種明かし

 小さな素足の跡が作る細い小道を辿っていくと、それは洞窟の入り口辺りで闇に紛れて消え去った。人一人やっと入れそうなくらいの、狭い洞穴だ。


「あそこがゴブリンの巣、ですか?」


「そうだな。だが、突入は難しいだろう。穴の大きさからして、中はかなり狭いはずだ。剣士2人ではかなり動きが制限される。挟まれたら終わりだ」


「じゃあ、どうすれば?」


「我々のパーティに、魔術師と錬金術師がいたな? その2人がいれば、中に魔法を使うか、毒ガスのような薬品を作ってもらうかして、ゴブリンたちを炙り出せる。そうだ、糸を使う奴もいたな。彼なら入り口に罠を張って、出てきた奴を簡単に始末できるかもしれない」


「へ、へぇ……」


 正直に言うと、魔術師も錬金術師も糸使いも、今初めて知った情報だ。スレインさんのほうが、私よりメンバーのことに詳しい。


「今は3人ともいないから、その作戦は使えない。もう1つ入り口を探して――」


 スレインさんは、はっと何かに気づいて、辺りを見回している。


「どうしました?」


「ゼクがいない」


「え!?」


 さっきまでいたはずのゼクさんの姿が、忽然と消えている。どこに行ったのか探す前に、ドォンと洞窟が大きく揺れて、すぐに居場所を特定できた。内側からこもった破壊音が何度も響き、中から命からがらといった感じで負傷したゴブリンが溢れ出てきた。


「……できましたね、炙り出し作戦」


「メチャクチャだ、あの男」


 スレインさんは呆れつつも剣を抜き、一直線に駆けだす。

 さっきと違って、敵が来るのは洞穴の一点だけ。となれば、ゴブリンたちは散開する前に丁寧に剣先でなぞられていく。1体も取り逃がされることはなかった。


 私はといえば、草陰に隠れて戦いを遠目に眺めているだけ。何もできない、名前だけのリーダー。魔法を使えたら、錬金術を覚えたら、罠を作れたら、もう少し役に立てたかな。

 ――あるいは、お兄ちゃんみたいに強かったら……。


 不意に、ズシンという重たい足音。洞窟の奥からだんだんと迫ってくる。


 狭い穴から身体をねじ込むようにして、ひときわ大柄なゴブリンの黒い影が現れた。あれは確か「ホブ」と呼ばれる種で、通常のゴブリンより数段強いという。


 スレインさんも剣を握る手に一層力を込める。が、鋭く細められた眼がわずかに開いた。

 視線の先のホブゴブリンが日に晒されると、腹部から銀色の刃を突き出して口から滝のような血を溢れさせた、無残な姿が露わになった。


「よお、モヤシ野郎。そっちのお片付けは終わったか?」


 哀れな魔物の巨体から、返り血まみれのゼクさんが顔を出す。

 串刺しのホブゴブリンを乱暴に足で蹴り落としながら剣を抜き、まだ脈動する血がびゅーびゅー噴き出して地面を染める。嫌な臭い。


「そいつが群れの親玉か」


「さあな。中の奴らも皆殺しにしてやったから、もう関係ねぇよ」


「……素手でか」


 ゼクさんの両手は目立って赤く、手袋もところどころ破れている。大柄のボス以外、殴って倒したらしい。


「ウゥゥ……」


 足下から漏れ出る呻き声に、ゼクさんの真紅の瞳がギョロリと動く。


「死んでろゴミが!!」


 分厚く重たい剣先を、斬ると言うより思いきり叩きつけた。潰れた頭部からどす黒い血や肉塊が飛び散り、臭いはいっそうひどくなる。


「ずいぶん酷いことをするな。彼らだって、命ある生き物だろう」


「黙れ。魔族はクズだ。全部殺すべきだ」


「……」


 内にふつふつと煮えたぎる憎悪が目に映るようで、血に濡れた地面に視線を逃がした。どうしてそこまで魔族を憎むのか――安易に聞いたら怒られそうな疑問が、どうしても頭の奥に引っかかって離れない。



