私は世界を救えない~追放者だらけの最凶勇者パーティを率いる新人少女~
五味九曜
第一部
#1 最弱勇者の伝説
独房の仲間たち
5つの独房に、5人の囚人。
彼らこそが、私がリーダーを務める勇者パーティのメンバーたちだと紹介されたら、何の冗談かと疑ってしまう。
だけど、これは冗談でもなんでもない。
それぞれ別個の「除籍事由」を抱えて元のパーティを追放された、鉄格子の向こうの仲間たち。5人とも、私のような凡人とは全然違った――凄みというか、どこか異様な雰囲気を纏っている。
「いきなりこんな年端も行かぬ少女に従えと言われて、素直に受け入れると思うか?」
目深に被った兜の下から、刺すような眼光を放っている若い騎士に睨まれて、私はすくみ上った。真面目そうな風体に、『経歴詐称』という除籍事由は似合わない。
「どうでもいいけど、早くここから出してくれないかしら? 服は汚れるし、肌も荒れちゃうし……あと、お風呂入りたいんだけど」
『メンバー間の連帯を乱した』という金髪の綺麗なエルフの女性が、気だるそうに長い髪を指で巻いている。協力するどころか、こちらに視線を向ける気配すら感じられない。
「せっかくだから仲良くやろうよ。新しいリーダー、ぼくと友達になろう!」
場違いに明るいトーンで声をかけてくれた青年は、その人懐こい笑顔からは想像もつかないが、『人格に問題あり』ということでパーティを外されている。
「あの、僕は……いいです。ここから出さないでください……二度と……」
独房の隅でうずくまっている少年は、怯えたように爪を噛んでいる。『能力の制御が困難』という難題を抱えているようには見えないほど、やけに小柄で痩身だった。
すでに私はリーダーをやっていく自信をほとんど失っていた。この人たちの上に立ってまとめていくなんて、とても……。
「誰だよ、テメェ」
追い打ちをかけるように、奥の牢で佇んでいる大男の恐ろしい眼差しが私を捕らえる。
――『仲間を皆殺しにした』という、凶悪な相貌の男が。
「わ……私は、皆さんのリーダーを務めることになった、エステル・マスターズといいます……」
仲間たちはどう思っただろう。リーダーと称する18歳の新人を。
最強と謳われた勇者、エリック・マスターズと同じ苗字を名乗った私を――
◇
その日の朝の業務は、いつものように課長の神経質な声に呼び出されて、デスクの前に立つところから始まった。
オフィスは相変わらず忙しない。魔界から侵入してきた恐ろしい「魔族」たちと、国から認められた「勇者」たちが、今日もどこかで戦いを繰り広げている。そんな勇者たちを管理する<勇者協会>も、戦いが終わるまで書類の山が消えてなくなることはない。
だから、ただでさえ忙しい時間を私のミスのために割いてもらうのは、心底申し訳なかった。
オーランド・ドナート課長が四角い眼鏡を押し上げながら、私が処理した書類にじっくり目を通しているのを立ったまま見下ろす。目が合うことはなく、ただきっちり梳かれた黒髪ばかりが視界に入る。
緊張で肩を強張らせつつ、何がいけなかったのかを思い返す。パーティ名かランクを間違えた? それとも魔物の情報? クエストの内容かな……。
「パーティランクはEからSまで存在するが――」
「はいっ!?」
ドナート課長が急に沈黙を破ったので、私の声は変に上ずってしまった。課長は気にせずキリリとした鋭利な目で見上げる。
「勇者パーティの名称とランクの関係は知っているな?」
「はい。パーティ名の頭文字がランクを表しています」
「なら、なぜ<エデンズ・ナイト>がAランクになっているんだ? 彼らはEランクの駆け出しだが」
「……すみません。訂正します」
「それから、この<アルコ・イリス>は消滅したパーティで、彼女たちは現在<クレセントムーン>に所属している。ランクもCに落ちた」
「訂正します」
課長は休むことなく書類をめくり、骨ばった中指で眼鏡をクイッと上げる。
「もう1つ。<魔族>と<魔人>と<魔物>、それぞれの違いはわかるな?」
「はい。知性のない怪物が<魔物>、人型で知性があるのが<魔人>。それらを総称して<魔族>といいます」
