兜の下
彫像のようにくっきりした目鼻が、完璧に配置された端正な顔立ち。猛禽類を思わせる目つきも、怒りを帯びていなければ長い睫毛に縁どられて凛々しく映える。龍の頭部のような兜の形状そのままに、艶やかな黒髪は後ろで跳ねているが、風に流れるたてがみのようで高貴な美しさがあった。
要するに、イケメンだ。私の故郷だったら嫁の貰い手にと村中の夫婦が押し寄せてくるレベルの、超絶美男子。
お兄ちゃん、都会ってスゴイね!
「どうかしたのか?」
「…………あっ! いえ、その、どうぞ座ってください」
現実に引っ張り戻された私は、慌ててスレインさんにそう促した。さっきと違って腕組みで拒絶している感じはなくなり、やや前のめりで話を聞く姿勢を取ってくれている。相対的に良いお顔が近くなり、ちょっと照れくさくなったけど。
「えーと、それで、スレインさんがあんなに怒ってたわけっていうのは……」
「ああ、うちの元リーダーの話だったな。君は協会の人間だから、あまり他言しないほうがいいと思うんだが――あれは、会長の息子なんだ」
「ええっ!? じゃあ、他の人より優遇されたりとか……」
「権力だけでAランクになったようなもので、実力はない」
「結構やりたいほうだいできちゃったりとか……」
「問題を起こしてもほとんど不問だった」
「スレインさんはそれが許せなくて、文句言ったら干されたとか?」
「いかにもそうだ」
あまり自分の職場の悪口を言いたくはないけれど……ちょっと、げんなりしてしまう。
「まあ、考えなしに奴に誘われるままパーティに入った私にも非はある」
シャープで整った眉が苦渋に満ちた皺を作り、ため息と一緒に後悔がにじみ出ているみたいだった。よほどひどいパーティだったのだろう。
「会長の息子さん、よくスレインさんに声かけましたね……。やっぱり家柄?」
「いや、顔で選んだそうだ」
「顔!?」
「自分で言うのも変だが……どういうわけか、この顔は女性を引きつけやすいらしい」
なるほど、イケメンを1人入れておけば女の子が寄ってくる。でもスレインさんは真面目だから、きっと浮ついたことはしない。そこで七光りのリーダーがおいしい思いを……いや、そんなに上手くいく? まあ、リーダーの頭の中ではそういうシナリオだったのかもしれない。いずれにしろ、短絡的な思考だ。
「実は、あの兜は反抗のつもりでつけていた」
「あはは。実際カッコイイですもんね」
「……そう言ってもらえるのはありがたいが――顔を褒められるのは、あまり好きではない」
「なんでですか?」
「これは生まれつきで、自分の努力で手にしたわけではないからな。誇れるものじゃない」
あ、性格もイケメンだこの人。
顔も性格も良くて、リーダーが会長の息子とはいえAランクのパーティにいた実力者。神様、世の中にはこんな完璧な人間がいるんですね。唯一の欠点といえば、運が悪いことくらいでしょうか。
「今までの話から考えると、この『経歴詐称』っていうのも、でっち上げなんでしょう?」
「そうなるな。どうでもいいことをあげつらって追及して……。私の言い分を聞こうとする者は誰もいなかった。それで、協会の人間はみんなあいつの味方だと思ってしまった」
「無理もないですよ。むしろ、こちらが失礼なことをしてすみません」
「気にするな、君は無関係だ。しかしそう考えると、君の上司が言っていた『救済措置』というのは、あながち嘘でもないのだろうな。あとで謝っておいてくれないか」
「構いませんけど……ドナート課長も、そのへんはわかってると思いますよ」
「ありがとう。迷惑をかけっぱなしだな。何か埋め合わせをしたい。私にできることはあるか?」
「いやー、こちらとしては、クエストをこなしていただければ」
「それは勇者として当然の義務だ。それ以外ならどうだろう」
「うーん……」
正直、今抱えている問題はたくさんある。経験もないのに勇者パーティのリーダーになってしまって、わからないことも多い。他のメンバーの人たちともうまく馴染めるか不安だし、彼らのこともよく知らない。
だけど、まず一番にこの人にしてほしいことといえば――
