お払い箱
『経歴詐称』をしたという刺々しい目つきの若い騎士。『メンバー間の連帯を乱した』という無気力そうなエルフの女性。『人格に問題あり』という人懐こい笑顔の青年。『能力の制御が困難』だという怯えた少年。そして――『仲間を皆殺しにした』という大男。
ほんの短い自己紹介をしただけで、彼らのほとんどが私を歓迎していないのは明白だった。
この薄暗い煤けた牢屋は、<勇者協会>が規定違反をした勇者や職員へ懲罰を与えるために所有しているものらしい。こんな場所があるなんて知らなかった。私の後ろに並んでいる衛兵らしき人たちも、厳めしい面構えでじっと佇んでいる。
重苦しい空気に絡みつかれているような気がして、息をするのも辛くなってくる。助けを求めようと隣にいるドナート課長に横目で縋ると、課長は冷厳とした顔つきのまま咳払いをした。
「いいか。お前たちはこれから1つのパーティとして、彼女の下で活動してもらう」
「ふざけているのか」
独房から静かながら尖った声が飛んでくる。あの真面目そうな若い騎士だった。
「我々を罪人同然の扱いをしておいて、まだお前たちのために働けと言うのか。処罰したければすればいい。だが、我々は奴隷ではない!」
抑えきれない怒りが突き刺さってくるようで、私は思わず身体を縮めた。課長は平静を保ったままだ。
「これはむしろ、救済措置だと思ってほしい。本来ならばライセンス剥奪、協会からの永久追放になるところを、協会管理下とはいえ新しいパーティへの移籍としたわけだからな」
「……随分恩着せがましい言い方だな」
「気に障ったのなら、謝罪する」
若い騎士は、一応矛を収めたように黙り込んだ。苛立たしげにトントン動く人差し指を見るに、納得し切れていないみたいだけど。
「このような処遇に不服の者もいるだろう。だが、特に問題がなければ、お前たちは今まで通り勇者として活動ができる。それまでは念のため、こちらで監視させてもらう」
事務連絡みたいに淡々とそう告げた課長は、私に向き直って私にチェーンのついた懐中時計のようなものを渡してくれた。
「何ですか? これ」
「それは<ホルダーズ>という魔道具だ。首輪をつけた者の位置を把握したり、場合によっては痛みを与えて行動不能にしたりすることもできる」
はっとして、もう一度牢屋の中のメンバーたちを見渡す。全員の首元に、手錠を大きくしたような簡素な金属の輪が見える。
これで彼らの居場所は常に把握できるし、いざというときには実力行使、なんてこともできるわけで……。なんだか怖くなって、私はその小さな装置をスカートのポケットにねじ込んだ。
「では次に、お前たちの仕事についてだが――」
ガン、という乱暴な音が課長の話を遮った。
それは通路の奥の牢から発せられたもので、鉄格子の地面に近い部分がひしゃげているのが目に入る。その奥でゆらりと立ち上がる、凶暴な熊を思わせる大きな影。
ああ、あの人だ。仲間を皆殺しにしたっていう――
「話、長ぇんだよ」
猛獣みたいに逆立った白い髪が天井まで届きそうなほどの、大柄な体躯。鬼みたいに吊り上がった三角形の三白眼と、顔の中心に広がる傷痕。
この人、本当に勇者……?
