魔の村
スレインさんがオークにふっ飛ばされて背中を負傷したことは、そのときクエストに同行した私やゼクさん、ロゼールさんしか知らないはずだった。というか、今日も平気そうにしていたからもう治ったものとばかり思っていた。
「マリオさん、どうしてスレインさんの怪我のこと知ってるんですか?」
「ほら、彼女の様子を見ればわかるでしょ?」
「いや、わからないですよ!」
マリオさんがカラカラと笑う一方で、静かに座るスレインさんの眼は鋭さを増している。
「……いい観察眼を持っているな。妙な気分だ。自分で言うのも変な話だが、この格好で女だと言い当てられたのは君で初めてだよ」
私もはっと気づいた。確かにマリオさんは今「彼女」と言っていた。スレインさんは牢屋ではずっと兜を被っているはずなのに。
「それも、見ればわかるよ」
弓なりに曲がった細い目から、小さな瞳がちらつく。
はぁ、と呆れたようなため息に視線を移せば、ロゼールさんが頬杖をつきながら向かいの牢のスレインさんをじっとりした眼で見つめていた。
「やぁね。今度怪我を押して動こうとしたら、氷漬けにしてやるから」
「剣を振るくらい問題ないと思ったんだ」
「そう。手足の骨が折れても剣が握れれば問題ないと思ってるんでしょう?」
「……悪かった。だが、そうなると――そのクエストは3人でやることになるが、大丈夫か?」
スレインさんの言う通り、魔人相手に3人――まあ私は戦力外として、2人で戦えるかな……。
「問題ねぇよ。魔人だろうがなんだろうが、ぶっ殺せばいいんだろうが」
ゼクさんは全部自分1人でやるつもりなんだろうな。もう少し、仲間と協調してほしい。
「もし不安なら、そうだなぁ……君、君。一緒に行かない?」
マリオさんは、私がまだ一回も面談を組めていないあの少年に鉄柵越しに話しかけていた。いきなり話を振られた少年は当然びっくりしていたが、すぐに弱気な瞳を俯けた。
「い、いえ、僕なんか……足手まといにしか、ならないですから」
「そんなことないと思うけどなぁ。じゃあ、友達になろう」
「え、あ、はい……」
脈絡のなさすぎる申し出に少年は戸惑いつつ、鉄格子から差し出された手を握り返した。
面談のときの彼の第一声も「友達になろう」だったし、そういえば初めて会ったときもそう声をかけられたっけ。
そんなフレンドリーなマリオさんは、思い出したかのように牢にいる全員に握手を求めていた。
◇
見上げるほど高々とした頑丈そうな木の柵で、ほとんど隙間なく覆われているその村は、外敵どころか訪れる人間すべてを拒絶しているようなものものしさがあった。
狭い入り口で見張りの人に睨まれながら中に入った私たちは、さっそく広場のようなところで村長さんに会わせてもらった。他の村人たちが遠巻きに囲んでいて、私たちは彼らの不信感を乗せた視線に晒されている。……ちょっと、居心地が悪い。
「ようこそはるばるお越しくださいました、勇者様」
「ど、どうも……」
村長さんは濁ったような目で社交辞令を述べる。ピリピリした雰囲気に、挨拶すらうまく出てこない。
「こんにちは、村長さん。友達になろう」
「!!」
マリオさんが手を差し出した瞬間、村人たちが一斉にキッと睨んだ。
「すみませんが……皆この騒動で気が立っておりますゆえ、軽率な行動はお控えください」
「うん、わかったー」
初対面のときから思っていたけど、マリオさんは何ていうかこう――空気が読めない。それを人格の問題とするかは別として。
「それで、勇者様がたのパーティ名は何と?」
「<ゼータ>です」
名前を出した瞬間に、村長さんをはじめとして村人たちが一斉に怪訝な顔に変わる。
「協会のランク制度でZというのは聞いたことがありませんが……」
「えーと、私たちはその、特別扱いでして」
どよめきの声が湧く。あちこちから、「Zランクなんてまともじゃない」「ハズレパーティじゃないか」「協会はこんなのを寄越したのか」などの陰口が聞こえる。
