襲撃
そういえば、私はゼクさんの笑った顔を見たことがない。
悪人みたいにニヤついているのは見たけれど、明るく楽しそうな笑みというと、想像もつかない。
そんなことをふと思ったのは、ゴブリン大量発生現場の近隣の村で聞き込みをしているとき、いつものように顔中に鬱憤を集めたような渋面を見たときだ。
不愉快の色を灯した赤い眼の先にいるスレインさんは、険しい視線をあえて無視しているのか、礼儀正しく兜を脱いで村人と話していた。
村のおばさんはやたら嬉しそうにべらべら喋っている。9割ほど関係ない話だけど。
「おい!! そのクソ話はいつ終わるんだ!?」
「目撃情報は多いほうがいい。もう少し待て」
「付き合ってられっか! 行くぞ、ヘッポコ女」
「え? でも……」
ゼクさんに強引に腕を引っ張られたが、私はとっさにスレインさんを振り返った。仲間をここに置いていくわけにはいかない。
そう考えていたのが伝わったのか、ぱっと腕が解放される。
「……チッ。あの野郎とクソ話に付き合いてぇなら、勝手にしろ」
「待ってくださいよ、1人で行くんですか? どこに?」
「知るか。大量発生してんならそのうち出くわすだろ。テメェらは2人で勝手にやってろ」
「ちょっと!」
私が引き止めようとした矢先、スレインさんの声が飛んでくる。
「情報を総合するに、ゴブリンの巣は西の森にあるようだが――私が全部倒してもいいのか?」
「テメェ抜け駆けする気かコラァ!!」
ずかずか歩き去ろうとしていたゼクさんは、すぐにどたどた走って戻ってきた。
◇
真昼の日差しが緑の屋根に遮られて、少し薄暗く感じられる森の中。大発生したというゴブリンがいつ出てくるかという心配は、風にそよぐ木の葉と小鳥のさえずりで、しだいに薄れていった。
憂いもなくなれば、持ってきた資料のことを思い出す余裕も出てくる。
「『ゴブリンは夜行性で、洞窟などに巣を作って集団で行動する』――ふむふむ」
「ちゃんと下調べをしていたのか。さすがは事務職」
「ケッ! ゴブリンごとき知らねぇようじゃ、タカが知れるけどな」
「すみませんね、知識も経験もないものですから」
ちょっとした仕返しのつもりで嫌味っぽく言ってみると、ゼクさんはそっぽを向いて唾を吐いた。
「新人なんだ、その辺は仕方がないさ。戦いが始まったら、君のことは私が守ろう」
「わあ、ありがとうございます!」
兜では覆いきれないイケメンオーラに私が舞い上がっていると、不快そうな舌打ちが聞こえてきた。
「チッ、スケコマシ野郎。テメェら共倒れになっても、俺は知らねぇからな」
「ご心配なく。君は我々のことは気にせず、のびのび戦ってくれ」
「言われなくてもわかってるっつの」
スレインさんはすごい。ゼクさんのことを煽って怒らせて、私は冷や冷やしていたけれど、なんやかんやで上手く誘導している。
振り回されておろおろしてるばかりの私なんかより、よっぽどリーダーに向いてる気がする。
不意に、2人の足が止まった。
「……? どうしたんですか?」
ずるり、とゼクさんはあの身の丈ほどもある鉄塊みたいな剣を抜く。スレインさんも左手で私をそっと制しつつ、右手を剣の柄に添えている。
「……いるな。どこに隠れてやがる」
「この地形からして――上だ!」
高々と伸びる幹の上、生い茂る葉がガサッと揺れる。黒い影が落石みたいに降ってきて、だんだん迫ってくるそれの輪郭が鮮明になる。子供みたいな身体に、潰れたような醜い顔、頭の後ろに振りかざされた――棍棒。
「ゴブリン!?」
狙われている、と恐怖を覚えた私はすぐに屈みこんで頭を抱える。次に来たのは殴られた衝撃ではなく、ガキンという金属音。
はっと顔を上げると、スレインさんの片刃の剣がゴブリンを弾き返していた。敵の攻撃が届くよりも速く私の前に現れて、守ってくれたんだ。何このイケメン。
着地に失敗したゴブリンは、体勢を立て直す暇もなく、ゼクさんの巨大な剣で胴体を真っ二つにされてしまった。
「あの、す、すいません!」
「礼はいい、伏せていろ。まだ来るぞ!」
「いるのはわかってんだよ!! とっとと出てきやがれ、クソどもォ!!」
静かな森に響き渡る、荒々しい咆哮。それに応えるように、周囲の木々がミシミシ揺れる。見上げれば、複雑に絡み合った枝に隙間なく並んだゴブリンたちが、空を覆い尽くしていた。
想像を超える数に、息を呑む。
「オラァ!!」
ゼクさんは剣を大きく横一文字に振り、ゴブリンたちのいる木々をスパッと切り裂いた。大きな幹が切れ目に沿ってスライドし、音を立てて横倒しになる。
樹上にいたゴブリンたちは、屋根の雪下ろしみたいにドサドサと落下していった。
「ちょっと! こっちまで危ないじゃないですか!」
「俺は勝手にやるっつっただろうが!」
「……メチャクチャか、あの男」
2人が踏みだしたのは、ほぼ同時だった。
ゼクさんの荒々しい剣筋は、一振りに何体ものゴブリンを巻き込んでいく。ぶわっと空気が揺れるたびに、血飛沫や千切れた手足が飛び散り、新緑の森の中を赤く染めていた。
片やスレインさんは、点々と散らばるゴブリンを一本の線で繋ぐように駆け抜けていた。銀色の太刀筋は流れるように、しかし正確に致命傷を与えながら通り過ぎる。カッコイイ。
同じ剣士でも好対照な戦い方だったが、強いというところは共通している。あれだけ大勢いたゴブリンが、あっという間に葬られていったのだから。
しかし、何体かはその戦火から逃れて奥の方へ離れていく。ゼクさんはカッと目を血走らせて追いかけようとするが、スレインさんが手で制止した。
「待て。あいつらはそのまま逃がす」
「なんでだよ。邪魔すんじゃねぇ」
「落ち着け。あいつらが逃げる先は自分たちの巣だ。足跡を追う」
「なるほど。……って、まだあれ以上いるってことですよね」
「さっきので普通の群れくらいの数だ。君も資料で見ただろう。ゴブリンは夜行性だから、昼間出てくるのは群れの下っ端だ」
「そういえばそうでした」
「テメェで持ってきた資料も覚えてねぇのか、アホ」
カチンと来たけど、何も言い返せない。書類の内容を読んで把握したり、きっちり記録したりするのが苦手なのは本当だから。
本来なら、リーダーとして作戦を練ったり的確に指示を出したりできればいいんだけど……それも、無理そうだ。やっぱりスレインさんのほうが、リーダーとしてふさわしいような気がする。だったら、私はいったい何ができるんだろう……。
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