Aランクの力

 崖の下には、これから戦闘に向かう勇者たちが並んでいる。ゼクさんたちは最後尾。その後に続く予定の<スターエース>の皆さんは、崖の上の本陣で出番が来るまで指揮を執る。


 そして勇者たちと向かい合うようにして、魔物たちの軍勢が規則正しく整列している。

 通常ではありえない光景に、私を始めとする経験の浅い新人は驚きを隠せなかった。やっぱり魔人だ。魔人が統率している。


 崖の上で待機している私たち後方支援組の多くは、2つの魔道具に釘付けになっていた。

 それは三脚に支えられた望遠鏡だが、普通のそれと違うのは、覗いた景色を巨大な輪に映し出せるという点だ。


 そして、連絡担当の人が水晶でできた魔道具を通じて下の人たちとやり取りをしている。向こうの音声は私たちにも聞こえていた。今は敵の数や配置などを報告しているようだ。


 <ホルダーズ>と似たような道具。だけど、私はあっちのほうがいい。首輪なんかより水晶のほうが綺麗だから。


 望遠鏡がぐるりと首を回すと、輪の映像に先陣を切るレオニードさんたちの姿が現れた。


『……何? 俺らみんなに見られてんの?』


 水晶で説明を受けていたらしいレオニードさんは、そう言うとすぐさま私たちに――つまり望遠鏡に向かって、笑顔とピースサインを作った。


『イエ~イ!! ヤーラ、見てる~? 俺、<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>のレオニード。彼女募集中!!』


