最強の最低ランク

 敵の第二陣には、さっきのゴブリンたちよりも上等な魔物たちが控えている。数としてはゴブリンたちよりは少ないものの、どれも1人で相手にするには厳しい敵ばかりだ。


 対するは、得体の知れない、作戦もメチャクチャな最低ランクパーティ。「本当に大丈夫か」という懸念が周囲の勇者たちから漂ってくる。


 大丈夫ですよ。心の中で答える。

 私は<ホルダーズ>を閉じた。もうリーダーの指示なんて必要ないから。みんなが私に伝えるべきことも、もうないだろうから。


 まったく揃わぬ足並みで、4人の勇者が前進する。待ち構える魔物たちの眼に宿る殺気が、遠くにいる私にまで伝わってくるようだった。


 一番槍は、あの中で最も足の速いスレインさんだ。


 屈強な肉体に斧を携えた、立派な角を持つ牛の頭の魔物たちが、土煙を引きずりながら細身の騎士を飲み込もうとしている。


 その直前のところで、スレインさんは光が屈折するように軌道を変え、直進してくる敵の塊の脇に素早く回り込んだかと思うと――その中を引っ掻き回すように、文字通り斬り抜けていった。


 側面から、背後から、真下から、真上から、あらゆる方向から飛んでくる刃に翻弄されて、群れは分断して方向を見失う。数も減ってまばらになり、もはや塊とも呼べなくなった群れだが、その分死角が少なくなってスレインさんの位置が何体かの目に留まった。


 ミノタウロスたちは斧で総攻撃を仕掛けようとする。が、それが届く前にスレインさんは地面から垂直に飛び上がった。


 魔物たちの頭上で高く振りかざされた銀色の剣が、雷光のような煌めきを放って舞い降り、斬撃が旋風となって血の螺旋を描く。


 全滅したミノタウロスたちに取り囲まれてただ1人立っているスレインさんは、剣を一振りして返り血を大地に返し、美しい所作で納刀した。


 待機組からは黄色い声援が上がる。――いや、待機組だけじゃなくて、よく見ると下にいるマーレさんも大はしゃぎしていた。エルナさんは頭を抱えているけど。

 静観していたアルフレートさんも、感心したように小さく頷く。


「――ミノタウロスは視野は広いが攻撃範囲が前方に限られやすい。あえて群れの脇から切り込んだことで、反撃の隙を与えなかった。<エクスカリバー>のリーダーほどの速さはないが、技巧で上回っている」


 まるで、私のために解説してくれているみたいだった。


 一勝に沸いているのも束の間、今度は空に暗雲がたちこめたような無数の黒い影。

 有翼の竜――ワイバーンだ。


 それらを担当するマリオさんは、空に向かってのん気に手を振っている。まさか、魔物にまで「友達になろう」なんて言いませんよね?


 当然ワイバーンたちはその挨拶に応えるわけもなく、地面に向かって滑空する。

 マリオさんは避けるでも迎撃するでもなく、ただ真っすぐ走って突っ込んでいく。


 激突――はしない。私には視認できなかったけど、いつの間にかマリオさんはワイバーンの背中に乗っている。


 乗られて驚いたのか、先頭のワイバーンは再び上空へ飛び上がるが、マリオさんは絶妙なバランス感覚で捕まっていて振り落とされることはなかった。


 背が水平になったタイミングで再び駆け出すと、高速で飛行するワイバーンの背から背へ、飛石を渡るかのように軽やかに飛び移っていった。


「ワイバーンは目下の景色は見えても背は死角だ。そこに乗って仕留めるのが最善策だが――あんなふうに何体ものワイバーンの背を飛び回っているのは初めて見た。まるで曲芸師だ」


 アルフレートさんのそれは比喩じゃないんですけどね。もちろん、ただ走り回っているだけではないことは彼もわかっているだろう。


 群れの最後尾まで到達したマリオさんは、足を止めずにそこから飛び降りる。地面に叩きつけられたらただでは済まない高度で、見ていた人たちがぎょっとする。


 でも、なぜか徐々に落下速度が下がり、マリオさんは無事に着地する――と、同時に飛竜たちの身体がバラバラに切断された。


「糸か。飛び回りながら糸を絡ませ、糸の引っ張る力で敵を解体し、着地の衝撃まで殺した」


 さしものアルフレートさんもちょっと驚いた様子で、解説というよりは独り言に近くなっていた。


 続いて大きな足音が、次の戦いの合図を告げる銅鑼のように鳴り響く。

 遠くからでもその巨躯がはっきり見える。1体のジャイアントが、山のようにそびえ立っている。


 マリオさんはその姿をちらと確認するが、もう仕事は終えたのだと言わんばかりに踵を返して戻っていく。入れ替わりに出てきたのは、眠そうにあくびをしているロゼールさんだ。