「……それでですね、ひどいんですよ、あの人!! 私が止めるのも聞かずに、勝手にSランクのクエスト選んで!! 人のこと、イモだとかヘボだとか散々言うし、態度悪いし!!」
「それは……扱いにくいだろうな」
「そうなんです!! 魔物だってやりすぎなくらい攻撃してて、本当に怖かったんですよ!! 何回田舎帰ろうと思ったか!!」
「君の苦労は伝わるよ」
「そもそもなんで私みたいな新米が、あんなおっかない人任されなきゃいけないんですか? いじめですか? 私、絶対嫌われてます!!」
「そんなことはないと思うが……」
こんな調子でかれこれ2時間ほど、私はスレインさんに愚痴を聞いてもらっていた。生産的な時間の使い方とは言えないけれど、真っ当な味方ができたのが嬉しくて、つい話し込んでしまっていた。
「確かに君の役柄は、新人がやることではないな」
「ですよね?」
そうは言いつつ、心の中のもやもやを子供みたいに吐き出した私は、だいぶ気分が軽くなっていた。一方、穏やかに受け止めてくれていたスレインさんは徐々に深刻な顔になる。
「……わかった。私がその男を何とかしてみよう。3人でやるのに適当なクエストはないか?」
「え? 私は別に、ちょっと愚痴りたかっただけなんで……」
「その状況は看過できない。すぐに対処すべきだ」
そう言うやいなや、スレインさんはクエストの束をテキパキと吟味し始める。
ドナート課長の言った通り、真面目で責任感の強い人なんだなぁ……と、私は他人事のように感心していた。
◇
こんなの絶対断られる。
牢屋の隅のほうで、私は戦々恐々縮こまっていた。数歩先のスレインさんは、威風堂々すらりと立って、奥のほうに1枚の紙を突き出している。
「『ゴブリン退治』だぁ? ガキの遣いじゃねぇんだぞ、俺は」
案の定ゼクさんは不満全開、獰猛な獣みたいにこちらを睨んでいる。再び兜をつけたスレインさんの表情は見えにくいが、少なくとも動じてはいない。
私もこんなの絶対引き受けてくれないと思って再三警告したのだけど、「大丈夫」の一点張りで押し切られてしまった。
「そんなもんはEランクのクソザコどもにやらせときゃいいんだ」
「ランクで言えば、我々はZだぞ」
「チッ……。テメェ確かあれだよな、ボンボン軍団のスケコマシ野郎。今度はそこのヘッポコ女たらし込んだのか?」
「……。私はこれでも女性関係は真面目なつもりだ」
「知らねぇよ。ともかくそんなゴミクエスト、俺はやらねぇからな。もっと上等なモン持ってこい!!」
まるでお酒をねだる飲兵衛のおじさんだ。スレインさんはといえば、やたら大げさにため息をついて、こちらを振り返った。
「……仕方がない。この仕事は我々2人だけでやろう」
「あぁ!? もっと強ェ奴と戦わせろっつってんだよ、俺は!!」
「しかし、ゴブリン退治ごときできん奴では信用ならんな」
挑発的な口調と流し目。ゼクさんの額にピキッと浮かび上がる血管。そびえ立つ大柄。帰りたくなる私……。
「……お? テメェ、舐めてんのか? 俺はブラックドラゴンもぶっ殺した実績があんだぞ。そこの女に聞いてみろ」
「その話は聞いている。だが、ドラゴン1体など運だけでもなんとかなってしまうものだ」
いやぁ、運だけじゃどうにもならないと思いますけど――と、出かけた言葉を飲み込む。
「君が馬鹿にしている『ゴブリン退治』だが、通常はEランクが妥当なのに、このクエストはC~Bランク相当になっている。なぜかわかるか?」
「協会のクソみてぇなランクづけなんざ、知るかよ」
「数が多いんだ。尋常ではない数のゴブリンが大発生しているらしい。相手が集団ともなれば、多様な戦術を使ってくるだろう。100のゴブリンが1体のドラゴンを制することもある」
「……」
「100のゴブリンと君1人なら、どちらが強いかな」
バキッ、と鉄格子の棒にヒビが入った。
「やってやろうじゃねぇか」
「エステル、3人で申請してくれ」
振り返ってそう告げたスレインさんは、したり顔で笑っているように見えた。
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