喫茶店にて
<アルコ・イリス>は4人パーティで、ロゼールさんと当時のリーダーを除いた2人が<クレセントムーン>に移籍したという。
ちょうどその2人が本部に報告に来たところで都合をつけてもらって、喫茶店で会う約束を取り付けたのだ。
時間通りにお店に行くと、温厚で丸みのある目ときつく吊り上がった目の両極端な視線に迎えられた。
「こんにちは! えーと、あなたが協会の――」
「あんたが例のロゼールの差し金?」
「ちょっと、エルナ。いきなり失礼だよ」
「マーレは甘すぎ! あいつホントに何するかわからないんだからね!?」
どうやらロゼールさんと繋がりがあるというだけで、彼女たちにとっては警戒すべき対象になってしまうらしい。前のパーティでのことを聞きたいと言っただけのはずなんだけど。
快活そうな黒い短髪で、困り笑いを浮かべながら間を取り持とうとしているのがマーレさん。波打つ金色の長髪で、噛みつかんばかりにこちらを睨んでいるのがエルナさん。
好対照の2人だが、その間に流れている空気は爽やかに澄んでいて、その仲の良さが伺える。<クレセントムーン>のリーダーを2人で務めているという異例の体制も納得だった。
「あの……私、ロゼールさんに言われて来たわけじゃなくてですね。実は――」
誤解されたままでは困るので、私は1から事情を説明した。
「なるほどね! すごく良い心がけだと思うよ! わざわざあたしたちを選んでくれてありがとう」
マーレさんがはじけるような笑顔で受け入れてくれる一方で、エルナさんは不満そうに目を細めたまま注文したパフェをつついていた。
「はぁ……。うちらも暇じゃないけどね」
「いいじゃんいいじゃん。ほら、あたしのケーキ一口あげるから」
「どーも。見返りはこっちのチョコでいい?」
「サイコー!」
お互いの品を交換し合う2人のやりとりは、リズムというかテンポがピッタリ合っていて、見ていて心地が良かった。息の合ったコンビ、というのがすぐにわかる。
マーレさんから貰ったケーキをじっくり味わった後、少し警戒を緩めた目でエルナさんがズバッと切り出した。
「まず大前提として、いくら綿密な作戦を練ったところでロゼールは絶対にその通りに動かないわ」
「わかります」
「戦闘中でも普通にどっか行くし、そもそも集合にも遅れてくるし、最悪来ないし」
「とてもわかります」
「やっぱ、そっちでもやらかしてるんだ……」
「むしろ、よく持ってるほうじゃない? 下手すりゃ1日でパーティ壊滅してるとこよ」
マーレさんもエルナさんもすっかり呆れた様子だ。ロゼールさんがいかにロゼールさんだったかというのをよく物語っている。
「まあ、魔術の腕は凄いから。<アルコ・イリス>のときはあたしら2人はただの誘導要因だったんだよね。あたしが斧で、エルナが弓で。敵が固まったところを、リーダーとロゼールがドカーン! みたいな」
「腹の立つことに、そういうときだけは綺麗に合わせるのよね」
確かにロゼールさんはやる気がないだけで、本気を出せばちゃんと周りに合わせて動けるような気がする。マーレさんとエルナさんもきっと連係プレーはお手の物なのだろうし、<アルコ・イリス>は全力を発揮すれば相当強かったんじゃないだろうか。
「そのリーダーさんというのは?」
「ノエリアっていうんだけどね、なんていうか、超攻撃型魔法剣士みたいな。ノエリアもロゼールも感覚派だったから、結構ノリで戦ってた気がする」
「へー……ノエリアさんっていう人も強かったんですね」
私の褒め言葉に反発するように、エルナさんがバンとテーブルを叩いた。
「強いけどさぁ! そもそもあの子のせいでうちはバラバラになっちゃったのよ! ノエリアってば、ロゼールに入れ込みすぎて、うちらがロゼールと話しただけですんごい剣幕で怒るんだもの! パーティとしてやっていけるわけないでしょう!?」
「あはは……ノエリアで遊んでたロゼールもロゼールだけどね」
そういえば、ロゼールさんには一部熱狂的なファンみたいな人がいるとスレインさんが言っていた。それが<アルコ・イリス>のリーダーだったなんて。
『痴情のもつれ』とか言ってたけど、実際はそういうことだったのね……。
「ロゼールが入る前はノエリアも普通だったけどね。ちょっとキツイとこあったけど」
「普通? どこが!? やたら細かいことにうるさい嫌味な奴だったわよ。それがロゼールと関わって、なんであんな逆ぶれしたのか意味わかんない」
「そうだっけ。エルナのほうが性格キツイ気がするな。今も昔も」
「誰が何だって?」
「あはは、ごめんごめん」
昔も、ってことは長い付き合いなのかな。キッと睨むエルナさんにも、手を合わせて謝るマーレさんにも、お互いへの信頼感がにじみ出ているように見えた。
「それにしても、人1人の性格を豹変させちゃうロゼールさんって、まさに”魔性の女”ですねぇ」
「いいほうに変えてくれるならいいけどねぇ、大半は悪いほうに誘導すんの、あいつは! 私とマーレだって、それで大喧嘩したんだから! あいつ、マーレのことたぶらかして!」
「そうだっけ? エルナが変なこと吹き込まれたんじゃなかった?」
「違う、それはあんたが――……やめた。未だにあいつの手の上で転がされてる気がしてくる」
「……そうだね。もう済んだことだし、考えないようにしよ」
2人は揃ってげんなりと肩を落とす。ロゼールさんはこの2人まで毒牙にかけてしまったみたいだけど……こんなに仲が良さそうなのに、どうやって仲違いさせたんだろう。やっぱりロゼールさん、恐るべし。
「そういうエステルのとこは大丈夫なの? あんたみたいにぽやぽやした子、あのロゼールがほっとくわけないと思うんだけど」
「エルナ、言い方!」
「心配ないですよ。ロゼールさんはちょっとした問題を起こしたりはしますけど、パーティが台無しになるようなことは、何も」
「嘘でしょ? あの"パーティ殺し"が大人しくしてるなんて」
エルナさんが信じられないとでも言うように角張っていた目を丸める。マーレさんまでいぶかるような顔を近づけた。
「ほ、他のメンバーの人とは? 喧嘩になったりとかしない?」
「ちょっとしたいざこざはありましたけど……そもそも、他の人もロゼールさんと同じくらいクセが強いというか」
『ええっ!?』
2人はピッタリ同じタイミングで驚きの声を発した。
「あのロゼールと同レベルの奴がいっぱいいるってこと!? 地獄じゃない!!」
「ホ、ホントにそのパーティ大丈夫!? 相談乗るよ?」
「いや、そこまで深刻なことじゃないですけど! まあ、困ったことはいろいろあって――」
よほど心配してくれたのか、2人は一気に親身な姿勢になって私の話に耳を傾けてくれたものだから、以前スレインさんに聞いてもらったような愚痴を軽く――のつもりが、長々と話し込んでしまった。
「何その男、ひっど!! すぐ暴力に走る奴が一番ダメなのよ。信じらんない!!」
「まーそんだけ強かったら外すわけにもいかないかぁ。難しいとこだね」
「いや、一応いいところはあるんですけどね」
「ダメダメそういう考え。DV野郎にハマるタイプだわ」
「あたし、それよりイケメンの人が気になるなぁ。強いんでしょ?」
「またマーレの面食いが始まったわね」
「スレインさんはですねぇ……」
日が傾いて人もまばらになった頃、9割がた関係のないお喋りになっていたことにようやく気づき、楽しかったけど後悔した。
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