 あまり緊張感のないロゼールさんは、迫り来る巨人を前に広い袖をたなびかせながら優雅に腕でアーチを描く。その軌道に沿うように、薄い氷のドームが彼女を覆った。


 ジャイアントはその大して厚みもないドームに思いきり拳を叩きつけた。

 ――が、氷にはヒビ1つ入らない。


 殴ろうと蹴ろうと、全体重を乗せて踏みつけようと、ドームはびくともしなかった。なんという硬さだ。巨人は猛っているが、傷ついているのはその拳のほうだ。


 そして、安全圏にいるロゼールさんはその間に魔力を溜め……んん!?

 待って、あの人髪の毛セットしてる!! 氷を鏡代わりにして!! ちょっと、ロゼールさぁぁぁん!!


「……ふふっ」


 アルフレートさんにまで笑われてしまった! 恥ずかしい!


 その余裕ぶりでさらに火がついたジャイアントは、怒りをすべて拳に乗せるかのように、地面ごと抉れそうなくらい全身全霊の力を氷の壁に叩き落とした。


 衝突部からハリネズミみたいに尖った氷が飛び出す。割れたように見えたが、そうではなかった。

 氷の針は大きな拳を飲み込み、透明な膜がパキパキと腕を上って全身に広がっていく。


 数刻で、美しい巨人の氷像が出来上がった。


 戦場にいる誰もが、その巨大な氷の芸術品に見とれていた。ロゼールさんは必要なくなったドームを塵に返し、髪をかき上げながら優美に去っていく。


 ――私の氷は100年は解けないわよ。


 そんな声が聞こえた気がした。


「尋常の魔力量じゃないな。魔法は使えば使うほど魔力が増えていくものだが、あれほどになるまでは数十年――いや、下手すれば100年の修行が要る」


 アルフレートさんの言う通り、ロゼールさんは100年間ずっと氷の魔法を使い続けたことになるから――あのとんでもない魔力量も納得だ。


 ――強い。

 <ゼータ>のメンバーは、驚くほど強い。私が改めて実感したことを、この戦場にいる誰もが理解してくれたはずだ。だけど、これで終わりじゃない。


 本来ならば私たちの役目はここまで。戦場から脱出し、あとは<スターエース>が敵の指揮官を討ちに行く手筈となっている。

 しかし、たった1人、撤退ではなく前進していく姿がある。


 アルフレートさんは静かに私を見ている。作戦と違うことを咎めるような視線ではないが、私の言葉を待っているようだ。


「すみません。私の責任です」


「彼と連絡を取れるものを貸してくれないか」


 言われた通りに<ホルダーズ>を開き、彼と通信を繋げた状態で渡す。アルフレートさんは、口角をわずかに上げてきっぱりと言い放った。


「手柄を奪いたければ、俺たちが到着する前に終わらせてみろ」


『ハッ、上等だ!』


 アルフレートさんは一言「ありがとう」と魔道具を私に返すと、<スターエース>の2人を呼び寄せた。


「出るぞ」


 リーダーの短い一言で、あとの2人はすべてを了解したように頷く。

 直後――3人の英雄は、なんとこの高さの崖を飛び降りた。


 慌てて下を見ると、風の魔法か何かでふわりと着地している。ああ、びっくりした――とほっとしていた矢先。

 放たれた矢のように、3人が一斉に真っすぐ疾走し始めた。


 それはまさに、地上を流れる箒星。草原を切り裂くように駆け抜けて、瞬く間に見えなくなっていく。残った敵の雑兵がところどころで攻撃を仕掛けるが、何をしているかわからないうちに弾け飛んでいき、3人のスピードはまったく落ちない。


 正直、全員さっきのレオニードさんくらいの速さだ。このままゼクさんが追いつかれたら……まずいことはないんだけど、うーん……複雑。


 勝負の行く末を見守っていると、後ろが急に騒がしくなった。何だろうと思って振り向き――私はその光景を見て血の気が引いた。


 ダークウルフの群れが、本陣に奇襲をかけてきたのだ。

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