#4 友達想い

サーカスの殺し屋

 小さな椅子に座った彼は、ギターを膝にのせながら何度も脚を組み替えて、ちょうどいい姿勢を模索している。


 ようやく腰を落ち着けると、スマートな所作で弦を1つ弾く。カッコつけたのが、ぴよん、という間抜けな音で台無しになった。


 慌ててチューニングをするが、どうしても音は良くならない。業を煮やしたのか、ギターをバンと叩くと、ポロンと綺麗な音が出た。どうして? 思わず笑ってしまう。


「わあ……!」


 そして奏でられた滑らかな旋律に、私は感嘆の声を漏らす。


 美しい音楽が終わると、彼は立ち上がって深々と礼をした。頭を下げすぎて帽子がぽとりと落ちる。もう、せっかく決まってたのに。


「すごいです、マリオさん!! 本物の人間みたい!!」


 私が惜しみない拍手を送ると、その小さなギタリストを糸で操っていた彼が顔を上げる。


「本当? そう言ってもらえると嬉しいなぁ」


「演奏もすごく良かったですよ! 私、楽器できる人尊敬しちゃいます!」


「彼はジミーっていうんだけど、ギターが得意なんだ」


「へぇ、名前があるんですね」


「うん。こっちがケイトで、隣がスーザン、それからこの子はクラリス。他にもたくさんいるよ。みんな、ぼくの友達さ」


 私と一緒に演奏を聴いていたお客さん役の人形たちも、1つ1つ丁寧に紹介している。

 人形に名前をつけるなんて、ファンシーというか、可愛いところもあるんだなぁ……なんて思いながらも、私の心には少し陰りがあった。


 彼の本名はモーリス・パラディールというのだけど、もっぱら「マリオ」というあだ名で通っている。


 ごく短いふわふわの薄茶髪に、糸のように細い目を山なりに曲げて、いつもニコニコ笑っているのが印象的なやや幼い顔立ち。歳は私より2つ上の20歳で、平均より高めの身長を暗い色のスーツで包み込んでいる。


 見た感じは人畜無害で人懐っこそうな好青年。さっきの操り人形も含めて何かと器用で、勇者ライセンスを取得する前はサーカス団に入っていた――ことになっている。

 けれどスレインさんの話では、彼はこうも呼ばれていたそうだ。


 ――"殺人人形"殺し屋「マリオネット」。


『表向きは旅芸人一座を装って、裏では暗殺を稼業にしていた<サーカス>という集団があったそうだ。マリオはそこの出身ではないかと言われている。ただ、一家惨殺事件を最後に息を潜めている』


『な……なんでそんな怖い人たちが、捕まらずにいられたんでしょう?』


『彼らは証拠を残さない。マリオの除籍事由を見ただろう?』


『はい。じ、「人格に問題あり」って』


『彼が以前いた<ブリッツ・クロイツ>というパーティは、リーダーが魔物との戦いで命を落とし、事実上活動停止となっているが――マリオが殺したという噂もある。それを証せる者がいないから、具体性のない事由になったとも考えられる』