「こんな犬っころみてぇな首輪で俺を従えられると思うなよ。御託はいいからとっとと魔族のクソどもをぶっ殺させろ!!」
あまりの迫力に気圧されて、思わず身を引いてしまう。課長はあくまで毅然と対応した。
「先ほども言ったように、上もお前たちの処遇には慎重だ。まずは試用期間として、各自リーダーである彼女と面談し、いくつかクエストをこなしたうえで、正式にパーティ入りするかどうかを判断する」
「あぁ? んなまだるっこしいことやってられっか」
「お前のやったことを鑑みれば、死罪もありえるんだぞ」
「……やってみろよ、クソ眼鏡」
もしこの鉄格子がなかったら、彼はそのまま課長を殺してしまうんじゃないだろうか……。
あんな恐ろしい人を私が監督しなきゃいけないと考えると、なんていうかもう、田舎に帰りたい。
もはや泣きそうになっている私に、ドナート課長はすました顔を向けてドサッと書類の束を寄越した。
「これが、彼らが担当できそうなクエストだ。面談を含めて、誰と何をやるかは君に一任する。後は任せる」
「……え?」
両手いっぱいの紙束と課長の顔を交互に見ていると、頼みの課長はくるりと踵を返してしまった。本当に、この後は私に全部任せるつもりなの?
「ま、待ってください!」
「何だ」
「えーと……そのー……私たちのパーティの名前、何ですか?」
必死で絞り出した言葉は、呆れるほど単純な質問だった。それでも課長はいつもの大真面目な顔で答えてくれた。
「<ゼータ>」
1人、呆然と取り残された私を、静かさが包み込む。
牢獄の出入り口のほうはもう暗闇に包まれてしまって、ゆっくり視線を落とせば両手に抱えられた文書の山。その無機質な文字列を眺めながら、私はあることを悟った。
実力はあるらしいけど、処分に困る人たち。新人でまったく仕事のできない私。それで、1つのパーティを作る。
お払い箱、ということ。
だって、<ゼータ>――つまり、「Zランク」。現状で一番下のランクはEだけど、そのさらにずっと下。最底辺。
要するに扱いきれない「はみ出し者」をひとまとめにした――文字通り、「追放者パーティ」。
ミスばかりで役立たずの私は、ついに見限られてしまったらしい。でも、別に異論はなかった。むしろ、今までよく私なんかの面倒を見てくれたものだと感謝したいほどだ。
諦めがついて、ちょっと開き直ってきた。とりあえず、指示された通りに面談相手やクエストなんかを選ばなくてはならない。一番話しやすそうな人は……。
「おい」
一番奥の、一番話しにくそうな人が話しかけてきた。今さっき沸き起こりそうになったやる気が瞬時に消し飛ぶほどの、ドスの利いた恐ろしい声だった。
「その紙ッペラよこせ。早く魔族をぶち殺しに行きてぇんだよ、俺は」
「あ、あのですね、まずは面談を行ってから――」
「テメェから殺すぞ、イモ女」
私の必死の営業スマイルはすぐさま凍りつき、言葉を失ってしまう。彼は本当に、殺すと言ったらやるんじゃないかという迫力がある。現に、仲間たちを手にかけてしまっているわけだし……。
「貴様、口を慎め!」
見かねたらしい衛兵さんが、声を荒げながらどしどしと脇を通り過ぎて行く。
あの凶悪そうな勇者は槍を構えた衛兵さんにひるむことはなく、逆に鉄格子の隙間から大きな手を突き出して、その頭を鷲掴みにした。
「っ!?」
いきなり顔面を押さえつけられた衛兵さんはなすすべもなく、岩のような手のひらで頭部を地面に叩きつけられてしまった。あまりの出来事に驚いて、抱えていた書類がバラバラとこぼれ落ちる。
「死にてぇのか、クソザコ野郎。おい女、とっととこっから出せ!! 言う通りにしねぇと、こいつの首の骨ぶち折るぞ!!」
人質にされた衛兵さんは、悲痛な表情で私に助けを求めてくる。震える右手が、ポケットのほうに伸びていく。あの魔道具を、<ホルダーズ>を使うべきだろうか? いや、でも……。
獰猛な赤い瞳が私の右手を食い止めた。彼は、私が何をしようとしているかを見抜いている気がした。
「……わかりました」
可哀想な衛兵さんはそこでようやく解放され、怯えながら牢屋の鍵をジャラジャラと手繰り始める。
私はこれから、あの人と2人で話さなければいけないんだ。そう思うと、面談記録の前に退職届を書くのが先かもしれなかった。
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