『ちょ、何やってんのよ!! 恥ずかしいわね!!』


 画面外からエルナさんの怒鳴り声。さすがのマーレさんも止めに入らない。

 名指しされたヤーラ君は一切見向きもせずに、呆れかえったようなため息をつきながら黙々と薬を精製している。


 呆れているのはヤーラ君だけではない。ここで見ていた人たちからも、「緊張感がなさすぎる」「あれで大丈夫なのか?」などの声が上がる。

 だけど、私もヤーラ君もそういう類いの心配は一切していなかった。


 後ろで座っていたアルフレートさんが立ち上がり、連絡係から水晶を受け取る。


「出撃!!」


 水晶を介さなくても耳に響く、どっと踏み出す足音の大合奏。土煙を巻き上げながら邁進していく勇者たちの黒い塊から、1人だけやたら速いのが飛び出した。


『おーい、前出すぎだよ!』


 マーレさんが注意を促すも、レオニードさんは無視して突っ走っていく。彼の前にはゴブリンの大群。ただの無謀な突撃に見える。


 ゴブリンたちは一斉に武器を構える。対するレオニードさんは、左手の普通のナイフ、右手の義手の先から出た刃で立ち向かおうとしている。


 今にも袋叩きにされそうな局面で、彼はニヤリと一笑を残し、消えた。

 間もなく、ゴブリンたちが血しぶきを巻き上げて地に伏していった。


 誰も目で追えない。見えるのは、切創を受けて倒れていくゴブリンだけ。

 何、このスピード。伊達に"風斬り"とかイタイ異名を名乗ってるわけじゃない。本当に、みんなが到着する頃には片付いてしまいそう。


 だけど、ゴブリンたちも馬鹿じゃない。敵わないとわかったのか、何体かその場から逃げ出していった。

 ――が、その逃亡者たちはなぜか突然がくりと膝をついていった。


『逃がさないわよ~』


 ゲンナジーさんの肩に優雅に座っているラムラさんが、煙管の煙をふーっとなびかせる。ヤーラ君のホムンクルスを弱らせたときの、おそらく相手の力を奪う魔法だ。


『ほらほらあんたたち、早くあれを狩りに行きなさいよ~』


『い、言われなくてもわかっている!』


 ついていくだけでいっぱいいっぱいといった様子のラックたちが、武器を持って弱ったゴブリンたちに向かっていく。


 ラムラさんは親切にも、名目上Aランクのラックたちの手助けをしてあげたらしい。でも、その笑顔に何か裏がありそうに見えるのは彼女の妖しい雰囲気のせいだろうか……。


 一帯を隙間なく塗り潰していたゴブリンたちの大群は、数が減ってまだら模様になった。出だしは順調、このまま……とはいかない。


 第一陣のほうに、流星群みたいに疾走していく影が見えた。

 ダークウルフに乗ったゴブリンたちだった。


『へぇ、俺とスピードで勝負するってか? 上等だぜ!』


 レオニードさんは2本の刃でその群れを迎え撃つ。何体かは地面に転がり落ちるが、散開して通り抜けたのも少なくなかった。


『後ろ行ったぞ、お嬢ちゃんたち!!』


『OK! エルナ、準備はいい?』


『マーレこそ、遅れないでよ!』


 2人の掛け声の直後、豪雨のような無数の矢がゴブリンライダーたちに降り注いだ。およそ1人で射っているとは思えないスピードだ。絶え間なく雪崩れ込んでくる矢の嵐は敵を撹乱するには十分で、斧を携えたマーレさんがその中に突っ込んでいく。


 足止めされた魔物を次々に刈り取っていくマーレさんだが、信じられないことに、あの矢の雨の中にあって1本も当たっていない。他の魔物には何本も突き刺さっているのに、かすりもしていない。


 仲のいい2人だとは思っていたけど、どれほど息が合っていればこんな芸当ができるのか。連係プレーの域を超えている。「ただの誘導要因」なんてとんでもない、れっきとしたAランクの実力を持った2人だ。


 <クレセントムーン>の残りのメンバーはそこから逃れた魔物の担当のようだけど、リーダー2人がほとんど始末しているので、余裕をもって戦っていた。


 でも、敵軍だってやられっぱなしではない。マーレさんたちのいるほうとは別の方向から、今度はひときわ大きなホブゴブリンが派手に地面を踏みつけて来た。

 その群れにいち早く気づいたのはラムラさんで、さして慌てる素振りもなく優雅に褐色の腕をそちらに伸ばした。


『ほら、ゲンナジーの好きそうなパワー系が来たわよ~。早くやっちゃって』


『おーし、任せろ!!』


 女王様のように命令したラムラさんは、ひらりと飛び降りてゲンナジーさんに託した。


『あれぇ? なんでラムラはオレの肩に乗ってたんだぁ?』


『走るのがめんどいから』


『そうかぁ。って、オレを乗り物代わりにすんじゃねぇっ!!』


 などと怒鳴っている間に、ゲンナジーさんのすぐ傍には棍棒を振りかぶるホブゴブリンがいる。ちょっと、早く身を守ってください!!


 が、よそ見をしたままのゲンナジーさんは、片手で軽くその棍棒を受け止めた。

 ホブゴブリンはその太い腕の筋肉を盛り上がらせるが、棍棒はピクリとも動かない。


『ほいっ』


 気の抜けた掛け声でゲンナジーさんがビシッと拳を突き出すと、ホブゴブリンの巨体は大砲の弾のような勢いで吹っ飛んで行った。


 私も周りの人々もぽかんとあっけにとられている。ゲンナジーさんが軽く小突いただけで、大柄なホブゴブリンたちが虫のように潰されていくのだ。力の差は歴然だった。


 ――こうして敵が集まった中央部は、もはや魔物の死骸が敷き詰められているだけの、突破口どころか大空洞となった。

 さっきレオニードさんに不安の声を上げていた人たちも、彼らの凄さに圧倒されて沈黙している。


「十分すぎる」


 小さく呟いたアルフレートさんが、兜の下から私のほうを一瞥した気がした。


 私は自分が次にとる行動を察して、<ホルダーズ>を開いた。これを使うのが今日で最後になりますように。


「皆さん、出番です」


『待ちくたびれたぜ』


 この中で一番ランクの低いパーティが、物々しい足取りで前進していった。

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