 ……その話が本当なら、ゼクさんと同じで仲間を殺した人ということになる。

 だけど、マリオさんの屈託のない笑顔を見ていると、どうしてもそんな悪人だとは思えない。


「時間取らせちゃってごめんね? いいよ、君の仕事の話に入っても」


「ありがとうございます。じゃあ、さっそくやっていただくクエストを――」


「いきなり? ぼくに聞きたいこととか、ないの?」


「え?」


 協力的すぎて逆に戸惑ってしまう。聞きたいことといっても、だいたいスレインさんに聞いてしまったし。まさか、「殺し屋だったって本当ですか?」なんて言えるわけがない。


「よく聞かれるのはねぇ、『なんでいつも笑ってるの?』かな」


「そういえばそうですね。なんでですか?」


「だって、笑ってたほうがみんなも笑顔になってくれるし……あとね、ぼくって結構目つき悪いんだよねぇ」


 そうかな? と思ったけど、確かによく見るとマリオさんの目はナイフで切りこみを入れたみたいに鋭く、瞳も小さくて白目がちではある。真顔で睨まれたらちょっと怖いかも。


「他に気になることはある?」


「そうだ、マリオさんって戦闘でも糸を使うんですよね。詳しい戦い方とか聞きたいです」


「ああ。それはね、こっちの糸でやるんだけど――」


 マリオさんは左手首につけた円盤状の装置から、するすると糸を出してみせた。細いピアノ線のようで、目を凝らさないとよく見えない。


「これは魔法の糸なんだ。魔力である程度操作できるから、ほら」


 と、マリオさんの手が触れてもいないのに糸がひとりでに動き出し、花の形を作った。


「わ、すごい!」


「縛ったり切ったりはもちろん、引っ張るのも魔法の力だから、自分より重いものを持ち上げることもできるんだ。木の枝なんかに引っかければ高いところにも上れるしね」


「なるほど……」


 見た目は地味だけど、彼の器用さならいろいろな使い方ができそうだ。まあ、私に戦術を考える才能なんてないけど……。


「じゃあ、そろそろクエストのお話に移りますね。といっても、事前に私が選んだものなんですけど――」


 前回の反省を生かし、クエストは緊急性の高そうなものを優先した。<ゼータ>のメンバーたちはみんなAやBの高ランクパーティにいたはずなので、無理があるということはないはずだ。

 マリオさんは笑顔を崩さず差し出した紙に目を通している。


「ど……どうですか」


「うん。これでいいよー」


「……」


「あれ、どうしたの?」


「……私今すっごく感動してます!! こんなに面談がスムーズに進んだの、初めてで!!」


「あはは。君も苦労してるんだねぇ」



  ◇



「魔人、だと?」


 牢屋で一通りクエストの説明をした直後、奥の方でゼクさんの殺気立ったような顔が浮かんだ。


「はい。その村では朝になると村人の惨殺体が発見されて、魔人の仕業じゃないかって……」


「確かに魔人ならば人間に擬態できるし、魔術も使えるな」


 スレインさんも腕を組んだまま、兜越しに厳しい眼光をきらめかせている。


 人ならざるものの棲む<魔界>を私たちの世界にたとえれば、魔物は動物で魔人は人間ということになる。当然、人間のほうが知恵があるだけ手強い。


 魔人の厄介なところは、魔力が人間よりもはるかに高いこと。だから、人間が使えないような多種多様の術を使ってくるという。スレインさんが言った「人に擬態する力」はすべての魔人が有しているらしい。


「今回のクエストは難しそうですし、協力してもらいたいんですけど――」


「ごめんなさい。私パス」


「え?」


 聞き間違いかと思ってロゼールさんのほうを見ると、本当に気乗りしなさそうに細い指で髪をもてあそんでいる。


「な、なんでですか?」


「うーん……エステルちゃんのことは大好きなんだけど、その人は嫌いなのよねぇ」


 その指は長い髪を離れ、私の隣にいる人物に向けられる。


「……ぼく? 君に何かしたっけ」


「いいえ、ただ気に入らないだけ。どうしても相容れない人っているものよ」


「そっかぁ。残念だなぁ。まあ、仕方ないね」


 ストレートに「嫌い」と評されたマリオさんはまったく気にする様子もなく、いつもの笑顔で受け流している。ロゼールさんは彼のどこが嫌なのか、私には全然わからない……。


「えーと……じゃあ、とりあえずゼクさんとスレインさんはいいですね?」


「あ、彼女はダメ」


 今度はマリオさんが反対を表明した。拒否されたスレインさんの目つきはよく見えないが、不服そうな様子だ。


「理由を聞いてもいいか」


「だって君、怪我治ってないじゃない。背中の。ダメだよー、無理しちゃ」


 怪我の経緯を知っている全員が目を丸くした。

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