死者への祈り
ロゼールさんの言っていた通りに地下を調べてみると、確かに牢屋がもう1つあった。
だけど、そこにも生きている者はいなかった。鉄格子の向こうにあったのは、2人ぶんの死体。それらは女性ではなかった。
小さな子供だった。
普通の人間ではなく、まるでオークのように大きな牙の生えた――
いったいどういう経緯でこの子たちが生まれ、どうやって死んでしまったのか、想像には難くなかった。やはり長い間放置されていたのだろう、身体は朽ち果てて性別もわからない。
「……母親が死んで、面倒を見れる者がいなくなったんだろう。魔物に子育てなどできるはずがない」
スレインさんが俯きがちに低く呟くと、ロゼールさんはため息をついた。
「生きていたところで、助けられたかわからないけれどね」
石造りの地下に、チ、という舌打ちが小さく反響する。
「ガキだろうが、しょせん魔族だ。いずれ奴らと同じことをする」
「ひどいですよ、そんな言い方!!」
私は思わず怒鳴っていた。ゼクさんは一瞬ひるんだ様子だったけれど、すぐに不快に顔をしかめる。
「魔族は人間の敵だぞ。全部死ぬべきなんだよ。甘ったれたこと言うな」
「いい魔族だって、いるかもしれないじゃないですか!!」
「いい奴なんていねぇ、敵は敵だろうが!!」
「はいはい、喧嘩はそこまでにして」
言葉の応酬の間にロゼールさんが悠々と割って入る。
「こんなところであれこれ言い合ったってしょうがないでしょう? 生存者はいなかったんだから、私たちの仕事は終わりよ。ねぇ、スレイン?」
「そうだな。クエストの達成と、亡くなった人たちのことも報告しなければ」
「早く帰りましょうよ。怪我人もいるし、ねぇ?」
「まあ……」
バツが悪そうに眼を反らしたスレインさんも、確かに無理に戦ってくれたのだし、早く休ませてあげたい。まだやることはたくさんあるのだ。3人ともさっさと出口のほうへ進んでいく。
――だけど、私はどうしてもこのまま帰ることができなかった。何か心の隅に残る靄みたいなものが足を止めて、声が飛び出た。
「待ってください!!」
3人分の視線が、一斉に戻ってくる。
「あの……お墓、作りませんか? この子たちと、あっちの女の人たちの」
しばしの沈黙。
ゼクさんは広い白目をさらに大きくして固まっているが、スレインさんとロゼールさんはゆっくりと顔を見合わせて、小さく笑った。
「確かに、ご遺体をそのままにするのは忍びない」
「私も賛成。可愛いエステルちゃんが言うんだもの」
2人の同意にほっとして、今度はゼクさんの顔を見上げる。皺を寄せた眉がぴくぴく動いて、取り繕うように後頭部を乱暴に掻いた。
「……っせーな、わーったよ! この甘ったれどもが!」
私たちは噴き出した。
「そうと決まれば、まずは適当な穴を掘らなければ。それなりに広い場所と、あとスコップのような道具を――いっ!?」
ロゼールさんに強く背中を叩かれて、スレインさんは悶絶している。
「なにフツーに動こうとしてるのよ、馬鹿ねぇ! エステルちゃん、この子見張っておいて。放っておくと死ぬまで働き続けるわよ」
「は、はいっ!」
「肉体労働なんて、このいかつい大男に任せておけばいいの。わかった?」
「ぶん殴っていいか、このクソアマ」
ロゼールさんはふふんとからかうような笑みを浮かべた。どうせ本気で殴るつもりなんてないんでしょう、とでも言いたげに。
ゼクさんはよほどのことがない限り、無闇やたらと人を殴ったりはしないだろう、と私も理解し始めていた。――そう、よほどのことがない限りは。
◇
廃城の裏庭に、同じ大きさの四角い穴が等間隔に空いている。
ロゼールさんは氷だけでなく地の魔法も――というか全属性の魔法を使えるらしく、軽い手振り1つでぱっとこの墓穴をこしらえてしまった。
私はスレインさんと一緒に、遺体を回収しに行った2人を待っている。
「大丈夫ですか? ……って聞いても『大丈夫』って答えるしかないと思いますけど」
「君までロゼールのようなことを言う。こんなもの、そもそも私の不注意が原因だからな。欠点を指摘されただけで――まったく、精神が未熟だ」
「あんなふうに詰め寄られたら、誰だって戸惑いますよ」
「きっと、仕返しされたんだ。君に彼女の悪い噂を教えたから。まあ、君はそんなもの信じていなかったようだが」
「……いい人ですよ、ロゼールさん。掴みどころはないけど」
「そうだな」
昨日は警戒心に張りつめていた顔も、すっかり柔かくなっている。人を困らせたり怒らせたりしてしまうロゼールさんだけど、やっぱり本当はいい人だ。スレインさんも、そう思ってくれているんだろう。
2人分の足音が近づいてくるのが聞こえた。1つはコツコツと優雅に地面を叩く靴音、もう1つはドシドシと地面を踏み鳴らす重たい音だ。
外壁の角から出てきたゼクさんが、積み上げられた直方体の氷塊を大工さんみたいに担いでいる。その後ろには、ロゼールさんが涼しい顔で歩いてくる姿があった。
「テメェ、1つくらい持てよ」
「レディに重たいもの持たせるなんて、非人道的だわ」
「ほざけ、ババア」
「何よ、バイオレンスバトル馬鹿」
「あの、その氷は?」
言い合いを収める意図も含めて、私が尋ねる。
「ほら、亡くなった人たち……バラバラになっちゃったのもあったから、まとめて持ってこれるように、ね。サイズもこの穴にぴったりのはずよ」
ドシン、とその氷を置いたゼクさんは、上にあった1つを持ち上げて墓穴に入れた。ロゼールさんの言う通り、それはするりと納まって、珍しく「おお」と感心していた。
ぼーっと見ているだけだと、自分が何もしていないのがなんだか申し訳なくなってきた。
「私、手伝いますよ」
「非力女はすっこんでろ」
「うー……」
結局、作業はほとんどゼクさんがやることになった。こんなの嫌がるかなぁと思っていたけれど、意外にも1つ1つ丁寧に埋葬している。
最後の氷塊を空洞にはめ込むと、一息ついて屈めていた足を伸ばす。
「おい、終わったぞ。とっとと氷溶かして土おっ被せろ。……おい?」
ロゼールさんは、凍りついた遺体をじっと見下ろしたまま動かない。どうしたんだろう、と思ってそっと顔を覗き込むと――
泣いていた。
涙の雫がぽとりと落ちて、冷たい氷面を濡らす。ロゼールさんは意識を取り戻したようにはっとして、手で目元を拭った。白い手の甲に滲んだ水滴が、朝日を受けて輝く。
「――ごめんなさい。溶かすのよね。わかってるから……」
彼女が右手を前に出すと、氷がゆっくり水になっていく。次いでその右手をふわっと横に振ると、辺りの土が舞い上がり、あっという間に遺体が埋まって小さな墳丘となった。
私はその墓の前で跪き、両手を合わせて瞼を閉じた。
あなたたちを助けられなかった、無力な私を許してください。
どうか、天国で安らかに眠ってください。
これ以上悲劇が起きないように、私たちに力をください――
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