ああ、私たちってやっぱり世間的にはこういう扱いなんだなぁ……。
「おい、気に入らねぇなら帰るぞ!! ケツの重てぇ協会が次のパーティを寄越す頃には、お前ら全滅してるかもしれねぇがな!!」
ゼクさんの怒号で、ぱたりと喋り声が止む。村長さんはあまり心がこもっているとは言えない詫びを入れ、軽く頭を下げた。
まずいまずい、ムードが最悪だ。とにかく話を進めよう。
「ええと……魔人の被害に遭っていると伺っています。詳しいお話、よろしいでしょうか」
村長さんは青白い顔のまま、震える声を絞り出した。
「ああ……夜な夜な村人たちが死んでいくのです。あれは人間の仕業ではない。どうか助けてくださいまし」
「その、魔人というのは……」
「誰も見た者がおらんのです。どこに隠れているのか……」
「死んだ人たちって、どうやって殺されたの?」
マリオさんが笑顔のまま気楽な調子で聞くものだから、村長さんは一瞬眉をひそめた。
「……皆、ひどい有様でした。四肢を裂かれ、目玉を抉られ、苦悶の顔で死んでいるのです」
「うわ……」
想像しただけで、胸のあたりに嫌なものがこみ上げてくるようだった。村人の中にも現場を見た人がいたのだろうか、顔色を悪くしている人が何人か見える。
そんな中でも、ゼクさんとマリオさんは平気で話を続けた。
「なるほどねー。魔物って線はないかぁ。何人も同じ殺し方するなんて」
「手足ぶっちぎるんなら、人間でもできるんじゃねぇか?」
「誰にも見られずにやるのは難しいんじゃないかなぁ。村は柵で囲まれてるし、出入口も門番さんが見張ってるからね」
「じゃあ魔人の野郎はどこにいんだよ」
「うーん……可能性としては――」
マリオさんの細い目が辺りをぐるりと一周して、さらりと恐ろしいことを言った。
「すでに村人の誰かに成り代わっている、とか」
神経質になっていたであろう村人たちの顔に一気に動揺の色が伝播し、お互いに疑念の目を向け合い始める。
「勇者様。皆を不安にさせるようなこともお控えを」
心なしか、さっきよりもみんなの不信感が増している気がする……というより、完全に敵視されているようにすら思えた。
が、マリオさんはそんな状況に気づいていないかのように、何の悪びれもなく言葉を続ける。
「いずれにせよ、事件が夜に起こるのなら、それまで待たないとね。ぼくたちはどこにいればいいかな?」
「……。あちらへ」
村長さんが指し示したのは、木々も腐り落ちてところどころ穴だらけの粗末な小屋だった。
「おいジジイ!! ふざけてんのか!?」
「ちょ、ゼクさん抑えて!」
「ほ、他に空きがございませんので……」
ゼクさんをなだめつつも、私もあの小屋は勘弁してほしかった。居心地悪そうだし、何より――あの小ささ、まさか私、2人と一緒に寝るの!?
「あのぅ……よろしければ、うちに泊まりませんか」
か細い声に振り向くと、眼鏡をかけた清楚な感じの女性がやや遠慮がちに出てくる。その後ろから、彼女の夫らしき男性が飛び出してきた。
「待て、エバ! そんな勝手なこと……」
「だってパブロ、あんな何年も掃除していないようなところなんて、勇者様に失礼よ。せっかく助けに来てくださったのに……」
ああ、どこにでも優しい人はいるんだなぁ……と、しみじみ感動してしまう。掃除すらしていないところに泊められそうになったというのは、置いといて。
「えーと、エバさん? お邪魔してもよろしいんですか?」
「もちろんです」
パブロと呼ばれた旦那さんは少し呆れていたようだけど、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
気がかりだったのは、私たちに向けられていた嫌な視線が、この優しい夫婦にも飛び火しそうになっていることだった。
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