シンプル思考

 喫茶店から出た後、私はあてもなく橋の上で夕陽色を反射する川面を見下ろしていた。

 いろいろ話を聞いたけど、具体的なイメージがわかない。まあ、ほとんど無駄話をしてた気がするけど……。それを抜きにしても、そもそもゼクさんたちが私の付け焼刃の作戦で上手く動けるとは思えない。


 本当はみんなで集まって話し合いたいんだけど、この間の脱獄騒動でクエストをやる時間しか牢屋から出してもらえないことになってしまった。もちろん面談はできない。


 クエストも予め日数が指定されていて、それをオーバーする前に牢屋に戻らなければならないので、成功率は下がるし当然ゆっくり話し合う暇もない。


 早くみんなをあそこから出してあげたい。

 奴隷みたいな首輪をつけさせて、檻に閉じ込めて……。みんなのことを知れば知るほどこの扱いが嫌になってくる。


 でもそのためには、「合同作戦」で成功しなければならない。今のままで、どうやって?

 ああ、だめだ、八方ふさがりだ……。


 がっくりと項垂れると同時に、落葉のように何かがひらひらと川のほうへ降りていく。

 あっ。ロゼールさんから貰った髪飾り。


 流れに攫われていくそれを慌てて追いかけると、釣りをしていた人が手を伸ばして取ってくれた。こちらに気づいて手を振っているその人のところへ、私も急いで合流した。


「ありがとうございます、わざわざ」


「別にいいよー。綺麗な花だね。崩れちゃったけど……」


 水に流されたせいで、花びらが大分散ってしまった。ロゼールさんに申し訳ないことしちゃったなぁ。


「ところで……何か悩んでたみたいだけど、大丈夫?」


「え?」


「話くらい聞くよ。俺も暇だし」


 私よりも少し年上くらいのお兄さんは、あらゆるものを受容してくれそうな穏やかな微笑みを向けてくれた。それがなんだかお兄ちゃんに似ていたせいか、遠慮する気も起こらなかった。


 オレンジ色に包まれた水面を前にして、私とお兄さんは並んで座る。彼のおっとりした眼は流れにたゆたう釣り糸をずっと眺めていたが、その意識はちゃんと私の話に向けてくれているのがわかった。