  ◇



 虫たちの軽やかな声に包まれて、夜闇を煌々と照らす焚火を囲む。森を陣取っていたゴブリンたちの群れがいなくなったからか、夜の生き物たちは元気だった。


「うぅ……臭いが取れない」


 私のお気に入りの仕事着は、ゴブリンたちの血の臭いでだめになってしまった。髪にもついてるかもしれない。早くお風呂入りたい。


「血の臭いくらい慣れとけよ、ヘタレ女」


「ほとんどゼクさんのせいじゃないですか!!」


「エステル、香水を使うか?」


「わぁ、ありがとうございます!」


 スレインさんてば、なんて用意がいいんだろう。小瓶を開けると、ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。


「へっ、ボンボンは持ってるモンが違うねぇ。香水なんて女みてぇだ」


「……フッ、そうだな。そろそろ種明かしをしておくか」


 何か含みありげにきりりと締まった眼が私に語りかける。が、「種明かし」と言われてもなんのことやら、頭の中では何も結びつかない。



「私は女だ」



 きょとん、としばしの間。


「えええええええええっ!?」


「いや、なんで君が驚いてるんだ!? プロフィールに書いてあっただろう?」


 私があんまりびっくりしていたものだから、かえってスレインさんも戸惑っている。

 言われた通りに個人情報の載った資料を火に照らしてみれば、性別の項に「女」とある。


「ホントだ!!」


「マジで書類読めてねぇじゃねーか、このボケ女!!」


 全然気づかなかった……。顔はもちろんイケメンだし、女性にしては高い背丈もあって、男性だという先入観にとらわれていた。


「まあ……なんだ。女だと知られると、ゼクに舐められると思ってな。エステルも乗ってくれているのかと」


「気づいてなかっただけなんです、すいませぇん。読み書きの勉強からやり直します……」


 さしものゼクさんもまだ受け入れられていないようで、スレインさんの顔をまじまじと睨んでいる。


「おい、そっちが嘘ってことはねぇよな? お前、あのクソッタレボンボン軍団の<オールアウト>にいた奴だろ? あいつら全員男だって聞いたぜ」


「ああ、男に間違えられて勧誘されたんだが、手っ取り早くAランクになりたくて、訂正しないままにした。それで、女だとバレた途端に解雇された」


「もしかして、『経歴詐称』って――」


「それのことだろうな」


 改めて、その中性的で整った顔立ちを眺めてみる。女性としても壮麗で見惚れてしまうような容姿だけど、馬鹿息子さんにはお気に召さなかったのかもしれない。


「そういうゼクは、前は<アブザード・セイバー>だったか」


「……それがどうした」


「君にはぴったりだな。あそこは確か、アウトロー出身の荒くれ者ばかりだが、比喩でなく魔族に親を殺されたような奴が集まっていた」


 そうなんだ。魔族憎しの荒くれパーティ――本当にゼクさんによく似合う。


「酒場で一度、君たちを見かけたことがある。後輩パーティの……なんだ、<エクスカリバー>の昇格祝いとかで、えらく盛り上がっていたな。君もずいぶん楽しそうにしていた」


 意外な話に、ついゼクさんの顔を見てしまう。人を寄せ付けないような苛烈な形相からは、お酒の席で楽しそうにしているところなんて想像できない。


「<アブザード・セイバー>のメンバーについてはいろいろ聞いたが、悪い噂はあまりなかったな。粗野だが気のいい連中で、面倒見もいいとか……」


「何が言いてぇ」


「なぜ彼らを殺した」


 ゼクさんが掴みかかった勢いで、焚火の炎がぶわっと揺らめく。


「ちょっ――!」


「……その話を蒸し返してみろ。今度はテメェを殺してやる。わかったな!?」


「……悪かった」


 乱暴にスレインさんを突き放した彼は、私たちに背を向けて座り直す。スレインさんも、黙って焚火に木をくべなおしていた。

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