With a Little Help from My Friends
その日から晴れの日も雨の日も小さな訪問者はあらわれた。ルツは学校帰りにルーシーの窓をコツコツ叩いては、部屋の中に引き上げてもらいたがる。ルーシーはおちおち「み空」を観ていられなくなった。
ルーシーの部屋に上げてもらうと、ルツは少し大人びた世間話をしたり本を読んで過ごすのが常だった。ある日、ふとルーシーがルツの本を覗きこんだ時、小学生には難しい本を楽々と読んでいることを知り、ルーシーは少し落ち着かなくなった。自分には「み空」以外に何もない。この国に来た年月分、ただ霞を食み年をとっただけのように感じ始めていた。
「ルーシーも読むといいよ」ルツはこともなげに言う。それからルツは、少年少女向け文庫をルーシーのために選書しては、図書館から借りてきてくれるようになった。
ルーシーの好みにちょうどはまったのは外国の短編だ。夜に肖像画の人物たちが飛び出して椅子はぐにゃりとリズムを取りタペストリーの猟犬係や楽士たちが躍りだし、主人公も美人とすてきな舞踏をして加速する音楽にどこまでもついていける、夜を跳ねるコーヒー沸かしのお話は、幾度読んでも胸が弾む。タブレットの連れるイリュージョンに引けをとらないイノセントな空想が、ルーシーの足元をまるごとさらうのだ。
「本を、買いたい」
勇気を出して請うたルーシーのことばが、すぐには養育者に信じてもらえなかったのも、それまでの素行からは無理からぬことだった。「また、どうせ碌なことを考えてないんだろ」養育者はルーシーの言葉を信じずお金を与えなかったので、ルーシーは昼食用に気まぐれに与えられるワンコインを少しずつ貯めて、貯めて、数ヶ月ぶりに外に出て、児童文庫など買って笑われたりしないかとドキドキしながら初めて本を買った。書店からの帰り道は、買った本を抱きしめて、抱きしめて、夜になるととっておきの飴を舐めるように、少しずつ、少しずつ、残りの厚さを確かめて惜しみながら読んだ。
本に親しむようになったからといって、覚醒時における過ごし方の過半を占めていた、タブレットとの濃厚な関係が終わったわけではなかった。
飴としてはこちらのほうが格段にビビッドな飴だ。なにしろ現物を連れてくる。ルツが来ないとわかる時間が過ぎたころから、どこからともなく夜霧のように摂取の考えがむくむくと頭をもたげてくる。
飴にとろける走馬灯レース編みの目ほどいてく
街をめぐらす電線が以心伝心とばしてく
気圧が脈打ち律動し
雨降るスネア響くスウィング
とけて流れて蜜になる
あの日も雨がひょっこりルツを連れてきた。雨が降るたびにあのまるい目が佇んでいないかと、ルツは幾度も窓外を見る。頭の痛いばかりだった雨の日の意味が変わった。ルツが雨宿りに来た日から、雨音はスウィングになった。さて今日はなんのお話をもたらしてくれるのか、夏の海のうねりのように期待が高まるのだ。ルツが来ない日は一転、舞踏会の中止を告げられたようにむなしくなった。
ルツが来なくなり、1週間経った。雨の日も晴れの日もルツは来なかった。伸ばしたい手が、くる日もくる日も空をきった。
彩にまぶしい雲の糸
つかめば消える雲の糸
すぐでたしかにつかめる雲は
あたしのベッドの下にある
むなしさをかき消すように、タブレットを引き寄せ、せわしくとろかした。イリュージョンに身を委ね、そのたび、ルーシーは養育者にぶたれる。
もとにもどっただけ。そう思うのに、前のように痛みをうまく剥がせない。打ちつけられる衝撃が胸までこたえる。こうなる気がしていた。ひとに会いたくなかった。期待などしたくなかった。寂しく思うと知っていた。はじめから出会わないほうがよかった。
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