宣戦布告

 天幕の中に集められた各パーティリーダーたちは、私を含めて大なり小なりその顔を緊張の色に染めている。


 今からここで作戦会議が行われる。ということはつまり、全体の作戦指揮を執る彼らが現れるのだ。Sランクの最強パーティ、<スターエース>の人たちが。


「どんな人かな。イケメンかな?」


「マーレってば、結局顔なんだから」


 <クレセントムーン>の2人は小声ではあるがお喋りに興じている。


「ヘッ。俺よりイケメンが出てくることはねぇだろうがな」


 レオニードさんも冗談を言う余裕を持っている。冗談じゃないのかもしれないけど。


 そしてあまり目を合わせたくないが、さっき恥をかかされたからか、ラックがずっと私を睨んでいる。まあ、ここで問題を起こすことはないだろうけど。


 入口の布がめくられた音に、全員が敏感に反応した。みんなの視線がその1点に注がれる。

 入ってきたのは、3人。


 1人は、その重厚な鎧の下に鍛え上げられた肉体が垣間見え、厳めしい顔つきから数々の戦いを勝ち抜いてきた経験を感じさせる壮年の戦士。


 1人は、若いながらも決して折れない芯の強さを感じさせ、きりりとした美しい顔立ちから勇気と闘志を与えてくれそうな魔術師の女性。


 そして――2人の間に威風堂々と立っている、派手な飾りの兜をつけた、輝かしいオーラを発している――まさしく勇者にふさわしい剣士。


 彼らこそ、勇者協会きっての大エースであり、人々に希望をもたらす星なのだ。


「<スターエース>リーダーのアルフレート・ゲオルギーだ」


 若々しく清涼な声が、静まり返った天幕の中にすうっと通っていった。


「今日、君たちと共に戦えることを誇りに思う。確かに俺たちはSという格付けを貰ってはいるが、俺はそんなランクの差なんて気にしてはいない。ここにいる全員が、志を同じくする頼もしい仲間だ。この素晴らしい戦友たちとともに、勝利を掴みたいと思う」


 一点の曇りもない澄みきった言葉の1つ1つが、この場にいる全員の目に熱意をみなぎらせている。


「それでは、作戦を説明する」


 大きな地図を前にして、アルフレートさんが説明を始める。


 まず前線に何百というゴブリンが並んでいて、中にはダークウルフに騎乗しているのも混じっている。中央のその後ろにミノタウロス、ワイバーン、ジャイアントなど主力級の魔物が控えている。指揮官はおそらくその先の廃村の中にいるようだ。


「中央の第一陣は<エクスカリバー>、<クレセントムーン>、<オールアウト>の3組に任せる。ここを早めに崩したい」


 指名されたパーティのリーダーたちはやる気に燃えている。レオニードさんとラックは<クレセントムーン>の2人を見てさらに気合が入っているようだ。この人たちどうしようもないな。


 左右の陣には別のパーティが指定された。まだ経験の浅そうなパーティのリーダーもいて、力のこもりすぎたような眼差しがかえって少し心配だった。


「それで――先に言った3組で中央の道が開けたら、<ゼータ>が突入する」


 誰もがその言葉を疑っただろう。得体の知れない、どちらかといえば悪い噂がつきまとうパーティが、一気に注目の的になる。


「わ……私たちが、ですか?」


「そうだ。その後に俺たちが続いて、敵指揮官を討つ」


 つまり、主力級の魔物たちを倒し、<スターエース>の皆さんのための道を開くという重要な役割を任されたということだ。い、いいんですか?


