才能
ゴブリン討伐のクエストを無事達成し、私はまた面談室にいた。本来ならまだ話していないメンバーを呼ぶべきなのだろうけど、私はある相談をするためにスレインさんに来てもらっている。
真剣さが顔に出ていたのか、スレインさんはゆったりと構えつつも両目で私をじっと捉えている。
「愚痴を話したい、というわけではなさそうだな」
「はい。折り入ってお願いしたいことがありまして……」
「私にできることなら聞こう」
「実はですね――」
すぅ、と気合を充填し、勢い余って椅子から立ち上がる。
「<ゼータ>のリーダーを、スレインさんに任せたいんです!」
「断る」
「はっや!! なんでですか!? 絶対スレインさんのほうが向いてると思うんですけど!」
「まあ座れ」
「あっはい」
こんな間髪入れずにきっぱりと断られるとは思っておらず、拍子抜けしたまま座り直す。
「理由は3つある。1つは君もわかっていると思うが、このパーティはメンバーが特殊だから、まとめるだけで一苦労だ。私がリーダーになると、戦いに集中できなくなって、単純に戦力が低下する。リーダー役と戦闘員は分けたほうがいい」
「なるほど」
頷いてはみたものの、私がスレインさんの負担を軽減できるほどまとめ役として機能するのか、ちょっと疑問だ。
「2つ目だが、もっと単純だ。私より君のほうが、リーダーの素質がある」
「……え?」
反射的に、椅子から跳ね上がった。
「どこが!? 戦えない、魔物の知識もない、メンバーの役職も覚えていないどころか、性別まで間違える私のどこがリーダー向きなんですか!?」
「まあ座れ」
「あっはい」
よいしょと座り直している間、スレインさんは少し顔を伏せて視線を外した。長い睫毛に隠れた瞳が、やがてこちらに戻ってくる。
「……そうだな。少し、個人的な話をさせてもらおう。私にも君のように優秀な兄がいてな。若くして近衛騎士団長をしている」
「え、すごいですね!」
スレインさんが確か22歳だったから、そのお兄さんが少し上くらいの年齢だとすると、近衛騎士団長というには異例の若さだ。
「ありがとう。兄上は本当に素晴らしいお方なんだ。正義感が強く、皆に平等に優しく、剣術の才も騎士たちの中で1、2を争うほどで、己を高めるための鍛錬も欠かさない。書物もよく読まれ教養が深く……」
普段の冷静さはだんだん薄れて、語り口に熱が入っていく。よほど近衛騎士団長のお兄さんを尊敬しているみたい。
「……すまない、話が逸れた。それでつまり――そんな兄がいると、妹の私にも親からはもちろん周囲からの期待がかかってな」
「ああ、わかりますわかります。兄と比べられたりなんかして」
「そうなんだ。兄上ほどのお方に私が肩を並べられるものか。しかし、期待を裏切るわけにもいかない。そこで、手っ取り早く成果を出そうと短絡的な行動に出てしまう」
「それで、<オールアウト>に?」
「Aという高ランクに目が眩んだゆえの失敗だ。あのパーティは他にも家柄だけはそれなりのメンバーが集まっていてな。当然、私と同じように浅薄な考えを持つ者もいて――結果、蹴落とし合いだ」
「た、大変な世界なんですね……」
「私もずっとピリピリしていたよ。周りがみんな敵に見えた。ところが、今になってようやく信頼できる人間を見つけた。――それが、君だ」
「え?」
見とれてしまいそうになるくらいの、柔らかく澄んだ笑顔。
「だってそうだろう。自分から素直に弱味を喋る人間なんて、警戒しようがないからな」
「あれは、その、ただ愚痴を聞いてもらいたかっただけで」
「そこがいいんだよ。そういう飾り気のないところが、好きなんだ」
ド直球の表現に、顔面が発火した。
イケメンは安易に「好き」というワードを使ってはいけません。死者が出ます。たとえ女性だとしても。
「君にはきっと、安心感を与えるというか、人に信頼される才能がある。ゼクだって、君を気に入っていると思う」
「あれで!?」
「気づいてなかったのか?」
ゼクさんが私に好意的な態度を取った記憶なんて、1ミリも思い出せない。逆は山ほどあるけど。
でも――私の、「才能」。今までそんなもの自分にはないと思っていたから、素直に嬉しさがこみ上げてきた。リーダーとしてやっていく自信も、ちょっとだけ。
「それで……3つ目の理由は、君を少し不安にさせるかもしれない」
「ちょっと、上げて落とすのやめてくださいよー」
「まあ、君なら大丈夫だと思うんだが――あとの3人は、おそらく私の手に負えない」
「……え」
あとの3人――つまり、私がまだちゃんと話したことのない人たち。しっかり者で頼りになるスレインさんが、「手に負えない」だなんて……。さっきのわずかばかりの自信に、影が差してきた。
件の3人のことを思い返してみる。
「お風呂に入りたい」と気だるそうに髪をいじっていたエルフの女性。見た目は優美な大人の女性といった風体だったが、無気力というか、勇者としての使命にあまり興味がなさそうだった。
「友達になろう」と声をかけてきた青年。糸みたいに細く山なりに笑った目が印象的で、やけに明るく友好的だった。それは悪いことではないんだけど、どこか不自然で噛み合わない気がする。
「牢屋から出たくない」と隅で怯えていた少年。小柄で幼い見た目に反して、言動は大人びて映った。ただ、神経質に爪を噛んでいたところから、何か深刻に気に病んでいることがありそうだ。
それでも、3人とも明らかに危険な様子はなかったように思う。勇者として適性があるかは別として。
「むしろ、ゼクさんのほうが荒っぽくて苦手でしたけどね、私」
「彼は意外と単細胞で扱いやすい。君もすぐ慣れる」
……それは、スレインさんだから言えることでは? 私がゼクさんを手玉に取るなんて、天地がひっくり返ってもできないと思う。
「あの3人のことは、私も詳しいわけではないが――できる限り、君に情報を提供しよう。ただ、彼らにはいろいろな噂がある。根も葉もない話も含めてな。だから、信憑性が高いものだけ話そうと思う」
「お願いします」
簡単なプロフィールから、経歴、技能、人物像……前のパーティで何をしたのか、周りからの評価、注意すべきところ――スレインさんの話はかなり幅広くかつ詳密で、私は時間を忘れて聞き入った。
思うことはいろいろあったが、ただ1つ言えるのは――その3人が、私の想像を遥かに超えた厄介さを抱えているということだった。
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