「へぇー、君も勇者なんだねぇ」


「お兄さんも?」


「一応ね。君たちの話は知ってるよ。キワモノ揃いのパーティだって」


 私たちのことは意外と知れ渡っているらしい。たぶん、悪評で。


「まーなんていうか……君が無理する必要ないんじゃないかなー。仲間はみんなベテランなんでしょ? 丸投げしちゃったほうがうまくいくんじゃない?」


「うーん……それで連携とれなくて、この前クエストに失敗したんですよね」


「連携なんかとろうとしなくていいよ。標的とか場所とか最低限のことだけ決めて、あとは皆さん勝手にどうぞ、みたいな。そのうち仲間たちもチームで動けるようになるさ」


 そうか、チームプレイが無理なら、いっそ個人プレイに特化させちゃえばいいんだ……。ぱーっと道が開けて、一本に繋がっていく感覚。


「君が一生懸命頑張ってるのは俺にも伝わるからさ。その気持ちがあれば、みんなやる気出してくれるよ。士気ってけっこう大事だし」


「ありがとうございます。なんか、難しく考えてた私が馬鹿みたいですね」


「悩みなんてそんなものさ。単純に考えればいいんだよ。合同作戦のほうも、きっとうまくいくよ」


「お兄さんも参加するんですか?」


「さあ……。会ったらよろしく、って感じかな」


 お兄さんはさして興味もなさそうに、くぁ、と欠伸を1つ。

 バケツの中は空っぽで、釣果がまったく上がらなかったことがわかる。お兄さんはそのことを気にする様子もなく、「眠くなったから」とのんびり帰って行った。


 名前を聞けばよかったとも思うし、聞かなくてよかったとも思う。この出会いが偶然の1回きりでも、それはきっと、素敵な縁として私の中に残るはずだから。



  ◇



「ちゃんと殴りました? ダメですよ、あの人たち甘やかしちゃ。ほっとくとすぐ飲んだくれるんだから、気絶しててくれたほうがマシなんで」


 レオニードさんたちと会ったことを軽く話すやいなや、ヤーラ君は若さに見合わぬ積年の苦労がつまったようなため息を吐きながら文句を並べる。


「どうせ先輩、ニンジン食べれないのを僕が怒った話とかしたんでしょう。あれ違いますからね。先輩が勝手にニンジン捨ててたんですよ。食べ物粗末にするとか信じられないです」


「そ、そうなんだ……」


 私にはまだ優しい彼は、先輩のこととなると途端に容赦がなくなる。仲のいい証拠、というべきか……。


「エステルちゃん。マーレちゃんとエルナちゃんにも会ったんでしょう? 元気だった?」


 ロゼールさんが旧友のことのように――いや、実際そうなんだけど――話を振る。特にエルナさんの印象がかなり悪かったのはわかっているだろうけれど、そんなことはおくびにも出さない。


「はい。すっごく親切にしてくれましたよ」


「いい子たちだものねぇ。仲良しだし。まあ、一度私がぶち壊したんだけど」


「……。あ、そういえば、髪飾りダメにしちゃってごめんなさい」


「いいのよ、気にしないで。花も人間も儚いのがいいんだから。うふふ」


 ロゼールさんもわりと能天気な人だなあと思いつつ、衛兵さんたちからのいぶかるような視線を気にも留めていない私も大概だな、と苦笑する。


 釣りのお兄さんの助言通り、私はシンプルに考えることにした。牢屋から出られないならここで話し合えばいいじゃない。


 そういうわけで、私は鉄格子の向こうの仲間たちと軽く談笑しつつ、作戦会議に移ろうとしていた。

 ……多少、正気を疑われても無理はないかも。ちなみに、脱獄騒動があったときの衛兵さんは、あれから一度も見ていない。


「――よし、だいたいわかった」


 合同作戦の説明を読んでくれていたスレインさんが顔を上げる。


「敵は丘の上の廃村に陣取っている。一番数が多いのはゴブリンで、他はダークウルフ、ワイバーン、ミノタウロス、ジャイアント。これだけ多種多様な魔物を率いているのを見るに、指揮官は魔人だろうな」


「ゴブリンがいるなら、夜襲は難しそうだね。指揮官は暗殺できないかな?」


「無理だろうな。村の周りは広い草原で、見晴らしがよすぎる」


「じゃあ、正攻法で行くしかないねー」


 暗殺できるって言ったら、マリオさんはやる気だったんだろうな。彼は雑談と変わらないノリでそういう話をする。


「全体の作戦指揮って、誰がやるんですか?」


「私も驚いたんだが――Sランクパーティ<スターエース>」


 その名が出た瞬間、全員の眼の色が変わった。

 勇者協会に1つしかない最上ランク――つまり、正真正銘最強のパーティ。


 あまり人前には出ず、たまに高難易度のクエストを達成したという話を小耳にはさむだけ。失敗したというのは聞いたことがない。最も魔王討伐に近い人たち。


 ……そんな人たちの前で大失敗とかしちゃったら、どうしよう。

 いやいや、あの釣りのお兄さんを思い出して。悩みなんて小さなもの、難しく考えちゃいけない。


「くだらねぇ」


 思わず萎縮してしまうようなビッグネームを蹴散らすように、ゼクさんが吐き捨てる。


「Sランクがなんだ、ビビリやがって。そいつらの戦果は俺が全部奪ってやるぜ」


 まるっきり悪人面のゼクさんの笑顔が、図らずも私に元気を与えてくれた。

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