「僕は反対です。Zランクのパーティにそんな大役を任せるなんて」


 ラックが挙手して意見を述べる。他のリーダーたちも言葉にはしないが、それに賛同するように小さく頷いている。

 私は無意識に、ぎゅっと拳を握りしめていた。


「ハイ、俺はいけると思います。ゼクの兄貴もいるし、俺の育ててやった優秀な後輩もいるからです」


 レオニードさんはあえて真似たのか、同じく手を挙げて反論してくれた。


「あ、あたしも<ゼータ>で問題ないと思います。最悪、何かあったらあたしらが助けに行けばいいし」


「少なくともロゼールに助けなんて必要ないと思うけど」


 マーレさんとエルナさんまで庇ってくれた。ラックの威勢がわずかに萎えている。


「……そうだな。<ゼータ>をよく知らない者たちが不安視するのもわかる。しかし、俺は彼らの実績を鑑みてこの配置にした。他に異論はあるか」


「む……。なら、せめてどういった作戦でその役割を果たすのか、説明してもらいたいんですが」


 ラックは密かに意地悪そうな笑みを向けてくる。みんなが納得できる作戦なんて立案できるのか、とでも言いたげな。


「そうだな。説明できるか? まだ考えていないのなら、こちらで用意するが」


 せっかくアルフレートさんが助け船を出してくれたけど、実はもう考えてある。


「うちのパーティは連携ができません。だから――メンバーにそれぞれ担当する魔物を決めてもらって、それ以外は手を出さないことにします」


 どよめきの声が上がるのも、予想通りだ。


「ば、馬鹿か!? 敵はそこらのザコとは違うんだぞ!!」


 ラックが反対派の代表のように警告するが、アルフレートさんがそれを制した。


「それだけ個々の能力に自信があるということか」


「はい」


「わかった。それでいこう」


 アルフレートさんが許可を出したことで、ラックを始め、彼に賛同していた人たちは押し黙った。



  ◇



 相変わらず緊張感もなく待機していたみんなに、私はアルフレートさんから聞いたことをそのまま伝えた。作戦の要ともいえるような重役を振られたことに対して特に気負った様子もなく、淡々と耳を傾けてくれていた。


 ともかくも、作戦とも呼べない作戦モドキの通り、誰がどの魔物を討伐するかの分担を決めなければならない。


「飛んでいる敵なら、ぼくの糸でなんとかなると思うんだ。ワイバーン貰っていいかな?」


「私はミノタウロスを担当しよう。奴らは群れで行動する。多勢を相手にするのは慣れている」


「えー、私ジャイアント? まあ……エステルちゃんのためなら、いいわよ」


 マリオさん、スレインさん、ロゼールさんはそれぞれ揉めることなく標的を決めた。


「僕は後方支援でいいんですよね?」


「うん。物資供給担当の人たちがいるから、その人たちに薬をお願い」


 ヤーラ君も自分の仕事をきちんと理解してくれている。あとは――


「くだらねぇ」


 ふん、と1人輪から外れていたゼクさんは不平そうに吐き捨てる。


「俺はSランクの野郎どもに付き合う気はねぇ」


 一見すると反発しているような態度だけど、私は彼の考えていることがなんとなくわかっていた。


「いいですよ。私が責任取ります」


「……へっ。珍しく物分かりがいいじゃねぇか」


 ひとかけらの愛想もない凶悪な笑顔をいったん見せてから、ゼクさんは大仰に立ち上がって足音を響かせる。

 向かった先には、天幕から出てきた3人の人影。


「全員、指示は伝わったか? 準備を始めてくれ。出るぞ!!」


 アルフレートさんの一声で、周りの人々は戦いに向けて奮起した――かに見えたが、直後に起こった光景に全員が青ざめた。


 ゼクさんの巨躯が立ちはだかり、威圧的なオーラをアルフレートさんに浴びせている。

 もちろん友好的な様子は一切なく、彼らしい険しい目つきでみんなの英雄を見下ろしていた。


「俺に何か用かい」


 アルフレートさんはほとんど動じず、寛大な微笑みを浮かべた。ゼクさんも態度を改めることなく、好戦的な顔で一言放った。


「悪いが、テメェらの出番はねぇ」


「――ふはっ」


 あの強面を前にして、アルフレートさんは噴き出している。そして、その笑みはどこか挑戦的なものへと変わった。


「面白い。期待しているよ」

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