。練習すればできるようになるさ。ところで君、友達になろう」


 マリオさんのところにも、あの見事な戦いに魅せられたらしい人々が集まっていて、順調に友達が増えていく。


「魔人の撃破、見事だったっす!! 弟子にしてください!!」


「しつけぇぞ、ガキ!! どっか行ってろ!!」


 ゼクさんはEランクの少年たちから尊敬の眼差しを浴びていて、珍しく居心地悪そうにしている。


 牢屋で囚人のように扱われていたみんなが、普通に他の人たちと馴染んで、認められている。ただそれだけで、鼻の奥がツンと熱くなってくる。

 感動に浸っているさなか、突然ぽんと肩を叩かれた。


「君、ちょっと来てくれないか」


「わっ!!」


 びっくりして振り返ると、華やかな兜の下に微笑を浮かべるアルフレートさんが佇んでいた。


「驚かせてすまない。話があるんだ」


「あ、いえ、話って……?」


「詳しいことは、中で」


 アルフレートさんはそれだけ残して、涼やかな足取りで天幕へ行ってしまう。私は無駄に緊張しつつも、黙ってその後ろについて行った。



  ◇



 天幕の中には当然<スターエース>の3人が揃っていて、私の緊張はますます大きくなり、全身ガチガチの姿をアルフレートさんたちの前に晒していた。


「何か叱ったりするつもりはないから、そんなに身構えなくてもいい」


「は、はいっ」


 そんなこと言われても、英雄級の勇者3人に囲まれて平静を保てるほど、私の神経は太くなかった。

 とはいえ、作戦会議のときほどの張りつめた空気感はない。そりゃ、この人たちも常にピリピリしてるわけないものね。


「実は、君たちのパーティのことは事前に聞いていた。メンバーたちにかなり特殊な事情があるので、今回の作戦で見定めてほしいと言われている」


 やっぱりアルフレートさんが私たちの評価を決める役なんだ。「特殊な事情」と濁してくれたけど、その内情も詳しく知っているのかもしれない。


「結論から言おう。君たちの働きは素晴らしかった。正式なパーティとして認可されるよう推薦するつもりだ」


 安堵のため息が漏れると同時に、固まっていた身体が解れていった。


「あ……ありがとうございます!」


「実を言うと、君たちならそのくらいやれると思っていた。敵指揮官を討つことも含めてね。ただ、周りが納得しないだろうから、作戦上は俺たちがやるという体にしていただけだ。それでも反対はされてしまったが……。だから、指示を無視したことは気にしなくていい」


「そ、そうだったんですか」


「君もリーダーとしてよくやっている。もっと自信を持っていい」


「いや、そんな……。なんか、そこまで評価していただいて恐縮です」


 ふいに、アルフレートさんの微笑が今まで見たことのないような――それでいて、見覚えのあるような形に変わった。


「謙遜する必要はないよ。言ったろ、君が一生懸命頑張ってるのは俺にも伝わってるって」


「――……え?」


 兜を脱いだその顔は、私の記憶に新しいものだった。


「……えええええええっ!? 釣りのお兄さん!!」

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