「そうだ。それで、ケルベロスは魔人なのか」
「……訂正します」
――これが、私。
魔族と戦える力も、勇者を助けられる頭脳もない、書類業務1つ満足にできない。"史上最強"、"伝説"の勇者エリック・マスターズの、出来損ないの妹。
田舎を飛び出して、帝都で勇者として名を馳せる――なんていうのは、お兄ちゃんが特別だからできたこと。凡人の私が都会に出たところで、仕事も満足にできずに叱られてばかりいるのが関の山だ。
お兄ちゃんみたいな勇者の人たちの助けになりたいと思って、<勇者協会>で働き始めて数か月。こんなんじゃ、助けどころか足手まといにしかならない……。
「おいおい、その辺にしてやれよー」
妙に間延びした声が、私を現実に引き戻す。声の主はだらしなく椅子にもたれながら、飄々とあごひげを撫でていた。
「そんな細けぇことチクチク言わなくたっていいじゃねーか。エステルちゃん泣いちまうぜ? そんなんだから、お前は三十路になっても結婚できねぇんだよ」
「余計なお世話だ、レミー」
レミーさんはドナート課長の同期だけど、性格は正反対だ。後ろに流れた短髪と同じ薄茶の産毛が生えた左手には、指輪は見当たらないけれど。
「ったくよぉ、エステルちゃんは我らが『パーティ管理課』のアイドルなんだぜ?」
「そんなの聞いたことないですけど……」
「何言ってんだい! 見よ、このなめらかに波打つサイドテール! ちょっと幼さの残る穢れを知らない愛らしい顔立ち! こざっぱりした清楚な制服姿! つむじの先からつま先まで溢れ出る天使オーラぁ!!」
「わけのわからんこと言ってないで仕事に戻れ、阿呆」
ドナート課長はすっかり呆れてため息をつく。
レミーさんは地上にいるどんな女性にも「可愛い」と言うので、私のも過剰評価だと思う。目立つところは紫がかった赤い髪の毛だけで、それを乗せる顔面は地味だし、スタイルもよくないし。
「やれやれ、カタブツ課長のオーランド君はこれだから……。ところでよ、例の話はもうしたのか?」
「これからだ」
例の話? なんだろうと思っていると、ドナート課長は改まって咳払いをした。
「君に、新しい勇者パーティのリーダーを務めてもらいたい」
「……はい?」
勇者パーティのリーダー。すなわち、魔族と戦う屈強な勇者たちをまとめ上げる、チームの柱とも言える重要な役割を――
「な、なんで私が? 『勇者ライセンス』だって持ってないですよ!?」
「まあ聞け。このパーティというのが特殊でな。それぞれ元いたパーティから除籍されたものの、十分な実力のある者たちを協会側が選別し、1つのパーティにまとめたものだ」
「……クビになった人たちばっかり、ってことですか?」
「平たく言えばそうなる。だからこそ、職員の監視が要る」
「たかが新人の私が?」
「君が適任だと俺は考えている」
何かの冗談であってほしかったけれど、課長の顔はいたって大真面目だ。
「よっ! エステルちゃん、大出世じゃねぇか! リーダー就任記念に飲みに行こうぜ。行きつけの店の割引券があってよ……」
「ま、待ってくださいよ! どういうことですか? レミーさんも、気が早いです!!」
私の混乱をよそにレミーさんはへらへら笑ってるし、ドナート課長は数枚の紙束を差し出すだけだ。
「パーティメンバーについては、この資料によく目を通しておけ」
「は、はあ……」
流されるままに紙面の文字を追う。名前、種族、戦闘力、出身パーティなどなど……これから仲間となる人々の情報が細かく記載されている。
特に目を引いたのが、「除籍事由」という項目だ。
字義通り、前のパーティをクビになった理由なんだろうけど……およそ真っ当な人間がしでかすとは思えない内容が並んでいる。どう考えても確実に罪に問われそうなものも含めて。
「今からさっそく顔合わせに向かう。ついてこい」
ドナート課長の態度はあっさりしたもので、私は慌ててその背広を追いかけた。
――辿り着いた先は、牢屋だった。
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