底辺パーティ

 「合同作戦」当日。

 集合場所の崖の上は、遠くの廃村を十分に見渡せる位置だった。周りに大勢の勇者パーティが集まっている中、ふとライセンスを持っていないのは私だけだな、と変な疎外感みたいなものが芽生えた。


 緊張している私とは裏腹に、他のみんなはマイペースに待機している。なんなら1名来てすらいない人もいる。誰かは言わずもがな。


 周りを見回してみるが、あの釣りのお兄さんの姿は見えない。会いたかったけど、こればかりは仕方がない。

 その代わり、ヤーラ君に頭を下げているレオニードさんとゲンナジーさんの姿が目に入ってしまった。


「なぁー、頼むよヤーラ。マジで死ぬほど頭痛くってよ。こんなんじゃ作戦どころじゃねーんだって。な?」


「……ホントいい加減にしてくださいよ。どうせ『明日の戦いに向けて』とか言っていつもより飲んだんでしょう。なんでこうなることがわからないんですか? ちょっとは考えてくださいよ」


「うぅ、オレもレオニードも今度から気をつけるからよぉ。早く薬くれよぉ」


「次からお金取りますからね」


 ヤーラ君は14歳とは思えない冷ややかな目で、おそらく二日酔いの薬であろう小瓶を差し出している。必死で頭を下げている酒飲み2人のほうが5、6歳は上だろうに、中身の年齢は逆のような気がした。


「ごめんね~。薬代はこの2人の給金から引いとくようにするわ」


「ラムラ!! 俺を飢え死にさせる気か!?」


「あれぇ? ラムラが一番飲んでた気がするんだけどなぁ」


「だから~、あれはジュースだって」


 ……紅一点のラムラさんだけは、どことなく得体の知れない不思議さがある。

 いつもバタバタしている印象だけど、これでも元Aランクなんだよね、この人たち。


 ぼーっと見ていると、視界の隅にキョロキョロ何かを探しているマリオさんが映った。


「どうしたんですか?」


「いや……ぼくの前のパーティにいた子がいないかなと思って。あの後どうしてるか知らないからさ」


 <ブリッツ・クロイツ>では、マリオさんが抜けてからヒーラーが辞めてしまったと聞いたけれど、その子のことだろうか。


「やっぱり来てないかー」


「マリオさんで見つけられないなら、いないんですよ、きっと」


「そっかー。まあ、危ない作戦に参加せずに済んだって考えておくよ。一応もう少し探してみようかな」


 マリオさんはその人のことを心配しているようだけど、ドナート課長の話では彼は元仲間たちから恐怖心を抱かれているらしいし、こっそり私が確認してみようかな。


「あ、エステル!」


 朗らかな声に振り向いてみれば、太陽のようにさっぱりと笑うマーレさんと、月のように凛と佇むエルナさんがいた。


「ああ、この間はどうもお世話に」


「お世話って、結局ダベって終わっちゃったじゃん」


「で? ロゼールは例によって遅刻?」


「ええ、まあ……」


「ホントどうしようもないわね、あいつ! 何か問題起こしたらすぐ呼んで。射撃の的にしてやるから!」


 エルナさんは私のために憤慨してくれているようで、ありがたいもののちょっと困ってしまう。


「大丈夫ですよ。ロゼールさんは、いい人ですから」


 2人は同時に、虚を突かれたように固まってしまった。


「なんか……あたし、エステルなら本当に大丈夫な気がしてきた」


「マーレの言う通りだわ。ここまでお人好しがすぎると、もはや無敵ね」


「えーと、ありがとうございます?」


 褒められたのか呆れられたのかはわからないけれど……2人は他の仲間に呼ばれて去ってしまった。

 何とはなしにその背を見送っていると、すぐ背後に誰かの気配がピタリと接触する。


「エステルちゃん、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。お姉さん惚れちゃうわよ?」


「うひゃあっ!?」


 耳元で囁かれたものだから、思わず飛び上がってしまった。


「ロ、ロゼールさん!! びっくりさせないでください!!」


「可愛いリアクションねぇ。……ああ、まだ始まってなかったの。もっとゆっくり来ればよかったわ。暇だし、お姉さんと遊びましょう?」


「ちょ、ちょっと……」


 ロゼールさんの手が私の腕にするりと絡みついてきそうになったところで、いつの間にやってきたスレインさんに離されてしまった。


「よさないか、ロゼール。こんなときに」


「あら、スレイン。今日は一段とご機嫌斜めね」


「……そんなことはない」


「ある。あなたが兜を被るのはね、戦うときか誰かを警戒しているときだけなのよ」


 確かに、最近スレインさんは私の前ではよく素顔でいてくれるようになっていたけれど……。相変わらず鋭いロゼールさんがその兜をこつんと指で叩くと、スレインさんは観念のため息を漏らした。


「顔も見たくない奴が目に入ってしまっただけだ。気にするな」


「え? それって――」


「やあ、誰かと思えばスレインじゃないか!」


 ものすごく嫌味ったらしい声が耳に飛び込んできて、私はつい眉をひそめてしまった。身なりだけはやたら整っているのにどこか品性の感じられない若い男が、こちらに歩み寄ってくるのが見えた。


「ひどいなぁ。この僕に挨拶もなしなんて」


「ラック……私はもう君の仲間ではない」


 ああ、あれか。<オールアウト>のバカ息子。スレインさんを不当な理由で追放した人。


「ふん。リード家の落ちこぼれは礼儀を知らないね。だがそっちの金髪のエルフはいい女だ。君、こんな奴よりも僕のいるパーティに来ないかい? 目をかけてやるよ」


「どうもありがとう。あなたはそうね、高級なスープがこぼれたのを拭き取った雑巾って感じの男ね」


「なっ……!?」


 ロゼールさんのわかるようなわからないような比喩で、ラックは一気に不機嫌を顔に噴出させる。


「……チッ。しょせんZランクの"底辺パーティ"だ。この田舎娘がリーダーかい? 何の才能もなさそうなボンクラだね。底辺にはお似合いだ」


 これ見よがしに蔑むような嘲笑を浴びせてきたラックだが、後ろから不穏な空気が迫ってくると同時にその身体がふわりと浮き、一転間抜けた顔に変わる。


 不穏な空気の正体――さっきまで木陰で昼寝をしていたゼクさんが、いつも以上に髪を逆立て目を吊り上げ、怒気満面の怖ろしい形相でラックの首根っこを持ち上げている。


「テメェの言う"底辺パーティ"の俺と力比べしてみるか? それでテメェが負けたら、底辺以下のクソ野郎ってことだよな……?」


「うひっ……!!」


 布が千切れるんじゃないかというほど力一杯服を引っ掴んでいた手が、ラックの貧相に見える身体をぶん投げて地面に転がした。


「とりあえず、うちのモンに舐めた口利きやがった件、土下座して謝れや」


「……へ? え?」


「その脳味噌入ってねぇクソ頭下げろっつってんだよ!!」


 明確に敵意を向けているのは、大声で怒鳴ったゼクさんだけではなかった。いつの間にか集まってきた他の仲間たちも、同じように鋭い眼差しをラックに集中させている。


「すっ……すいませんでしたぁ!!」


 さっきまでの威勢がすっかり消え失せたラックは、言いつけ通り頭を地面につけて謝罪し、逃げるように走り去っていった。


 私はもうラックに言われたことはどうでもよくなってしまっていて、それよりもみんなが私のことで怒ってくれたのが、なんだか嬉しかった。

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